広い心で解釈し放題
飛び込んでみたいと思ったら最後。
キンシは怪物の体を見下ろしていた。
さて、己の直観と判断に思うがままに貫いて、そうした結果が今のこの状態。
わざわざ魔法の力を借りて自らの存在が放つ音を軽減させ、それこそまさしくカトンボの如き存在感で怪物の逞しく面積の広い肉の上にへばり付くことが出来たわけだが。
ここまで来ることは上手い具合に成功したものの、果たしてこの後どうするべきなのか、実のところキンシは何一つとして実体のある案を考えていなかった。
若き魔法使いが次の行動に思い悩む。そうしている間、そうなるより以前にずっと。
ミッタは怪物の体を両の眼球で見続けていた。
決して、とてもじゃないが青年の背中にいた時よりは居心地の悪い、狭く薄く頼りがいのないキンシの背中。
激しく動けば簡単に振り落されてしまいそうな、そのような不安定な拠り所。ミッタは全身を使ってその場に留まり、そういった状態を保ちながらその目はある一点を見つめ続けていた。
狙うべきはただ一つ、あそこだあそこだ、早く破壊しなくては。
ミッタは無言の中で指を伸ばし、キンシの後頭部に生えている毛髪を軽く引っ張る。
引力に反応したキンシは首を回して相手の事を窺おうとして。
ミッタは質問文が生まれるよりも先んじて、ミッタはその指をそのまま前方へと長く伸ばし、キンシが首を動かす必要もないほどの位置にまで、指の先は見えやすく解りやすくある場所を指し示していた。
「んんん?」
指に導かれるがままにそこを見る。見てキンシは、やはりその意味をすぐには理解できず唇をへの字に曲げる。
そこは間違いなく十分に怪物の体の上、それを構成している組織の面積に属している。少し離れて位置を確認するならば、上半身のとある部分。強引に人間の体で例えてみるとすれば、右肩と左肩の間、頭と首が備わっているはずの部分に当たる所。
だが相手は人間とは決定的に異なる存在であり、まるでその事実を高らかに誇らしげに宣言しているかのように、そこには頭も首も設置されていなかった。
あるのは肉の膨らみとそれに伴う表皮のささやかなしわ。ふざけて布が伸びるのも構わずTシャツの襟を頭にかぶった時のような、地球に侵略してきた怪獣のようなシルエット。
それがこの生き物の、今この場所にいる怪物のデフォルトであった。
なんとかして何かしらの、それらしく納得のできそうな理由を。例えばガラスっぽいのか目玉っぽいのか人によって判断の異なる、球体の器官の内の一つがそこに生えていたりだとか。
そうでなかったら、一見して何もなく肉と皮があるばかりのその部分に、実はこの状況を一気にすっきりはっきり解決できてしまえそうな、そんな感じの確信が隠されているのではないか。
キンシは瞬間に色々と楽観的希望を抱いてみた。
思ったことそのままの、全てが実現してほしいとまではいかなくとも。……いや、やはり本人的には思ったことが何かしらの形を得て、自らの目の前に出現することを切に願っていたのかもしれない。
そうでもしないと、そうしたくなる程に、そこには何もなかったのだった。
寛容なる広々とした意味の上において考えてみれば、そこにはちゃんと怪物の体がある訳なのだが。
そんな事は誰でもわかる事であって、そのような当たり前は誰も望んでいない。
少なくとも一人、キンシはそのような答えを心の底から望んでいなかった。
しかし、それでもミッタは指の方向を変えようとせず、頑なともとれる確証を全身にみなぎらせて一つの行動をし続ける。
無言の圧力、逆らうなど特に有る筈もなく、キンシは内心に渋みを抱くよりも早く仕方なしに自分がやるべき事をさっさとしてみることにした。
顔面に密着しているゴーグルを再び操作して、つい先ほど上手くいかなかったばかりの検索行為をもう一度繰り返してみる。
