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先輩と後輩のせめぎ合い

コミュニケーション不足。

 とにかく事は終了したのである。


 もうこれ以上攻撃をしなくてもよい、そんな安心感に浸る暇もなく、


「何してんだ!」


 オーギは次の行動を開始するために、後輩たちに指示を投げかける。


「ボーっとしてねえで、早く網を張れ! 落ちるぞ」


 彼の言うとおりこれ以上はもう、今後二度と活動することのない肉の塊は、頼るべき筋力を失って重力にされるがままになっている。


 ここが地面の上ならば、そのまま放置として眺めているだけで十分だったのかもしれないが。


 しかしここにはそんなものはなく、あるのは人が立って歩くことの他なにも出来なさそうな、細々とした足場しかない。


 血抜きも碌にしていない新鮮な肉を、隙間の大きい網で無理矢理すくい取ったように、死体は虚しく頼るべき寄る辺もなく当たり前の光景として落下に従おうとしていた。


 このままでは巨大な肉の塊が、物言わぬ死体が町の上へと落ちていって別の惨事が生じてしまう。


 そうなっては困ると、そんな事になる前に魔法使いたちは早々と後始末を開始する。


 キンシはずっと握りしめていた武器を手放して、氷が解けるようにそれが消失しているのを他所に、左側の腕をピンと真っ直ぐ空気の中へと伸ばした。


 戦闘を行っていたの言う(?)異常感が、まだまだ体の中にしつこく糸を引いている。


 その甘い残骸をそこそこにやり過ごしつつ、今は別の方向性へと全ての意識を向ける。


 腕の筋肉が緊張感にみなぎり、骨がぶるぶると震動する。

 そうすることによって指先に広がる空間に変化が生じ始める。


 空気がうねりを帯びて、その揺らめきはやがて柔らかさに満ちた実体を得ていく。


 現象が一つ現れた、その実感は次々と細菌のように広がり繋がり、たちまちキンシの指先を中心とした周囲の空間には幾つもの筋が生まれていた。


 濃厚な赤色なのか、それとも黒に近い紫なのか、人によって解釈が異なりそうな中途半端。


 そんな色合いの、触れる必要もなく粘性を感じる液体。

 

「えっと、あれをこうして、これをこうして……?」


 キンシは疲労に痺れる脳味噌に鞭をうって、液体の筋を急ごしらえに幾つも作っていく。


 何本か作成したところで、納得がいったのかキンシはわずかに満足そうな笑みを口元に浮かべ、腕を大きく振り払った。


 作者の思考に忠実さを発揮して、魔法の糸たちはたゆみ揺らめきながらも真っ直ぐ指定された方向へ、怪物の死体がぶら下がっている場所まで飛んで行って。


 そして落下していく肉の下方へと滑り込み、然るべき重力に抵抗を示し始める。


「ようし、上手く作れました。自分を褒めてあげたいくらいです」


 満足げにキンシが汗を拭うポーズを、作ろうとしたところで。


「たわけ」


 いつの間にか近くまで来ていたオーギが、はたき一つで後輩魔法使いの慢心を諌めようとしてきた。


「これだけで十分だと思ってんなら、それはとんでもねー勘違いだ。見つめられただけで恋に落ちやがるぐらいにな」


 どこか苦々しげに例えを呟きながら、オーギもまたキンシと似たような動作を、遥かに速さも性能も大きく上位互換しながら行っていく。


 たちまちにキンシが作成した物よりも、きめ細やかに頼りがいのある網が作られていって、迅速に怪物の肉を空中に固定していった。


「おおお」


 優秀なる魔法の実行を目の当たりにしたキンシは、まるでそれを生れて初めて目撃したかのように、大げさな態度を作ってみせる。


「流石流石、オーギ先輩はすごいですね。網を作らせたら灰笛内において後の追随を許さんが技術力でございまして、痛いっ」


 過剰なる賞賛の言葉はオーギによる再びのはたきによって強制終了させられる。


「アホなことぬかしてねーで、見本をみたんならもっとマシなのを作れるよう努力しやがれ」


「はい……」


 不満と自責の板挟みに圧迫される後輩を他所に、オーギは懐から携帯電話を取り出して状況が終了したことを現場監督へと、鉱物採掘上の責任者へと連絡するために、重々しい指の先を叱咤しながら通話ボタンを突っついた。



「……はい……はい……、そうですね、思っていた以上に手こずってしまい、こちらとしても申し訳なく思っています」


 今日と言う日の中で一番の域にあるのではないだろうか。

 

