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黄色いカッパは妹に似合う

眠くならないように

「あー、あああ」


 悲鳴ではなく叫び声でもない、そもそも人間の発する音声としての正体すらも怪しい。

 

 そんな声を唇の隙間から吐き出しながら、ルーフは灰色の空に向かって意味のない溜め息を吹き付ける。


「どうして俺は、こんな所で、こんなことをやっているのだろうか?」


 彼は今、魔法使いの住み家の外にいて、腕の中には内部に米を基調とした菓子類をぎっしり詰め込んだ、重いとまではいかなくとも片手軽々と、颯爽さを演出して携えるのは困難を極める。


 そんな感じの荷物を脇に抱え海岸とは反対方向の、つまりは都市の中心部がある方向へと、とぼとぼ歩いていた。


 つい先ほど、ほんの十分前にシグレと言う名の人間らしくない男性の頼みごとをなし崩し的に、自分の本心を捻り潰して受注した。


「セっかくなら、アとの事はワタシに任せておいて、キみたち早い所それを届けに向かえばいいんじゃないかな」


 シグレによる問答を許容しない提案によってルーフと、そして妹のメイは魔法の扉からではなく普通の扉から雨粒がそこかしこに溢れかえる外に出た。


 そして魔法を解さない出口から海風にあおられつつ、崖の側面の梯子を昨日とは逆方向に進み、こうして地面の下から上へと戻ってきたのであった。


「良かったですねお兄さま」


「ん、何がだ?」


 黄色い子供用のカッパ、空から無遠慮に降り注ぐ生温かい雨粒を、ツルツルと光沢のあるビニール素材で弾く。


 体と頭をしっかりすっぽりと安心感たっぷりに覆う上着の、フードの隙間から自分に向けて微笑んでくる妹に、ルーフは純粋な疑問を送る。


「いえ、だって……」


 兄に見つめられ、メイは指が濡れるのも構わずフードの端を摘まみ、まつげを震わせて唇に笑みを浮かべる。


「シグレさん雨がっぱとビニール傘をかしてもらわなかったら、今ごろ私たちはびしょぬれお化けになっていたところでしたし」


「ああ………うん、まあ、そう……だな」


 手に持っているビニール傘を持ちかえて、ルーフは顎を擦りながら妹に見えないくらい僅かに顔をしかめる。


 確かに、確かに妹の言うとおり、自分たちはシグレの、


「アーそうだ待って待って、オ待ちになられておくんなまし。ソとは雨が降っている、コれから灰笛の真ん中辺りに行こうというのに、ソんな装備じゃ全くもって大丈夫じゃないよ」


 奇妙な言い回しによるお節介で、ルーフの方は何回もやんわりと断りを入れたのにもかかわらず、彼の確固とした意志の力によって、兄妹は灰笛を歩くための装備を与えられることとなった。


「確かに、確かにな……、こうやって雨をしのげるものを、タダでくれるってのには感謝すべきなんだろうけれど……。………けどなあ」


 片手にある紙の箱、もう片手にある石油素材の道具、それら全てがせめて普通の収納場所にあったならば、たとえルーフでも行為を純粋に喜ぶことが出来たのであろうが。


「でもびっくりしちゃいました」


 兄の内側にどうどうと繰り返され続ける感情、そんなことなど全く意に介することもなく、メイは足元のそこかしこに発生している水溜まりを気持ちよさそうに踏みしめながら、まだ新しい記憶を脳の中で掘り起こす。


「いったいぜんたい、シグレさんのお腹の中にはどれだけの品々がおさめられているのでしょうね? 段ボール箱に雨がっぱにビニール傘」


 決して悪気があるわけではなく、むしろ彼女としてはその事実は楽しい思い出の一つとして許容され、脳細胞に組み込まれているのであろう。


 故に、彼女が平然と明朗と肯定的な感情を浮かべるほどに、ルーフは自らの体を雨水に侵略することもいとわず、ビニールとプラスチックと少しばかりの金属素材によって構成されている好意を、地面へ叩き付けるように投げ捨てたくなる衝動に駆られる。


 だって、だって、あんなサンショウウオの腹の中から出てきたものを、そんな。


「さっきは急かされてよゆうがありませんでしたが、あとで返すときにちゃんとお礼を言わないといけませんね。ねえ? お兄さま」


「ああ、そうだな、お前の言うとおり、そうするべきだと思うぜ」


 だけどそんなことは出来るはずがなかった。そんな勇気が自分の中にあるはずがないと、他でもないルーフ自身が一番強く自覚している。


 それに単純に、シグレが道具をかしてくれなかった場合、自分の体にまさしく降りかかる自然現象のことを思えば、自分の不満などただの詰まらない我がままでしかない。


 自分は、俺は別にそこまでキレイ好きなわけでもないのだから。 


 ルーフは感情に諦めをつけて左の指を顔面へと伸ばし、顎には触れずその代わりに今日も身に着けている祖父の仮面に血の通った指紋を這わせる。


 やはりサイズが微妙の域を超えて合っていない、陶器のような肌触りの素材で作られた仮面。


 昨日、灰笛に辿り着いた時よりも、今日は一段とその重さが増しているような気がする。 


 顔面に固定するための柔らかい素材の他にそれらしき材質があるわけでもない、だからこそその感覚は錯覚であるはずだと、沈黙の中でルーフは必死に自分を納得させようとする。


 だけど上手くいかなかった。


 仮面は現実味のない、煙草の煙のような不確かさで、どうしようもなく重さを増してルーフの顔面を獲物を捕らえた肉食動物の爪のように圧迫していた。

眠気も大事。

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