私の目的はまだ残されている
悲しいことがありました。
何度も何度も、繰り返しても繰り返しても、結果と事実が変更されることは無かった。
不安定な足場の上で、それでも器用に検索をし続けるキンシ。
持ち主の強い要求と願望、それをあざ笑うかのように道具はそれ以上の言葉を与えることをしようとせず、実質的な沈黙を貫き続ける。
時間的には殆ど経過をしておらず、しかし肉体の錯覚的には延々と続いたかのように思われる空白。
離れた位置にて次の狙撃をいつ行うか、いつも通り後輩が導き出すはずの検索結果を踏まえようと。そう画策していたオーギは、目的がいつまでも行動を起こさないことに激しめの疑問点を抱き始める。
「おい?」
苛立ちが全く無いというのは嘘になり、そうでありながらもこんな所で無駄に言葉に棘を含めるべきではないかと。
その辺の逡巡はともかく、キンシが普段以上に怪物の体を見つめていること、まずはその不可解をどうにかしようとする。
「どうした? 何してる、いつまでそんな所にいるんだよ」
尤もが過ぎる先輩魔法使いの問い。
まさしくその通りで色々と気になる事があろうとも、何時までもそんな所に、敵の体の上なんかに居つづけるのはいつか訪れる限界を容易に想起させて。
「先輩!」
当の本人がようやく自らに降りかかっている現実を受け入れ、
「どういうことでしょう? 検索が全く引っかからなくて」
もうすでに不必要ともいえる報告を律儀に行おうとした。
その辺りでついに、むしろようやくと言うべきか、
「ddd/ d77---j1」
そろそろ自らの体の上に煩わしさ満点でへばりついている異物に対し、怪物の方から遅れ気味ともいえるアクションを起こし始める。
「うわ?」
まさか本当に、そんな事になるまで自分の状況を知らず、よもや忘れてさえいたらしい。
躍動する肉、稼働する骨、正体も居所も何一つとして判別できず、それ故に引き出すことが出来る力加減によってキンシはついに怪物の体から排除されようとしていた。
「わ、わ、わわっ」
怪物的には忌々しき異物である若き魔法使い。
ごくごく短く限定された最初の数秒こそ、往生際の悪さを発揮して卑しく指の爪のみで無意味に抵抗を試みようとしていたが。
しかし今回においては怪物の方こそより強い意志と判断力があったもので。
「わああー!」
あっけないほどにあっという間に、キンシは容易くその体を空中に投げ出されていた。
ここが、この戦闘とも呼べそうにない低俗なやり取りの現場が、安定感と安息と酸素に包まれ満たされたアスファルトの上だったならば、無駄に心配を抱くことも。
例えば受け身はなんの力もなく普通に、やはり少しばかり魔法の力を使って重力を軽減させて、だとか。
そんな単純で済むはずだったのに。
だが残念ながらここにはどこにも信頼すべきアスファルトは存在しておらず、また酸素も足りず、あるのはささやかで必要最低限な金属質の枝と、その間を取り巻く何もない空間のみ。
理解を脳に駆け巡らせ、だがその速さはペンギンの行進程の速度しか体感できず、キンシは哀れにも灰笛の上空何も頼れるものもない空中へその身を晒そうと。
本人が早々と覚悟と同時に諦めをつけて、さてさてどうしたものか、どうしましょうか、と瞬間に圧縮された限りなく無意識に近い思考の中において、あれやこれやと無意味に無味無臭に画策していた。
その所で、そういったことを否定するかの如くトゥーイは三度火花を散らして。
優れた瞬発力の伴った跳躍、狙いを澄まして目的を達成し、次の瞬間にキンシの体は青年の腕の中にすっぽりと納まっていた。
特に感慨もなさそうに、するべきことはクリアしたと言わんばかりに、トゥーイはこの現場においては異常さを感じさせるほどに静かに安定した足場の一つに着地する。
「いやいや、いやはや……、ありがとうございますトゥーさん」
