対人移動専用魔術回路搭載魔力可動式移動補助装置のご利用有難うございます
漢字ばっかり。
「こんにちは! もしくはおはようございます? こちら、移動補助専用魔術回路搭載済み魔法金属です!」
「………え、へ?」
その声は確実に、認めざるを得ない形として鉄板から発生しているものだと、ルーフにはすぐに気付いてしまう。
それはメイにも同様の事であり。
「えっと……? ようするに、あなたは魔法の道具ってことなのかしら?」
彼女は気丈にも、その自動で動く未だ正体不明の道具に話しかけることを試みた。現時点で位置的に彼女が最もそれと近しい、そうではある物のルーフは我が妹の豪胆さに改めて舌を巻きそうになる。
道具の方は兄妹達の狼狽など一切構う様子もなく、変化することなく継続して快活そうな音声を設定のもと、降りしきる雨粒へ叩き付けてくる。
「対象生命体から質問を受け取りました、確認しています、参照しています、少々お待ちください………」
それは年若い人間、あるいは音程が高めの女性の声のようで、そうと決めつけるにはどこか違和感のある。何にしても少しばかり聞き取りづらいが、全くもってし難いとまで行くことはない、そんな感じの声だった。
待ってくださいと言われ、ルーフはてっきりこのままこの道具がフリーズをおこし、その隙に逃亡と言う名目の移動を開始しようかと、目論んでみたものの。
しかしながら彼の目論みは外れ、その鉄板みたいな形状をしている魔法道具は意外にも優秀だったらしく、まるで少年の事を逃がすものかと言うように、迅速な質問受け付けを行い始めていた。
「質問に答えます、私は魔術道具に間違いありません。私は現在この灰笛市内に既存する集合住宅の一つ、「コーポラス葉の愚案」を担当しております」
「は? コーポラス、何?」
顔をしかめる兄にメイが耳打ちをするようなポーズをつくって注釈をする。
「たぶん、「はのぐあん」って言ったんだと思います」
「ふーん、………」
変な名前、率直に直感的に脳内に浮かび上がってきた言葉を、ルーフは堅牢な束縛力で喉の奥に留めておく。
いまだ釈然としない態度を崩そうとしない兄妹達を他所に、それは単にその道具に人の感情を窺うなどと言う無駄な機能が搭載されていない可能性が高いにしても、鉄板は声の調子を一定して変えることなく改めて質問受け付け及び自己紹介を続けていく。
「私はこの「コーポラス葉の愚案」をご利用する方々の補助をするために存在しています」
決して広く一般的に耳障りと思わしき程の高音ではないはずなのに、どういう訳か今のルーフにはその声が受け付けられなかった。
理由はよく解らない、自分が自分の思っている以上に疲労を溜めこんでいるのかもしれないし、もっと別の八つ当たりじみたことも幾らでも考え付くことが出来る。
まあ、そんな事はどうでもいいのだが。
「それで? その補助ってのは何をするんだよ」
頭痛があるような気もするが、それ以上にルーフの体を支配しているのは目の前に転がっている未知に対する好奇心、魔法の道具などと自らを自己紹介しやがる物体への探求心のみであった。
無意識の内にその動向に縋りつく、少年の内情などあずかり知ることもなく鉄板はもう一度質問に、今度はそれこそまるで時間もかから素早く回答を始める。
「ご使用方法の説明ですね。こちらはこのように」
言葉が不自然に途切れそれに誰かが疑問を抱くよりも早く、鉄板がその体を変形し始めた。
「げっ?」
それまで少なからず、固定されている事が約束されていると思い込んでいた物体が、自分の想像を超えて変容することにルーフは不気味さに基づく微かな悲鳴を上げずにはいられなかった。
メイの方は何を言うでもなく薄桃色の唇を横一文字結んだまま、じっとその変化を見下ろしている。
どちらにしても煌々と輝く好奇心は同様で、二セットの眼球による注目を一身に浴びながら、雨粒に濡れる鉄板はコンビニの自動ドアが開閉するほどの時間をかけて、やがては鉄板と呼称すべき形状を失う。
その代わりにその体に出現したのは。
「箱になった」
「なりましたね」
ルーフの独り言にメイが甲斐甲斐しく答える。
「すごい、鉄の板がシュウマイみたいにくるんと、鉄の箱になっちゃった」
鉄の焼売、ものすごくとてもナンセンスな単語ではあるものの、その見事なまでに的確な形容に、ルーフは妹へ盛大なる賞賛を送り付けたくなった。
まさしく、その魔術道具やらの変化はまるで巨大で強大な力を持つ人間の指による繊細な作業によって、金属製の包み蒸し料理をこしらえたかのようで。
それはそれとして、自分たちは一体全体その変化をどのように受け止めればよいものか、ルーフが次の答えを期待していると。
決して彼の意思を何かしらの電波的に受信しただとか、そんな可能性は限りなく低いにしても、彼が思うと同時に魔術道具は自らの結論を行動によって示した。
「利用者様」
やはり位置的に考えてもその言葉は最初からずっとメイ一人に向けられたもののような気がして、彼女の目の前で鉄の箱の形をしている魔術道具は、パカンッ! と形を形成している面の内の一つを開放した。
「中にお入りくださいませ、そして目的の部屋番号を御伝え頂ければ、これは迅速かつ滑らかな移動を貴女にお約束致します」
と、鉄の箱的にはそれ以上の御用は無いらしく、体を傾けて開放したまま勝手にそれ以上の動きをすることもなく、動作の線の上において一時的な停止を開始してしまった。
「………」
「……、えーっと? ようするに」
とは言うものの、兄妹達もそれ以上の言葉を必要としていたわけでもなく。
兄の視線に誘われ、また自分自身の明確な意思の元、メイはそう大したものでもない勇気を出してその道具に足を踏み入れてみることにした。
相変わらず道具の正体は解することが出来なくとも、しかし実のところ説明を聞いている途中におそらくは同様の道具が彼等の横を通り過ぎていたのだ。
同様と思わしき物体はやはり形を同じくして、何と言うことだろう、まるで当たり前の風景の一部として内部に老人を搭載していたのである。
老人はここの集合住宅の住人なのだろう。箱にゆらゆらと揺られ、無言の光景として運ばれて行っていた。
という、視覚的情報による安心感、もしくは油断とでも言うのだろうか。
何にしても、いつまでも雨が降りしきる中で道具の調査を長々とする気が起きるほど好奇心は、あの魔法使いならともかく兄妹の二人の方には持ち合わせていない。
メイは雨と泥に湿る足を箱の中、ひんやりと硬いそこに接着する。
板に刻まれていて、体を屈折するときに消えたと思い込んでいた、水を含んだ刻印の名残がスベスベとしている。
「冷たい」
メイは新品の健康サンダルの事をこっそりと思い浮かべた。
タイトルを真面目に読む必要性は低いと思われます。




