表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/1412

集合住宅のうねり

団地段々

 エスカレーターぐらいならばこれまでの人生において、幾度となく使用してきてはいる。


 しかし一階より下、地下へと向かうものに乗る機械はそうそうあったものでは、もしかしたら記憶している中ではこれが初めてかもしれない。


 鈴なりのごとき人間の群れ、それが生み出す無意識の流れに沿って自動改札を抜ければ、もうすでに底は地下鉄の内部。地上とは異なる空間となっている。


「えっと……、どこの、どの線にのればいいんでしたっけ……?」


 経験したことのない空間に対し奮い立つ好奇心と、同じくらい肉を震わせる恐怖心に、メイは思わず兄の手を強く握りしめる。


「あー………? 目的地がここだから、この方角で? 地下鉄のアプリも入れとけばよかったな………」


 ブツブツと、ルーフは正体のない文句を一人呟きながら、それでも与えられる情報から素早くおおよその道筋を脳内で組み立てる。


「よし、あの線に乗ろう。あれに乗るのが一番、手っ取り早く着くはずだから。………多分」


 ルーフは妹の手を握り返して、一緒に一歩を踏み出す。



 そういう訳で、結局目的地まで辿り着くのには小一時間ほどかかることになった。


 それが早すぎるのか遅すぎるのか、あるいはそのどちらでもないのか。兄妹達の知るところではないし、レースをしているわけでもないのだから、移動時間のタンチョウを誰かに示し合せる必要もないはずだ。


 しかしそれでも、ルーフは必要以上に一日を浪費しているような、そんな強迫観念がずっと心臓の肉にこびりついているような気がしていた。


「ここで、いいんだよな?」


 今度はルーフの方が妹の手を僅かに強く握りしめる。


 兄妹達はなんやかんや、無事に地下鉄を乗りこなし現在は灰笛のどこか、名前も知らない場所にまで訪れていた。


 そこは世に例えられるところの、閑静な住宅街と言うべき場所なのだろうか?


 しかし彼らの頭には、相も変わらずくるんとした疑問符が生い茂っている。


 何と言っても、そこには彼らにとってどうしようもなく違和感のある場所で。

 

「なんといいましょうか」


 メイがぽかんと口を開けて、


「巨人の群れのよう、ですね」


 なんともまさしくな例えをこぼしてくれた。


 その住宅街は、……果たして本当に人が住む場所なのだろうか?


 とにかく建物の高さが半端ではない、ルーフは頭の中で幼い頃に遊んだ積み木を思い出していた。


 意味もなく理由もなく、とにかく天高くを目指して積みまくる。今目の前に広がる風景はそれをそのまま、人間サイズにまで雑に拡大してしまった、と言う感じである。


 なけなしの安定感をえるために下の方を大きめに、そうすることで必然的に上の方は小さくなっていく。

 はたして重力だとか自重の問題は大丈夫なのか、所々有り得ない形に壁やら屋根やらが飛び出ていて、近くからみると不安定さが半端ない。


 くねくねと、崩れかけの縦巻きロールのように不安定な。しかしそれでも不思議と、奇妙なほどに崩壊のイメージは付きまとわなかった。


 何故だろうか、決して豪華でもなければ瀟洒な装飾が施されている訳でもなく、それどころか建造物としての最低限なルールすら守れていないような場所であるはずなのに。


 どうしてこうも、魅力的に感じるのだろう。ルーフは自身の内側に生じる美的感覚に疑問を持つ。


「なんだかうねうねしていて、なんというか……えっとお」


 メイの言いたい事、この場合においてルーフは安易に想像することが出来る。


 そうなのである、はっきり言ってこの建物の群れはとてもじゃないが美しくないし洗練されてもいない。

 それこそ雑多でごちゃごちゃで、おむつもとれていない幼子が作った積み木の城の方が、まだ整合性が取れていそうな、そんなお粗末な群れ。


 だけど、何故だろう、どうしてもルーフにはその風景を否定しきることが出来なかった。


 そこは言ってしまえば他人の家であるはずで、だからそんなにジロジロと眺めまわす必要もないはず。

 いや、むしろ、だからなのだろうか。普段は見るこの出来ない、大量の他人の生活が一所に凝縮されている。


 自分はただ単にその風景が目新しいだけかもしれない。だから、決して建物の形に惚れ込んだなんて、そんな芸術然としたことなど。


「まあ、なんでもいいや。えっと………?」


「206号室のヨシダさんにおとどけもの、ですよお兄さま」


 黄色の上着を着ているメイが、片手にビニール傘、もう片手に念のための撥水加工が施されている段ボール箱を抱えているルーフに微笑む。


「さて、その206号室がどこにあるんだって話だが………」


 ルーフはビニール傘を軽く傾けて、顔面に雨粒が降りかからない程度に、首を上に向けて情報を見やる。


 建物は一見して無秩序のようで、しかしやはり人の管理の下のもと、そこにはどこかしら整然とした雰囲気すらもあるようで。


 つまりのところ、何でもありと言う暴論でしか肩をつけられそうにない。


 そんなめちゃくちゃに部屋数の多い建物の中から、はたして部屋の番号に一体どれくらいの信用度があるというのか。


 残念ながらシグレはそこまで教えてくれはしなかった。


 元より信用してはいないにしても、ルーフはの生白いプルプルのどてっぱらに文句を言いたくなった。

みたらし団子

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