男と女の思考が対抗
交わらないものばかり。
不思議がどうのこうの、そんな事は子供じみた空想の中でしかなく。
いかにも灰笛に暮らす成人済み人間っぽく、ヨシダはアプリから掲示される注意書きへ怪訝そうな表情を浮かべはじめる。
「それにしても、また警報が出るなんて……。最近多いな、ホント物騒だわ」
「そのアラームなのかサイレンなのか、とにかく音がなったら、どこかで大きなオタマジャクシが出現したっていうこと、なのでしょうか」
この世界における怪物に該当する生物。
それを昨日、生まれて初めて肉眼で見たばかりの彼女である。
故に多少の認知の差があるにしても、ヨシダは自分の中で勝手に言葉を解釈して納得を紡ぎあげていった。
「オタマジャクシね、うん、そんな感じっぽいタイプの彼方は、ここではスタンダードだよね。レベル一程度かな、あんま詳しいことは知らんけど」
「そうなんですか、意外にひくいですね」
正直危険の度合いがどうであるだとかメイには理解できなかったのだが、ヨシダの言葉の雰囲気からしてあまり大ごととして扱われているわけではなさそうだと。
その事実に何故か肩透かしを食らったような気分に、勝手になりかけて。
「それで、今回の警報に出ているのはどのくらい危ねーやつなんだ?」
光り輝く電子画面からロクに顔を上げようともせず、ルーフは若干うつむき気味のままヨシダに更なる情報を求めていく。
「いやーだから、オレは詳しいことはよく知らないって……。……あ、そうだ」
さすがにあずかり知らないことを聞かれ、ヨシダは少し気まずそうにした所。
苦し紛れの思考力がとある案を導き出した。
「今まさにここに来ている彼方の事が知りたいのなら、ちょうどいいのを知ってんだよ」
数回ほど液晶画面をスライド、タップを繰り返し、目的のサイトに無事到着したヨシダは再度自分のスマホを兄妹達に、今度はことさらルーフの方によく見えるようにする。
「ほら、ここのサイトに君の要望にフィットしたチャンネルがあるんだけどさ」
「うん?」
ルーフは見せられる映像を言われるがままに凝視してみる。
それはとある動画投稿サイト。ルーフも日頃よく使用している、と言うよりは多少依存症気味に使いまくっていて、よく祖父に「見るよりも寝る方に集中しやがれ」と怒られたものであって。
要するに彼にとってはとても馴染みのある画面。
その上にお決まりの枠が開かれており、その間で当たり前のように動画が流れている。
「うーん………? 何だ、これ………」
正体そのものは理解出来ていても、肝心の内容はどうにも理解し難い。
何かしらの映像作品が流れるべき空間には、先程から微妙に暗いどこかの町の風景ばかりが映り込んでいる。
「これは、ライブ放送か………」
サイトの特徴の一つとして、発信元がリアルに撮影している映像をリアルタイムで全世界に発信することのできる。
つまりのところ生放送サービスを使っているのだろうか、その証拠に動画のタイトルには本日の日付の他、横に申し訳程度の「ライブ」が明記されている。
そのことが、その程度の事が理解できたところで、やはりヨシダがなぜ自分にこんなものを見せてくるのか、やはりいつまで待っても納得は訪れようとせず。
「これが一体、何だってんだよ」
「あれ、分からない?」
少年の要領を得ない態度に不審がるヨシダ。
「もうそろそろ本命が映ってもいい頃合いだと思うんだけどな、音量もっと上げてみるか」
カチカチと連打される音量ボタン。
命令に従い増幅する音、それまで足りていなかったものが適切レベルを遥かに超えて。
タイミングが良かったのか、それとも悪いと形容すべきなのか、結果が起きてしまった後ではどうにも結論付けようのない。
どちらにせよ、先程のサイレンと負けず劣らずの無遠慮な音量の中、ルーフは嫌と言うほど聞き覚えのある子供の声を耳にすることとなった。
[────!]
