ごめんなさい
謝ってすむ話でもない。
とにかくまず、その武器は今までの物とは大きく形が異なっていた。
大きさは手の中に収まる範囲を遥かに超えて、腕と肩を駆使しなければ抱え上げることすら難しそうな重量感がある。
人の腕ほどの太さがある筒にはどこにも木材が使われておらず、かといって金属質がある訳でもない。
のっぺりとスベスベしていそうな、雨粒を一切受け入れようとしない、プラスチックが一番感覚的に近いのではないだろうか。
とにかく無機質な素材で構成されているそれ。
オーギはいかにも重たそうにそれを抱え上げ、伸びている二本の短い取っ手をそれぞれの指で握りしめる。
そのうちの片方にはいかにも武器らしく引き金があつらえられており、オーギはなんの逡巡も加えることなく早速そこに指を密着させる。
狙いをよく定めて、そうすることによってその武器の、小型の大砲のような形をしているそれの先端が微妙に光を帯び始める。
横から見ればなだらかにひし形を描いている、弾丸と呼ぶにはあまりにも大きすぎる先っぽ。内部に何かしらの物体が込められているのか、風と雨の音に混じってブクブクと不穏な音が膨れ上がる。
指の先を末端とした神経が一切の余暇を許すことなく、急速に行動を駆け巡らせて。
よく狙いを定めた後、オーギは満を持して小型の大砲のような形をしている武器の引き金を強く圧迫した。
強烈な破裂音、切っ掛け一つによって結果は猛スピードで次々と起ころうとする。
持ち主の意思のもと発射された武器の先端は、降りしきる水の落下を無遠慮にかき分け、緩やかな弧を描いて真っ直ぐ怪物の元へと飛んでいく。
ゆっくりとしているように見えるそれも、実のところは人間の意識を遥かに超えた域において命令を果たそうとしていて。
忠実なる巨大な弾丸は、それ自体が攻撃性に満ち溢れているほどの激しさで、怪物の肉に衝突することを成功した。
持ち主の意思に従う弾丸は深々と狙い定めたとおりの場所へ、つまりはキンシが指定したところと大体同様の部分。つまりは怪物の上半身、上部のど真ん中辺りにその先端を垂直におっ立てていて。
そのまま砲弾らしく爆発するものかと、そのようなことは何時まで待っても起こらずに。
その代わりに、砲弾は垂直の密着を何時までも終了せずに、重力に逆らいづつけながら怪物の肉へどんどん食い込んで行っている。
ずぶずぶと、それはどこか武器とは異なる動作のように。まるで地面に落下した種子が湿り気たっぷりの地中へと進出していくかのように。
砲弾から何か柔らかそうな、透き通った色を含んでいる幾つもの筋が伸びて怪物の皮膚に迷いなく潜り込んでいく。
種の成長を二倍速にしたらこんな感じなのだろうか。そういった行為がある程度行われ、やはり遅れ気味に怪物がそれに気づこうとした。
その頃合いにて、怪物の体は大きく炸裂することになる。
「///1.440333---z111」
内部が空気の中に露わになる不快感、痛みを自覚する必要もなく怪物はたまらず叫び声をあげていた。
驚愕の隙間を裂けるほどの激しさで通り抜けて、砲弾は伸びていく根っこで次々と怪物の肉を抉り包んで溶かし込んでいく。
弾の内部で空気の破裂音が激しく連続し、根は激しく侵略を続けていって。
怪物の腕が動き、自らの体を忌々しく蝕む異物を握りしめる。
そのまま強引な力によって乖離させられる砲弾は、まだまだ破壊したりないと不満を垂れるかの如く反発し。
しかし怪物の方が圧倒的に力が多かったため、結局はそれ以上の侵略を望むことは出来なかった。
引き抜かれた弾から伸び晒す根、それは外部からの見た目以上に怪物の肉を食らっていたらしく、雑草よろしくの繁茂力で人の髪の毛ほどの量の筋がブチブチと千切れている。
