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信号機のほうがはやく。

 別に大仰な事でもなさそうに、ごくごく自然な手つきにおいてトゥーイの頭部を強めの腕力でぶった。


 骨と骨がぶつかり合う、完全なる硬質を得ることのない衝突音が雨音に虚しく侵入する。


「この……バカ犬!」


 オーギはほんの一瞬のためらいの後、歯を剥き出しにして叱責の言葉を青年へと、拳骨以上の気合を込めて叩き付ける。


「なに一人で勝手に大興奮攻撃開始しまくってんだよ? 敵が現れたらまず状況状態、とにもかくにも情報収集を優先せよ。って、ママに教えてもらわなかったんか?」


 どうかその上着の中身に後悔なり懺悔なりなんなり、何にしても自らの愚行を認め謝罪をしようとする意があることを祈るばかりなのだが。


 しかしやはりトゥーイは無表情のままでしかなく、芸能用のお面の如き硬質的な表情筋の下、首元にまとわりつく発音装置から言葉が発生してくる。


「モチベーションは死亡事故を起こして私は布団の上から家族断裂を行いました故に蛆のわいた価値観のみしか内包していません」


 当然のことながらその内容をオーギが完全に理解することは出来ず、そうでありながらも何となくの不確かな言葉の雰囲気からおおよその意味を。要するに青年があまり反省の意を示そうとしていない、ということだけは察することが出来た。


 そうとなれば、分かればこの場においてやるべきことはただ一つに限定されている。


「なるほどな、お前の言い分はようく解った。その雑草まみれの脳味噌を煎餅みたいにしてほしいと?」


 皮肉と脅迫の入り混じった、冷めた笑いを浮かべる先輩魔法使い。


「まあまあ、まあ」


 その笑顔から青年の伸び晒した体躯を無意味に隠そうとするように、先輩の眼前にキンシが介入してくる。


「お叱りのお気持ちは十分が過ぎるほどに理解出来まして。しかしながらですね、現在はそのような余暇があるとも思えないと、彼はそう思っているはずでして。ね!」


 背中で語らんと、言わんばかりの気迫をキンシはトゥーイにぶつける。


 当の彼は最初こそ己の真意を貫き通そうとしたが、そんな事は無意味であると早々に諦めをつけて、それ以上にキンシの「ね!」の一言に含まれた感情に押し流され、この場においては意見を収める判断をする。


 無意味で無利益な争いの火種が炎上する前に揉み消されたところで、目先の現実が消滅するはずもなく、やはり魔法使いたちは締め付ける痛みの中で頭を悩ませることになる。


「さて、これからどうするかね」


 ありとあらゆる場面において、そこに血が流れ細胞が破壊されるかどうか関係なく、この先の展開に対する無責任な不安を意味する言葉をオーギは呟いていく。


「俺の見立てでは、えー、あいつ等的に見れば左側にある腕はほぼ完ぺきに機能停止することが出来たのだが」


 それでも彼の魔法使いとしての限りなく理性に近い本能は、どこか悲しげな雰囲気すらも纏いつつ的確なる情報を収集し続ける。


「そうですね、その意見には僕も同意です」


 会話の転調に大した意味を見出す必要もなく、キンシは唇の隙間から先輩に対する同意を示し合せる。


「しかし油断は出来ませんよ先輩、型にもよりますが彼方さんは僕ら以上の回復能力を有していますからね。下手すれば三分で断裂裂傷を、ちょちょいのちょいで猪口才(ちょこざい)に修復、出来たり出来なかったり」


