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簡単に従ったらつまらない

でも疲れるのは嫌でした。

 今この瞬間のみに限定して、この世界の全ての事を無視しながら意識だけは己の指、肉の下に内包される神経細胞に集中させる。


 よく狙いを定めて、オーギは引き金を引く。


 閉じ込められた空間内にて小爆発が起こり、武器の口から攻撃性に満ち溢れた金属の弾が打ち出される。


 火薬による暴力的な推進力、それを帯びた弾は真っ直ぐ確実さを以て怪物の腕へ。眼球に擬した器官へ命中する。


 弾は器官の表面に激突し、そこに大きなひび割れを生じさせた後、自らの目的を達成したといわんばかりに弾はその正体を失い、そのまま人が認知できない何処かへと消失していく。


 腕の一部、複数ある器官の全部においてその全てが掛け替えのない。


 その中の一つを破壊され、当然のことながら怪物は悲鳴をあげる。


 溢れかえる体液、止めどなく噴出する赤色、雨粒と混ざりうねる飛沫を浴びながらルーフは低くした姿勢を急激に伸ばし、手の中の剣を横に薙ぐ。


「何やってんだクソ犬! 一旦退け!」


 色々と事情を踏まえたとしても、状況を見てみればそれがもっともな判断ではある。

 そう言うことは絶対に理解しているに違いないとキンシは確信していて、そうであるからこそ何故にトゥーイが先輩の指示に従おうとしないのか、違和感と主に疑問を抱かざるをえなかった。


 ゴーグル越しの疑心に構うことなく、トゥーイは軌道を少し変更しつつもう一度逆方向に。


 二度ほど強烈に裂かれた怪物の皮膚から、新たなる浸出液がダバダバと公園の噴水のような激しさで吹き出してくる。


 はたして相手に痛覚があるのかどうか、やはり真の意味で理解することは出来そうにない。

 そうではあるものの昨日のようなあからさまに怪物的な、しっかりと人間以外の形状を保っている相手ならば、理解が届かなくても感情に不足は無かった。


 しかしながら今回は残念なことに形がそれとなく、腕があったり足があったりとどことなく人間らしさがある。

 造形的には酷くアンバランスで整合性が取れているわけでもない。にもかかわらず脳細胞は一切の遠慮もなくそこに人間都合の感情を見出してしまうものであって。


 一人の哀れなる部外者が状況の恐ろしさに、声すらも発することが出来なくなっている頃。


「もう一発!」


 そろそろ十分に、先頭に向けた範囲まで体を接近させていたオーギが武器をもう一度握りしめる。


 それは一番最初に弾丸を放った物とは別の武器であり、二本目にあたるそれの引き金から二発目の弾丸が放たれる。


「クソッ……外したか」


 十分に器官の一つを傷つけることに成功しているのでは?

 

 砕けるガラス玉の音を他所にキンシが疑問を抱いている中、オーギは忌々しそうに使い終わった武器を下に投げる。


 手から離れた武器の一つは氷のように霧散し次の、順番にしてみれば三本目の鉄砲がオーギの手に握られる。


「アレは……鋳鎖(いるさ)だな」


「彼方さんの中でも大きさが多めの方々の事、ですね」


 オーギの口から零れる専門用語に対しキンシは律儀に返事をする。


 魔法使い界隈においても、サイズ的に只ならぬものとして扱われている敵。


 そのことを知っていようがいまいが、お構いなしにトゥーイは引き続き攻撃を再開する。


 深く息を吸い心臓を鼓動させ、両足に電気信号を貫かせ。


 鉄の足場を蹴りあげる。


 それはおよそ人間らしくない速度で、きっとやっぱり、それは魔法による作用が働いていたに違いないのだろう。


 人の体から発するべきでない火花が散り、トゥーイの体は風を遥かに超えた速さで怪物へと突進していく。


 バチンバチン、炸裂音が鳴り響いて、まばたきを一回ほど繰り返す間にトゥーイの足は怪物の皮膚を這い登り、爪先を怪物の上半身の上に食い込ませている。


「………………」


 呼吸をもう一つ、酸素を得た筋肉が盛り上がり剣に力を与え、切っ先が怪物の複数ある器官の内の一つを貫通して砕いた。


 硬質な音が鳴り、トゥーイは相手の反撃を喰らう前にそそくさと、獲物から血液を採取したボウフラの成虫のように飛び去る。


 自覚する暇もなく、訳も解らぬうちに肉体が次々と破損されていく怪物は、やはり生き物らしく抗議の叫びをあげて腕を振り回し始める。


 だいぶ体液が絞られカラカラになっている片腕、だいぶ感覚が鈍っているはずであろう、そうであるはずなのに怪物は一切の減速をすることもなく、堂々と傷まみれの腕で剣を携える青年を叩き潰そうとして。


