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豪華版は誰にもあげない

じりじりと焦げる。

 しかし、今回の場合の彼のお節介は空振りに終わることとなる。


「あーいえいえ、いーえ」


 メイは普遍なる柔らかめの断りをまず音声にすると、すかさず自分たちがこれからすべきことを簡潔にヨシダに向けて軽く説明する。


「お気づかいありがとうございます。でも大丈夫です、それは私達にはひつようありませんので」


「え、ああ、そう?」


 内容そのものは理解できなくとも、伝えたい真意は十分に察せられたヨシダ。

 そうだとするならば、今のところこれ以上言うべきことは無いと一旦腰を落ち着かせて一息。


 そんな彼の安息とは正反対に、少年の動揺はさらなる高まりを増すばかりであった。


「おいおいおい、メイ? 一体何に急いでいるのか、まずそこから説明してほしい所だが。そんな事よりも、それよりも」


 複数あるものの内、その大多数に諦めをつけてルーフはたった一つの疑問点を妹に向けて投げつける。


「まさか、わざわざアレをやろうってのか? こんな所でアレを、止めとこうぜ? アブねーよ絶対! アレは」


 「アレ」なるものが一体どういうものなのか、あるいは行為なのか、傍観者たるヨシダには全く皆目見当もつかない所だったが。


 そうであっても、兄妹達の限定されたやり取りの間に介入できるほどの老婆心を持ちあわせているわけでもない成人男性は、じっと子供たちの様子をうかがっていた。


「どうしてもこうしてもありませんよお兄さま、私はいてもたってもいられないのです!」


 疑問点も質問文も、他の意見など一切受け付けようとしない幼女は、その何処にそれだけの力が秘められているのかとても興味深い腕力をいかんなく発揮して、ずるずると兄の体を引きずっていく。


 向かうべく場所はただ一つ。

 ヨシダが暮らす独り暮らしには若干面積が多すぎる部屋の内、ベランダ部分に繋がる窓の方であった。


 雨雲を通り抜けて地上に微力ながらも力強く降り注ぐ太陽光。

 その光をガラス越しに受け入れ部屋の中を照らす。その輝きに向かって兄妹達はお互いに反発心を抱いたままの状態で、ゆっくり確実に接近を果たして言っている。


「よいしょ、しょいしょ!」


 息切れのあまり掛け声すらも不明瞭になっている幼女。

 

 字面だけならばぜひとも手助けをすべきではないかと思わせるような状態。

 そうであるはずなのに、現実の彼女はそんな援助をまるで必要としていないようで。

 それどころか豪胆さ全身にみなぎっており、誰の助けも必要としていないと、そう思わせるほどの気迫が喉元から唇へと吹き荒れていた。 


「んーしょ、んしょ!」


 己が欲望の突き進むままに、ついに窓の方へと辿り着くことに成功した彼女は、しかし最後の最後で抗いようのない難関に突き当たることとなる。


「と、届かない……」


 窓を開けたいらしい、しかし彼女の成長が十分に足りていない伸長では到底窓枠に備え付けられている施錠に指が届かず、意思に満ち溢れた爪の先は虚しく宙を掻くばかりであった。


 そこで諦めてくれれば、ルーフとしてはこの場面における何よりの本望であったに違いない。


 だがやはり、例によって彼の願いは叶えられることは無かった。


「はい」


 兄妹達のゆっくりとした進撃よりも早く、早々に目的地の察しがついていたヨシダ。


 意思の方向性は解することが出来なくとも、行動の矛先ぐらいならば他人である彼にも察しがついた。


 半分以上は他人行儀な好奇心に基づいているものであっても、ヨシダはやはり大人っぽい心づかいのつもりで幼女の手助けをすることにした。


「窓も開けとく?」


 なんてこともなさそうに、実際にそうであることは確実であることなのだが。

 そうであっても軽々しく横に開かれる窓の風景に、それを易々と実行してしまうヨシダの姿に、ルーフは地獄の門を軽々しく開けてしまう罪人の姿を連想せずにはいられなかった。