「その辺に関しては、たぶん大丈夫だろうよ」


 後輩の不安を慰めるつもりがあるかどうか、有り無し関係なくオーギは事実そのままを報告作業として淡々と伝えていく。


「あの様子じゃあ、しばらくは元の形を作るのは難しそうだ」


 彼の目測通り、怪物の左腕に当たる部分は複数における様々な攻撃を食らったこと、それに追随する体液の大量漏洩により、カサカサのカラカラに干からびようとしていた。


 はたしていくら体内の液体が多量に損失したとしても、そのように単純明快な結果が起こりようがあるのだろうか。


 そのような疑問点を抱く人間は一人を除いて、少なくとも魔法使いどもは誰一人として抱くことはしない。


 それ以上に何よりも、当の怪物自体が自らの体に起こっている現象を、まるで当たり前の事として受け入れているかのように。

 要するに大したアクションを起こすこともなく今はただ、


「hu-hu-.,],],]」


 正体のない音を体のどこかしらかは発しながら緩慢な動きを続けていた。


 やはり痛覚が存在していないのだろうか、でもさっきまではそれらしい反応があった気もする。

 と言うかそれよりも、あの音は一体どこから発せられているのだろうか? どこかの体の一部にそれらしき機能があるようには見えないが………。


「とりあえず、そう言うことですね!」


 様々な疑問点がぼたぼたと大量に染みを描きながら、それを拭い洗う余裕などがある訳でも無し。


 若き魔法使いはやるべきことをうら寂しく継続する。


 キンシが走りだしトゥーイはその後を追いかける。オーギが鉄砲を構え直して攻撃行為が再開された。


 火花を散らすことをせず、ある程度視認できる速さにて。

 しかしやはり重力から一歩離れた領域で跳躍、キンシは怪物の体に覆い被さるが如く、そのぐらいの気合で武器を握りしめる。


 落下速度の力を得た槍の穂先が狙いの元、丸い器官の一つを貫き砕き破壊する。


 いつの間にか雨脚はだいぶ強さを増している。


 キンシの体に向けて溢れかえる体液が、上着の表面に留まる隙もなく雨粒によって溶かし流される。


 痛みの有無はもはやどうでもいい事柄、怪物は自らの体に付着する敵を追い払うべく残された右側腕を、左側よりも強靭な作りに見えるそれを動かそうとして。


 しかし二人の男性の武器によってそれすらも阻まれる。


 まず近くにいるトゥーの剣が皮膚を切り裂き、遠方より発砲されるオーギの弾丸が皮膚から肉、骨にかけての細胞を回転力によって抉り取る。


 休む暇は認められず、キンシは引き続き武器による何かしらの攻撃を振舞おうとして。


 だがその行動は怪物の、生き物としては当然の拒絶反応にて阻害される。


「うわ、わっ? わー!」


 がくんぶるん、引き揚げられた魚のように震えたわみ暴れ狂う怪物の上半身。


 キンシは無遠慮に振り落されぬよう、どうにかして体にしがみ付いていた。


「クソガキ!」


 オーギが無事を確認するための叫びをあげて。


「大丈夫です!」


 キンシは半分以上は嘘偽りで、しかしまったくの虚偽という訳でも無い報告を叫び返す。


「ぶん回されている所悪いが! そのまま揺り籠を探してくれないか」


 打ち終えたそれをはずし、新たなる鉄砲を手の中に収めているオーギは、それがだいぶ無理な要求であることを重々理解しつつも、仕事として後輩に命令する。


 怪物の体に生えるガラス製の眼球のような器官。その中でもとりわけ型が大きく、その分大量の体液を含んでいる球の一つ。

 魔法使いの間にて「揺り籠」と、いまいち洗練さに欠ける名称にて呼ばれている。まさに機関の大きな大きな目玉。


 先輩魔法使いから早い所、さっさと破壊しやがれと、指示を与えられたキンシは急いでゴーグルの調子を合わせ検索をかける。


「どこだ?」


 自分の体を基本とするアバウトな魔法とは異なる、きちんと整合性の取れている法則に基づいた魔術と言う概念。


 それらの回路を施された道具、顔面に装着しているゴーグルが持ち主の意識が通った操作によって、視覚内に検索結果を次々と表示し始める。


「何処だ何処だ、何処だ……?」


 目玉のようなガラス玉のような、いずれにしても丸い形をしている。


 大人一人、中肉中背の個体ひとつならば悠々と内部に内包できてしまえそうな程。


 探せ探せ、探せ。炙り出して見つけ出して、完全なる破壊を与えなくては。


 ? ? ? ???


 しかし検索は虚しく空振り続け、魔法使いに目的の情報が与えられることは何時まで待っても訪れなかった。

網膜に答えず結膜は虚しかった。

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