何と言っているのかは、そこまでは判らない。
だがしかし、どうにも子供の領域を超えていなさそうな、つまりは少年自身の肉体にとても親近感のわく、まだまだ幼さを拭い切ることは難しそうな。
そんな人間の声。
とてもとても聞き覚えのある、と言うよりは今朝方に嫌気が差すほどに鼓膜を震わせていた声。
認めたくない現実、しかし自分の認識がどうであれ現実が変わることは無く、呼吸を一つ終えて事象を認知する。
兄が知らず知らずの内にまどろっこしい処理を脳内で繰り返している頃合い。
妹の方はそのような段階を必要とせず、と言うよりはそんなものは必要ないと体現するかのように、眼球にて確認できる事実をありのままに言葉にする。
「あ、お兄さま見てください、画面の中でトゥさんが戦っていますよ。ああほら、隅っこにキンシちゃんの姿も少しだけ見えます。あそこにいるのは……誰でしょう? 男の人っぽいですが……」
自分が今まさに目にしているものを、改めて懇切丁寧に言葉にされる。
ルーフがその状態の奇妙さに神経を宙ぶらりんにしている。
そんな兄の内側にて生じている奇妙さなど窺い知る術もなく、メイは興味津々といった様子で画面の中の生放送に釘付けになっている。
「わあ、すごい。なにか、太くて大きくて黒い何かがあばれくるっていて」
「ちょうど誰かが動画を撮影していて良かったよ、たまにやっている人がいるんだよね」
ヨシダはさも当たり前のように、この世界に起きている異常を楽しそうに客観視していた。
「ここだけじゃなくてもっと他の、別のサービスとかでも次々と情報が公開されているんじゃないかな。その辺に関しては下手なメディアよりも鮮度が高いよ」
「それは、また………なんとも………」
次に口を開いたら確実に、決して肯定的とは呼べなさそうな感想を呟いてしまう。
そう自覚していながらも、ルーフは己の内に湧き上がる熱量に逆らえないでいて。
それ故に、
「お兄さま! こうしてはいられませんよ!」
今回ばかりは妹の突発的な行動力に救われそうになって、
「今すぐあの子たちをお助けしなくては!」
………、やはりそんなことは無く、どんな状況でも彼は彼女の心を真の意味で理解できることは無さそうであった。
「え、いや、メ、メイ?」
突然、何の脈絡も段階もふまずに読んで字の如くいきり立ち始めた妹。
彼女の全身にみなぎる緊張感に若干気圧されながらも、ルーフはその行動の矛先をどうにかして探ろうとする。
「どうしたんだよ、いきなり鼻息を荒くしやがって」
それはなんの誇張もなく、それこそ起きている現実をそのまま疑問文に変えただけのものでしかない。
兄が目を丸くしている、そんな感情も表情もお構いなしに、メイは善は急げと彼の腕をむんずと掴む。
「お兄さま、これは緊急事態です」
「何が」
「ですので! いますぐそこの、ケータイのなかにある場所とおなじ所へ、いそぎましょう!」
「何で!」
彼女的にはそれ以上の言葉など不必要であり、それ故に兄もきっと自分の行動に理解を示してくれるものだと思い込んでいた。
そうとしか思えない程の決断力が緋色の瞳に燃え上がっているが。
そうであればあるほど、ルーフの明るい茶色の瞳孔には困惑の色が募っていくばかりであった。
男と女が互いの思考を交わらせず、水と油の如き拒絶感を示し合せているさなか。
「あれえ、何かよくわかんないけどもう帰るんだ」
当然のこととして他人事のヨシダは動画サイトを軽く閉じて、客人の帰りへの準備を甲斐甲斐しく、やはり大人としての対応の中で行おうとする。
「それじゃあ、せっかくだから移動魔術道具の使用を申請しておくよ」
おそらく兄妹達がこの部屋に来る際に使った、あの自動する金属質の事を指していたのかもしれない。
特に何の捻りも無ければ、彼のお節介もそれなりの意味を得ていたのだろうか。
しかし、
トマト味のスパゲティーが大好きです。




