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音声認識を一発でうまく使いこなせた例がない

滑舌が悪いのです。

 だが状況はそのように余計を許せるものでは到底なく、果てしない早急さが求められていることは明確であった。


「ちょ、ちょおおい? いきなりどうした、どうしたってんだよっ?」


 硬い縁に両の指を密着させて、ルーフは表情どころか感情があるかどうかも怪しい相手に向かって質問文を投げつける。


 しかし鉄の箱はその声が聞こえているかどうかも定かにせず、


「入力してください、入力してください」


 やはりそこには感情は含まれておらず、機械的音声を繰り返すばかり。


 ルーフが「これはマズイことになった!」とかなり遅れ気味に確証を得た所で。


「お兄さま!」


 はて、これはどういうことだろう。彼からそう大して距離の感じられない後方において、メイの叫ぶ声が耳に届いてきた。


「言葉を言ってください! 入力用の、するための!」


 彼女の乗っている箱もスピードを増している。ルーフが目を見開いているその隙に、メイは兄に対して彼がすべきことを言葉として指示する。


「とりあえず! スピードを落とすように言ってあげて!」


 なるほど、とはっきりとした答えを作り上げる暇もなく、ルーフはとにかくがむしゃらに妹の言うとおりにしてみる。


「おい! えっと、スピードを落としてくれ!」


 はたしてこれが正解だったのか、もしそうならばかなり馬鹿馬鹿しく間抜けである。


 しかし残念ながら行動は十分にクリアの範囲に属していたようだ。


 鉄の箱はやはり自らの道具としての存在意義を利用者へ堂々と誇示するかのように、ルーフの言葉に従順とした態度を見せる。


 しゃらん、と嫌味ったらしく耳に心地よい金属音を奏でつつ、ルーフの乗っている箱はある程度の緩やかさでスピードダウンをした。


「あー………、びっくりした………。なんだってんだよ、まったく………」


「どうやら、しらずしらずのうちにスピードアップの命令か何かをしてしまったみたい、ですね」


 ようやく兄に追いついたメイが、彼の前方で箱をターンさせてブレーキをかける。


「はー、ビビった。心臓泊まるかと思ったわ」


 ルーフは若干忌々しそうに顔をしかめながら、指先でコツコツと箱の淵を小突いた。


 メイも爪でその金属質を撫でながら、この数秒で導き出した仮説を惜しみなく並べ立てる。


「音声認識がせっていされているようで、あんまり下手なことは言えそうにありませんし、どうにかして手動でうごかせないものでしょうか?」


「でしょうか、って………」


 ようやく心臓が落ち着いてきて、それ故に冷静さを取り戻してきたルーフは妹にツッコミをいれる。


「お前、今普通に動かせてねーか?」


「へ?」


 ルーフからの指摘にメイは目をぱちくりとさせて、自分の体を軽く見下ろしてみる。


「いえいえ、いえ? そんなまさか……」


「まさかも何も、今しがたフツーに動かせていたように見えるけどな?」


 ルーフからそういう風に言われ、メイは半信半疑になりながらももう一度箱の縁を握りしめてみて。



 そして数分後───。



「うわっはーい! うわわ、コレなんか楽しーい!」


 瞬く間という訳でもなく、まばたきするのにも飽きてきたルーフを他所に、メイは雨の中地面の上をバシャバシャと箱に乗って跳ね回っていた。


「おーい、メイー?」


 自分のあずかり知らぬ場面にてテンションを上げている妹に対し、ルーフは気の抜けた溜め息をこぼす。


「楽しそうにしている所悪いが、そろそろ使い方を俺に教えてくれないか?」


「あ、」


 やはり夢中になっていたらしい、メイは箱を動かすのを中断して恥ずかしそうに微笑む。


「すみません……、ちょっと楽しくなっちゃって」


 ここしばらく見たこともないほどに歓楽に浸っていて、だからこそルーフは妹になかなか声をかけられずにいたのだが。


 しかしいくら彼であっても、何時までも何時までも雨の中妹と魔術道具の戯れを眺め続けられるほどに心が寛大でもなかった。



 という訳で。


「こうすれば、えーっと? いいのか?」


「いいえお兄さま、その辺はもう少し肩の力を抜いて……」


 などと等々のやり取りの後。


「やっぱなんか間抜けだよなー」


 兄妹達は少々の紆余曲折ありながらも、なんやかんやで上手に箱を操る術を身に着けたのであった。


「さて、さーて? これで一体、どうしろってんだってことなんだが」


 肩の肉をカチコチに強張らせ、やはり片手にビニール傘を持ったままルーフは気だるげに上を見やる。


 結局両の手が塞がり、持っていた荷物はただでさえ狭苦しい箱の隅に落ち着かせることになって、どうにも居心地を悪くしている。


 そんな兄に向けて、メイは自分の内に生じた仮説を述べてみる。


「たぶん、こうするんだと思います」


 兄とは対照的にがらんとしたスペースが箱の中に有り余っているメイは、両の手でその金属質を強く握りしめて言葉を発する。


「206、お願いします」


 メイの言葉に魔術道具が反応を返してくる。


「位置情報を確認、入力しました。移動を開始しますか?」


 ルーフが目を見開いているのを沈黙の中で受け取りつつ、メイは言葉を続ける。


「ええ、お願いしますね」


「自動操縦を使いますか?」


「うーん、あんまり早いと驚いちゃうしな」


 メイは道具に対してまるで人と会話しているかのように語りかけてみる。


「ゆっくりめで、少しだけ急いでくださいね」


「了解しました」


 道具の方も丁寧な対応に心なしか嬉しそうに、なんてことがある訳がなく。いたって変化のない応答の後、箱は鎖をうねうねと蠢かせて動き始めた。


「………」


 じっと、その様子を眺めていたルーフは。


「………あー、じゃああれの後を追いかけてくれ」


 現在の自分に出来得る最もシンプルな命令文を道具に伝えてみる。


 さて、道具を使いこなせられるようにはなったものの、


「いや」


 その迷いのない動作に、


「いやいやいやっ?」


 新たな種類の悲鳴をルーフは上げそうになる。


「ちょ、あのっ?」


 何と言っても、何と言うことだろうか、ようやく搭載している人間に対して素直なる態度を見せ始めた鉄の箱たちは、当たり前の如く無感情に真っ直ぐ集合住宅へ。


 それを構成している、というよりはむしろそれ自体がなければ家という存在が確立できない。


 その部分へ、


「あの、そっちは壁なんだけど?」


 部分というよりは、つまり住宅の外壁へと、鉄の箱の足はジャラジャラと突き進んでいた。



そして声が小さく、おまけに早口で救いがないのです。

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