キンシは予想に反して自らのダメージが少なく済んだこと、そのことにそわそわと落ち着かない気分を抱きながらも、まずはとにかく然るべき礼を伝えようとして。
助けてくれた本人の体に触れるために視界を広げ、その青年の背後にいる存在を見る。
見て、目を見開いて、確認して。その信じがたい事をまず、
「うわーっ? わああー!」
この場に限られた感情にのみ、ありとあらゆる全ての物語を忘却せんが勢いで驚愕しまくった。
「どうしたっ」
怪物の体に躊躇いなく易々と接着したり、そしてそこから暴力的な無遠慮によって排除されそうになった。
その時以上の気迫と気合、急激に膨れ上がり限界まで、大爆発した激情にオーギは狙撃体勢を崩して、今は怪物よりも幾ばかりか離れた位置に佇んでいる後輩たちの元へと駆け寄る。
「何だってんだ、そんな素っ頓狂な声を出しやがって」
信じがたい、また許しがたい事があるかのように、キンシは顎の力のみで自らの奥歯を砕くほどの力みで後悔を身から振り絞った。
「う、う、うわああーあ……、ごめんなさい、ごめんなさい……」
今度は謝罪か、オーギは突発する意味不明な状況に若干の動揺をしつつも、とにかく相手の心に冷静さが戻るまで今は観察に徹っしようとした。
先輩にしげしげと観察されている中、しかしキンシは自らの内側に次々と生じる否定的な感情に次々と圧し掛かられているようで。
「すみません、すみません」
とにもかくにも、キンシはまず自らの失態を存分に悔い、
「背中から外すのをすっかりと忘れていましたっ!」
食い入るかのように青年の背中へ、そこですっかり丸々と縮こまっているミッタへと、あらんかぎりの謝罪を行おうとした。
「ごめんなさい! いますぐ降ろしますかね!」
「………… (@v@)」
本人にしてみれば嘘も偽りもない、心の底から純粋な本音なのだろうか。
それにしたって、今更?
謝罪を向けられている幼児本人以外にも、それと同様の疑問点を先輩魔法使いはどこか白々しく抱いていた。
「あー、え? 何、今の今までお前さんはそのことに気付いていなかった、と?」
自分の至極簡単な質問にすら答えられない、ぱつんぱつんに切羽詰った後輩魔法使いの様子。
実質的には沈黙に等しい、言葉の殆どない情報の量。
だが理解に至るまでは十分に、そうであるが故にオーギはいよいよ後輩の至らなさ、とんでもないうっかり具合に深々と溜め息を吐きそうになる。
「俺はてっきり、あまりにも当たり前のようにお前らが平然としているものだから、もしかしてと思っていたんだがな」
オーギはわざとらしく細めたまぶたの隙間から、じっとトゥーイの顔を眺めてみる。
「…………」
青年は沈黙の中、しかし追及から逃れることは出来ないとすぐに判断をつけて、
「忘却していました」
短く、それ故に単純明快な言い訳だけを残した。
オーギはついに頭痛までを発症し、だが今はその痛みに身を浸している場合ではないと、まずは目下するべきことをさっさと行動する。
「悪かったなあ、いきなりこんな羽目になって怖かったろ」
急ぎ青年の体にまとわりついている、まるでその辺で拾ってきたものを適当に組み合わせただけなのではないかと邪推したくなるほどに、ずさんな作りのおんぶ紐を素早く丁寧に解いていく。
「よーしよしよし、これでたぶん大丈夫だからな、もう怖いことは無いからな」
何一つとして確信も確証もない、だがこれ以外他に言いようも見つけられない。
不気味なほどに静かな用事に若干の違和感と不気味さを抱きながらも、まずは安全な所へ避難させなくては。
溜め息をする余裕もなくオーギがミッタを抱えたままこの場から離れようと。
そうしようとしたと、その時。
「うう、うう (〇 〇)」
ミッタが何かを、何かしらの意識が通った音声を、薄く小さい唇の狭間から春先の新芽のように伸ばし始めた。
お気に入りのピアスが消失したのです。




