魔法使いのタイプは色々あります
種々様々ですね。
これは変に逆らったところで意味は無さそうであると、ルーフは即座に判断をつけてとにかく相手の言葉を出来るだけ早く催促する流れを作ろうとした。
「そうかそうかなるほどな、それでお前はどうしたいんだ」
「その、えっと……」
キンシの挙動、その動きはルーフにとってとてつもなく見覚えのあるもの。
と言うよりはものすごく、喉元に酸っぱいものがこみ上げてきそうな程に気持ち悪く共感が出来るものであった。
「とりあえず」
若干荒ぶり気味の獣を相手にするかのような挙動で、ルーフは魔法使いに簡単な指示を出す。
「お前は俺に何をしてほしいのか、それだけを教えてくれないか」
無駄に言葉を一方的で多量に広げられたところで、こちらはそれらの文法を理解できる術など持ちあわせていない。
そのぐらいの事は誰でも察せられてしかるべきであって。
「そ、そ、そうですね、その通りですね……」
他人からの冷静な支持を得ることのできたキンシは、まだまだ瞳の奥に混乱を満たしている状態でありながらも、とにかくするべきだと思うことをゆっくりと確実に伝達する。
「えっとですね、ミッタさんを預かってほしいのですよ」
「ああ、俺もその方がいいと思うぜ」
そもそも自分たちがわざわざこのような、魔法使いやら怪物やら、おまけに他人が血反吐を絞り出して戦っているところを悠々と盗撮して動画サイトに垂れ流すような奴がどこかしらに潜んでいたりと。
そのような奇妙奇天烈奇々怪々な現場にわざわざ足を運んだ理由の主成分が、その幼児に関連しているのである。
「分かった、ミッタの事は俺に任せて、お前は早く、その、上にいるのを何とかした方がいいと思うぜ」
本来ならばこんな事を、こんな場所で悠長に話し込んでいる場合ではないのだ。
何故か当事者であるキンシ以上に部外者のルーフの不安が刻一刻と、秒を刻むごとに募ってくるような気さえしてくる。
それはきっと後ろ側に待機しているメイの熱い視線だったり、あるいは自分たちの事を興味津々に観察している見知らぬ魔法使いの方々だったり。
もしくは頭上の悲鳴やら怒号、とにかく何にしてもキンシを仕事に向かわせなくては。
「そういうこった、早く行かんかい!」
「あ、えっと」
「はよせーや、このたわけが! 上で色々と待っとるから行かんかい!」
言葉の強迫さに押し切られて、キンシはようやく思念を吹っ切って怪物の元へと向かっていった。
やれやれ、魔法使いってものは本当に余計な事ばかり………。
「雨に打たれているのです」
ルーフが溜め息を吐こうとしたその時、彼の隣でトゥーイが何か意味のありそうなことを発音して。
「踊りながら悲しみが待っていますよ」
そのまま少年の元へミッタの小さな体を押し付ける。
「………」
「………………」
時間にして数秒ほど、取るに足らぬ時間の中で青年と少年は視線を交わし。
火花が散ってそれが空より落ちてくる雨粒に掻き消される、そのころにトゥーイの体は早々と天空に向かって跳んでいった。
「大丈夫かしら、あの子たち」
メイが上を見て、落ちてくる雨に疎外されながらも上空の戦闘場面を不安そうに見上げる。
少し穏やかになってきていたと思った雨音は知らぬ間に元の激しさを、それどころか倍以上の質量を持って人間たちをびしょびしょに濡らし尽くしていた。
「大丈夫よ」
不意に聞き慣れぬ女性の声がメイの問いかけに返事をしてきた。
メイが見上げる先には彼女と同じ種族の女性、確か名前はシマエといったか、彼女が優しげな微笑みをメイに向けて、すぐに上を向く。
その顔面には他の全てと等しく雨が打ち付けてくるが、そのような感覚は既に慣れきっているのかシマエはお構いなしに上空の彼らを一時も見逃さぬよう、出来る限り瞬きをしないよう努力している。
「彼らは魔法使いなんですもの、彼方一匹に万が一のことが起きるなんてことは、あるはずが、ないもの」
初めこそ力強さがあったものの、しかし言葉が喉を通り過ぎるほどに己の中の不安が膨れ上がってきているのか、シマエは上を向いたまましばらく静止する。
温かいとは言えない、どちらかといえば冷たいに属する温度の雨粒。灰笛の雨がまだまだ大人の類にも入りきれていなさそうな女性の唇を濡らし、その柔らかさの上から限りなく透明に近い液体が滑り落ちる。