「ありがとうございます」


 自らの行動力の手助けをしてくれた親切な大人、それに対してシンプルかつ最上の礼を伝えるメイは、まさにこれから夢の舞台へと駆け上がるダンサーのようにベランダへと進み。


 ベランダの床を構成する、ぬるくなった氷の表面と同じような温度をしているコンクリートの床。そこに足の裏をひったりと密着させる。


 肉体の一部に部屋の内部とは、文明によって保護されている人間の世界とは異なる、外部の環境を感じる。


 高層住宅ゆえの高度が、彼女に風の匂いを届け鼻腔を満たす。


 それだけで十分であると、それ以上の事は求めないと、無意識の中で承諾が進み彼女の全身に痺れるように甘い緊張感が満たされて。


 準備は整った。


「ヨシダさん、もう一つお願いがあるのですが」


「う、うん? 何かな」


 他人事としてしか受け取れないにしても、むしろそうであるが故に、幼女の体に漂うワイルドな雰囲気に微力ながらも圧倒されていたヨシダは、そんな彼女の唇から人間の言葉が登場することに若干違和感を覚える。


 彼の違和感を他所に、メイはさっさと最後の要求を彼に伝える。


「すみませんが、玄関においてあるお兄さまのシューズはあとでシグレさんに届けておいてくださいませんか」


「あー、うん、わかった」


 届けておいてくれ、と言うことは? ヨシダは降り積もった情報を整理していく。


 そう言うことならば、となると……。自然と目線が少年の足先へ、靴下だけの、それ以外に皮膚を守るべき障壁がなにも備わっていない足へと注がれて。


 はて、それでは外を歩くときに困るのではないだろうか?


 彼が人間としては当然なる不安を抱いたところで。


「ああ、あと」


 メイが追加の言葉を彼に送る。


「いくら休みの日だからって、あまり大量のアルコールをせっしゅするのは、色々と好ましくないと、私は強く思いますよ」


 彼女は言うだけことを言い終えて、相手の反応を待つこともせずにその体を軽々とベランダの縁に登らせて。


 軽く背中を丸め、息を吸って吐いて。


 腰骨の辺り、その両側に魔力的反応を出現させた。


「うわ!」


 突然幼女の体に現れた変化にヨシダは驚いて若干後ずさり。


「はあ………」


 部屋の内でも外でもない、窓のサッシに尻をくっつけているルーフは忌々しそうに弱々しく溜め息を一つ吐く。


「おお、これは……!」


 最初こそ驚いたものの、今回の方はすぐに正体を判別することのできたヨシダは、目の前に起きている魔力反応をもっと近くで見るために窓に近付く。


「これはこれはナントも、立派な羽だねえ」


 彼が見ているのは昨日の昼ごろに出現したものと同様の、それをもう少し豪華にしたようなもの。


 透明な骨組の周りに透明な肉を伴わせ、その表面を色ガラスのように鮮やかな羽でヒラヒラ覆い尽くしたもの。


 腰骨の辺り、その両端、メイの体からは大きな大きな鳥の羽のような、と言うよりはまさしくそれ以外に例えようのない、そんな物質が体に密着している形で実体を作り上げていた。


「これが世に言う所の春日(かすか)が持っている、飛行に特化した潜在魔力なのかあ」


 うっかり説明的な口調になっているヨシダの声、ルーフはその言葉の一つ一つがどうにも快くないものとして受け取れてしまう。


「すごいな、オレ実物見たのは初めてだよ」


 窓にべったりと指紋をつけるのも構わず、ヨシダはもっと近くで彼女の羽をみようとして。


 その願望は簡単に叶えられてしまうもので、それこそ男性が窓を一つ越えてしまえばその指は彼女の羽に触れてしまえる。


「………」


 そうなるよりも、


「………ああ、もう………」


 そんな事はさせるかと。

 仕方なしに、自分にとっての重要な必要に駆られて、少年は決意をきめることにした。


内臓が発射の汽笛を吹き鳴らしてささくれしています。

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