最初は半分以上が疑いで、やるべき理由もただ単にこれで幼児の気持ちに沿うことが出来るのならばと。その程度の心持ちしかなかったわけだが。
しかし何か違和感を感じ、すぐにその雑な依存心を己の手によってぬぐい始める。
最初はほんのりとした、まるでそれと確信できそうな実体すらもない。空気中に漂う塵のように細やかな想像の一つでしかなかった。
秒を跨げばどこかに飛んで行って、呼吸一つで吹き飛んでしまいそうな不確かさ。
そのはずなのに、何故だろうかその時はどうしてもその考えが心にへばり付き、内部へと根を張り幹を伸ばして葉を茂らせ、ついには花を咲かせて実を結んでいくように。
急速に成長する予感が枯れて朽ち果てる、そうなるより先にキンシはそれまでの客観性を全てかなぐり捨てて、音をたてるのも構わず四つん這いに近い姿勢になってそこを、気になるその場所をもっと子細に検索し始める。
確信を得た行動力はそれまでの迷路がまるで馬鹿馬鹿しくなるほどの速度において、急速に求めていた答えを質問者の指の中に満たしていく。
ああ、なるほど、そう言うことだったのか、こんな簡単なことにすら気づけなかったなんて。
己の失態と叱責を悔やむ余裕もなく、そんな隙を与えることせずにキンシは得られた結果による行動を早速開始する。
「先輩!」
両の掌と膝を怪物の体に密着させて、傍から見れば土下座にも見える姿勢のままキンシは遠くでハラハラと様子を見守っていた先輩魔法使いの名を叫ぶ。
「オーギ先輩!」
「どうした!」
自分の呼び名が聞こえてきたオーギはすぐに返事をする。
後輩の愚行を叱ることも出来ず、当の本人たちは敵のド近辺にて謎の行動をしている。そろそろ心配が臨界点に達しいよいよ回収作業を行おうと決意しようとしていた。
その矢先に、先輩魔法使いの思考など一切気に掛ける素振りもなさそうに、キンシはとある要求を彼に投げつけてくる。
「ここ! ここを! お願いできますか」
「はあ?」
当たり前のことながら一瞬後輩が何のことを言っているのか理解出来ないオーギは、とにかくまずは相手がどの部分の事を指して言っているのか判断しようとして。
してみたはいいものの、やはりその真意を理解できそうにもなかった。
「通常のでは駄目です、大きく太っといのを頼みます!」
いやに具体的な指示を出すキンシが要求をする所。
そこはやはり怪物の体の表面で、それ以外に特筆することもなさそうな部分でしかなく。
だが迷ったり疑問を抱いたりなどと、そんな悠長なことをしている場合でもなく。怪物がいいかげんそろそろ、さすがに自らの体にへばり付いている異物に気付いたのか。
そうでなくとも、それまでうまい具合に静止していた敵の体がついに動作を再開し始めたのを確認したオーギは、頭の中で色々と判断をつけるよりも先にしなくてはならない事をやり始める。
「ああそうかい。やればいいんだろ? しょうがねーな!」
どちらにしてもあのまま放置していれば、このまま自分が行動を躊躇い続けていれば、碌な結果が待っていなさそうで。
だからこそオーギはその予測できる現実から逃避するかのように、別の現実へと進むための行動を早速開始する。
足を動かして、魔法に頼る必要もない速度の中、持っていた「通常」用の武器を手放し。
戦闘が始まった時にやったような意識の働きを、その時とは多少異なる塩梅でもう一度。
踏みしめた足の裏が宙を掻き、もう一度足場の上を蹴り上げる。その動作が終わるよりも早く、オーギの手には再び武器が握られていた。
それは同じく、広い意味で捉えれば鉄砲の仲間として扱うことのできる物。
だが今の今までつかっていた鉄砲とは異なる、それはどうにもこうにも現代的な硬さのある、攻撃性が強すぎる一品であった。
そしたら許される訳でもないのでした。