そのたびに肉の温度が失われていくのを見る。
女の唇から血の色が失われていくのを見る。
その様子を見てメイは何故か彼女の手を強く、鋭い爪の事すら考える余裕もないほどに強く握りしめていた。
なぜそのような、ろくに内情も知らない相手に対してそのような馴れ馴れしい行動をとったのか、取りたくなったのか。
メイ自身にもいまいち判断がつかず、自分で自分の行動に困惑を抱いている。
それでいて手を離そうとしない彼女に対し。
「あらあら、ありがとうね」
シマエは手を、メイと同じように尖った爪が生えている指を握り返すことで、簡単かつ直結な反応を示した。
「いけないわよね、大好きな人の事を、大事な人たちの事を信頼してあげないなんて」
そしてメイと向き合い、彼女と視線を合わせてくる。
「励ましてくれてありがとう、あなたの名前は、えっと、メイちゃんだったかしら」
全く知らない赤の他人の、大人の女に自分の名前をしっかりと呼んでもらう。
思えば今までの人生においてあまり経験してこなかった出来事に直面して、メイは何故か全身の羽毛がほわほわと膨れ上がるような錯覚に囚われた。
初めての経験が狭苦しい屋上にて行われている。
それとほぼ同時刻にて、位置的には殆ど同様の場所においても信じがたい初めての事が盛大に繰り広げられていた。
「クソがあ!」
足首からふくらはぎにかけて謎のゲル状に絡まれているオーギが、武器を構えてゲルの中の一点に狙いを定める。
打ち出された弾がゲルに進撃し、内部に潜んでいた器官を破壊する。
「オーギ先輩!」
とりあえず解放されたとして、受け身をとれるほどの余裕もなさそうなオーギの体をキンシが跳躍によって回収する。
「あー、チクショ……、ほんとクソだな、どうなってんだよこの野郎が」
後輩に礼を伝える余裕もなく、疲労感に満ち溢れた息遣いでオーギは忌々しそうに呟いた。
「器官を壊しても壊しても、どんどん増えているようにみえんぞ」
「見えているというよりは」
先輩魔法使いの状態を気遣いながらも、キンシはその視線をじっと怪物の、最早怪物とも呼べなさそうな物体に向け続ける。
「まさしくその通り、といった感じですね。あの彼方さんは無限にガラス玉をその内側から増産させています」
戦う魔法使いたちの視線が向かう場所。
鉄の樹木の枝先、魔法使いが働くべき現場。そこには相変わらず巨大は怪物がいるにはいるのだが。
しかしその造形はほんの数十分前のものとは明らかに異なり、肉眼で確認できる実体には既に固形とよべるものすらもなく。
体はドロドロと粘性の高い液体のような形状と摂っており、その粘りけが辛うじて、ギリギリの瀬戸際で個体としての存在意義を保ってはいる。
「何と言うか、ああいうのをなんて言いましたっけ? ねえ先輩、どろどろと手にまとわりつきそうな」
「スライムだろ、ガキの頃アホみたいに遊びまくったわ」
現在の怪物に対する形容はともかく、そんな事よりオーギはこの現状解明できる情報を出来るだけ求めようとした。
「それで、アイツがあんなはぐれもんのモンスターみたいな見た目になった理由だとか、その辺について検索できそうなことはありそうか?」
「うーん、今のところ思い出せるだけの過去の資料に、あのようなタイプは該当していないので僕からはなんとも……。……トゥーさんは何か心当たりはありますか」
自分の情報の少なさを悔いる余裕もなく、キンシは傍にいる青年に意見を求めた。
「…………………」
しかしトゥーイはキンシの質問に答えようとせず、じっと怪物を見つめたまま沈黙をするばかりであった。
「トゥーさん?」
キンシが怪訝に思い見つめてくる、その視線を浴びていても青年は動作を止めようとせず。
そのことに疑問を抱いていてもしょうがないと、キンシはとりあえず諦めをつける。
そして物憂げに視線を伏せ、下方にいる人々の事を考える。
「検索については別の調査方法をとるとして、とにかく早く行動しなくてはなりませんね」
声の色に深々とした自責を込めながら、キンシは自分に言い聞かせるように考えを言葉にしていく。
「僕らのような戦闘型の魔法使いはともかく、非戦闘型の人たちに彼方の危険を及ばせるわけには。どんな事の何よりも、そんな事は絶対にさせてはなりませんからね」
約束は不必要でした。