やはり地面から引き抜かれた植物のように、筋の隙間には密着していた物体の残滓が大量に引っかかっていて、赤々とした輝きがぬらぬらと雨粒に混ざりあおうとしている。
怪物的に考える必要もなく、誰でもそれだけで終われば平和的であるはずなのに。
やはり武器の方はそれを認めるはずもなく、あくまでも道具として決められた行為を継続しようとする。
「0333311//」
まだまだ残っていた内部が無理に圧迫されてしまったこともあってか、怪物の手の内側で弾が暴発して無遠慮に根を四方八方に飛び散らせた。
貫かれ引き裂かれる手の平。
怪物がそれに驚き苦しんでいる。
その隙をいやらしく、すかさず狙い澄まして。
二人の若い人間は日のもとに、正しくは雨空の下、恥ずかしながら露わにされてしまった内部をしっかりと確認していた。
期待していた通りとはいえ、まさか予想がそのまま事実の通りになるとは。
思ってもみなかった事柄に驚きを抱く余裕もなく、キンシは怪物の内部に隠されていたそれを、大きく艶々と煌めく丸々とした器官をじっと凝視して。
「早く!」
魔法の砲弾を無事に撃ち終えたオーギは後輩に指示をする。
「早く壊せ!」
言葉も必要ないくらいに、それぞれが各々の意識に基づいて勝手に行動をする。
キンシは武器をいつも通りに構えようとして、
しかし。
「あ」
いつもの通りに体を整えることが出来ず、想定していなかった背中の重みがキンシの体を引っ張って。
まさかここまできておいて、こんな所でそんなミスを?
ミッタが若者の背中で驚愕と、その他諸々の否定的な感情に身を浸そうとしたところで。
「………………」
無言の内に破壊音だけを響かせて、怪物の胸の中に収められている大きな器官が剣によって貫かれた。
見ればトゥーイが自らの武器を高々と掲げて、その切っ先を真っ直ぐ丸い帰還の内部に刺し込んでいた。
硬そうに見えるそれは意外にも刃物を柔らかく受け入れ、トゥーイの腕は持ち手ごとずぶずぶと飲み込まれ。
ある一定の深さにまで達したところでついに限界が来たのか、「揺り籠」と勝手に呼ばれているその部分は決定的に大きな破裂音をたてて綺麗に真っ二つに割れた。
水風船が割れるのと同じくらいの激しさで、内部に含まれていた体液がどばどばと決壊を起こす。
溢れて落ちるそれを大量に浴びながら、それを他所にトゥーイは破壊の余韻と味わうこともせずに次の行動へ体を閃かせる。
「うわー?」
急所を壊されたことによって急速にバランスを崩し始める怪物の肉体。
それまで肉の緊張によって安定感を得ていた足場が急激に失われつつある。その上に立っていたキンシ達は最初の切っ掛けをそのままに、たりない足場の元へ危うく落下しかけた所。
しかし今度もそうなる事はせず、キンシは腕に引力を感じて落下を免れることが出来た。
誰が助けてくれたのか、そんな事はもはやいちいち確認する必要もなく。
「あ、ありがとう……トゥーさん」
キンシはただただ己の至らなさ測地の中で噛みしめながら、遅れてやってくる戦闘終了の感覚に今は身を馴染ませることに専念する。
一つ二つ、吹き出る玉汗を雨粒に溶かす若き魔法使い。
その右腕をしっかりと握りしめながら、トゥーイは右手に剣を握りしめている。
終了へと変化を勧めようとしている肉体の、生命を奪った武器を手に。
トゥーイは両の足で肉をしっかりと踏みしめた。
雨の温度や音でも誤魔化しきれない生臭さが彼の鼻腔を芳しく刺激して、歯と歯の隙間を暖かな唾液が満たしていく。
ごくりと、口内の分泌物を喉の奥にしまい込み、トゥーイはマスクの下で僅かに口を開く。
「………、------」
何か、何かしらの言葉を彼は呟いて。
しかしそれはおよそ人の言語に聞こえるものでもなく、人間には聞き取れないほどに、意味を見出せそうにない音にしか聞こえそうになかった。
お気に召すまでお付き合いしなくては。