「させるかい!」


 言葉の通りの行動を、キンシは怪物に負けず劣らずの全力を以て投てきを行う。


 意識を全身に張り巡らせ、肉体を投げるという行動の身に特化し限定した格好へと折り曲げ、緊張に溢れた上半身からまるで火薬が爆発するが如き激しさの元、槍が投げ出される。


 穂先の刃が空気を切り裂き、唸りを上げて重力を食い破る。


 ほのかに与えられた回転が雨粒を巻き込み、水を含んだ簡易的なドリル運動が真っ直ぐ怪物に向かって。


 見事なまでに直撃して、肩関節と思わしき骨の組み合わせをぶち抜いた。


「iiii-/ eeqeeee---/」


 とても人間的とは思えない位置に貫通している武器に対し、それが痛覚なのか不快感なのかはやはり判別がつかない所ではあるものの、やはり怪物は当然のことながら拒否の意の元に悲鳴をあげていた。


「トゥーさん!」


 様々な要因をその身に含みながら、キンシは緊迫感のままに高々と左手を掲げて青年の名前を呼んだ。


 呼ばれた彼はその声に対してはすぐに従い、もう一度足首に電撃を走らせる。


 掲げられた左手の中に怪物の肉体を侵した武器が戻ってくると同時刻。トゥーイはいつもの位置へと、キンシの傍へ平然と戻ってきていた。


「命中命中、僕らの調子は意外なほどに上々快調、ではありますが……」


 当然の事として手元に戻ってきた武器を握り、くるりと回転させて構えるキンシは口元に濁った感情を浮かべてぶつぶつと呟く。


「しかしながら、相手はどうにも一向に倒れてくれませんね。なにも攻撃の数回で倒れてくれるとは思いませんが、それにしても元気が良すぎると思いませんか。ねえ、先輩?」


「さあな、あいつ等の事なんて知ったこっちゃねえよ」


 オーギは自分の武器の調整をしつつ、後輩の質問にはぞんざいな返事をしようとして、


「ただ、な」


 しかし一つ思い当たることがあったのか、ぽつりと言葉の続きを引き延ばした。


 キンシがすかさず耳をそばだて、無言の中で続きを催促する。


 無暗なことを言うべきではなかったと、オーギは遅れて後悔しながらもしかしもうすでに手遅れと早々に諦めをつける。


「いやな、風の噂で聞いたんだが」


 武器の調子を簡単に検査し、何も異常がないことを確認しながら、オーギはなんてこともなさそうに知っている情報を開示する。


「ここ最近灰笛において彼方共の事故が多くなっている理由として、何処かの誰かが何かしらの方法を使って奴らをこの場所に無理やり引きずり出しているとか、いないとか」


「まさか!」


 キンシは攻撃行為をしている途中にもかかわらず、それに相応しくない声量を出してしまったことにまず恥じ入り。それでもすぐに今しがた聞いたばかりの情報の是非を全力で問いかけたくなる欲求に駆られる。


「そんな、まさか。彼方さんがそんな簡単に扱われる訳が」


「ああ、それと同じようなことを俺も思ったさ」


 オーギは怪物から目を逸らさず、しかしどこか心を遠い所に向ける。


「あいつ等は人間とは違う、俺らとは異なる世界の生き物でしかない。食事をするのにナイフとフォークを使わない。睡眠や生殖に羽毛入りベッドを必要としない。だがそこには知性があり、故に危機管理能力も有る筈で。時としてそれは人の意識をこえた位置にまで到達し得る」


「はたしてそんな彼らが、人間如きの支配に易々と下りますかね? そんなやさしさがあるとは……」


「俺もそんな感じの事を思ったさ。珍しく気が合うな」


 気になる事は多々あり、しかし今はそのような事を考えている暇もなく。


「さて、いずれにしても俺たちはあれがこの作業現場の外に出ていって、町中で人を襲いまくる。なんてことになる前に、ここであれの片さなくてはならねえ。それが栄えある本日のお仕事である訳でございますが」


 それ以上に、


「まずは、だな」


 やるべきことが生まれてしまったと、オーギは憤るように拳を握りしめ。


 それを天高く雨雲を貫かんばかりに掲げ、


 そして。 

私は基本、どうしても面倒くさがりなのでした。

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