 近くで見守るキンシですらそう邪推したくなるほどの面持ちで、オーギは頬の肉をガチガチにこう着させたまま、声音だけを明るく電子音の中に滑り込ませていた。


「……はい……はい……、そうですね、そちらのプランで十分だと思いますね。それでは回収等々も我々に任せるということで、……はい、承知しました。今後ともわが社をよろしくお願いします。では、」


 会話の幕引きを感じさせない中途半端さの上で、オーギは自らの尾を切断するかのように電話口での会話を終了させた。


 耳元に掲げていた細長い貝殻のような形をしている携帯電話。

 それを握りしめたままの恰好で、落とさぬよう指にしっかりと力を込めつつ、オーギはだらりと腕を重力に晒す。


 ぶるんと一つ震動する、その負担を肩に味わいながら深々と溜め息を吐く。


「あー、あああー、」


「大丈夫ですか先輩?」


 本日起こった事柄のうち、何よりも疲労感を感じていそうな先輩魔法使いの様子をキンシが不安そうに見つめている。


 その視線を感じながら、オーギはつい本音をこぼしかける。


「あー、やっぱ苦手だわ、他人に電話するのって何でこんな疲れるんかね」


 彼としてはただの愚痴でしかなく、別に誰かからの答えを求めるだとか、そのような真剣さなど一切含めたつもりはなかったのだが。


「ふむ」


 しかしその言葉を耳にしたキンシは真面目くさった表情にて、彼の疑問点を解決するために思考を働かせようと試みた。


「僕が思うにですねオーギ先輩、やはり今の時代にそのような型古い通話機器を使用していることが、疲労感の一端を担っているはずなんですよ」


 妙なまでに真剣な面持ちでキンシは、先輩魔法使いの手の中に握りしめられている携帯電話を視線だけで指し示す。


 示されるがままに、オーギは特に何でもなさそうに自分の持ち物である電話を胸の前へ、もっと見やすい位置に移動させる。


 それなりに成長を果たした男性の手の平、その中にすっぽりと納まってしまえるほどの大きさしかない。

 それは板チョコのような形を、現代の鉄国、キンシ達が暮らしている国家において主流となっている型の通話機器とは異なる。

 指を滑らせるための広々とした液晶画面は無く、あるのは指先で直接圧迫することで電子画面に入力できる細やかなボタン群のみ。


「いまどきそんな変わった形の携帯電話を使っている人なんて、この灰笛にはオーギ先輩を含めて二人ぐらいしかいないんじゃないでしょうか?」


 あくまでも真摯な後輩の指摘を耳に受け入れつつ、オーギは自らの所有物をぱかぱかと、二枚貝が泳ぐように開閉する。


「変わった形、ね」


 数回ほど無意味を繰り返したところで通話機器をもう一度懐にしまい込み、オーギは無知なる後輩に一つ過去の知恵を授ける。


「お前は知らないかもしれないが、ちょっとばかし昔の灰笛、と言うか鉄国じゃあ、みんなこのタイプの電話ばかり使ってたんだぜ」


「そんな、まさか」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる先輩魔法使い、彼の言葉にキンシは半信半疑になる。


「先輩ったらまた、無垢なる後輩を弄ぶようなことを言っていはいけませんよ。少なくともそのタイプの道具を使っている人は先輩本人と、あとは……」


 あとは、その次に登場してくる人物の名前。


 実物が言葉として現実に生じるより先に、オーギの心臓はドキドキと高鳴りを刻み始める。


 彼の動機を他所に、キンシはその名前を呼ぼうとして。


 そこでとある人物に気付く。


「ああ、ほら、ちょうどこちらに来ようとしていますよ先輩」


「え、は?」


 先輩魔法使いの瞬間的に膨れ上がる教学を他所に、キンシは魔法の羽をはばたかせて近付いてくる人物へ、瑞々しいの声で自分たちの事を呼んでいる若い女性に声をかける。


「おーい、こっちですよー、お嬢さーん、風に飛ばされないよう気を付けて。大丈夫、先輩は逃げたりしませんから!」


 わざとなのか、別にそんなつもりは全くないのか。


 いずれにせよ、オーギは後輩魔法使いの無遠慮さに頭痛を覚えそうになって。

 しかしそれ以上に首筋から脳天にかけて、痺れるほどに甘い熱が登るのを確信の内に実感していた。

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