ああ溢れちゃう
気遣いたっぷり
「なに勝手な事を……」
後輩の行動にオーギが溜め息交じりに忠告をしようとして、しているにもかかわらずキンシは何故か言葉を止めようとしない。
「えーこのようにですね、僕たちが認識できる世界線に実体を残せるのは、実はなかなかに珍しい物でしてね。今でこそ、この採掘現場を含めた灰笛の地では皆様当たり前のようにガツンガツンと掘りまくっておりますが、他のとちではこうも簡単にはいかないのです」
「……、おーい」
オーギがタイミングを見計らうこともなく、背後から後輩にもう一度話しかけてみる。
「アルコノルン集合体は本来、液体のような姿で別次元を満たしておりまして」
しかしキンシはすっかり目の前の好物に夢中で、周囲からの呼びかけではその意識を中断することは難しそうだった。
「これ一粒につきそれはもう沢山の、多彩なる魔力が込められていると言われていましてね、主に魔術師の方々はこれを触媒に様々な魔術の回路を開発して」
正直ミッタとしては、透明な石の欠片を掲げる若者の言っていることのその殆どが理解できないことであった。
それでも、内容は解することが出来なくとも楽しそうに話している人間の様子というものは、そこはかとない娯楽性がある物で。
ゆえにキンシの体が言いたいことをすべて終えるより先に、
「ドリル」
「え? いぎゃあ!」
ついに待つことを止めたオーギの拳骨によって、側頭部がぐりぐりと圧迫され始めることに、ミッタはどこか残念な気持ちを他人行儀に抱いた。
「ぎゃああ、先輩? ちょ! 痛い痛い、痛いです!」
「おーそうか、痛いか」
オーギは背後から羽交い絞めにする要領で、後輩の丸く小さな頭部をそこそこの力で、回転を加えつつ圧力をかけ続ける。
「その痛みはなー、いつまでもいつまーでも待てども、テメエの与えられた仕事をしようとしない不遜なる後輩に対する、尊き先輩の心の痛みと同じくらいの」
「あ、あああ! すいません、ごめんなさい、それにはちょっとした諸事情が……っ」
「ほーう? 諸々の事情とな? 一体何なんだろうなー、仕事もせずに現場の資源を勝手に拝借する、そんなことをしないといけない事情があるとは、いやはや、どうやら俺はお前の事をいささか見くびっていたらしい」
拳の圧力を解くこともせず、つらつらと嫌味を吐き出すオーギ。
当然のこととして、反論の余地もない先輩からのお叱り。キンシはとにかく拳骨ドリルから逃れるために、精一杯言い訳を紡ぎだすのが限界であった。
「いやですねあのですね痛いです、じゃなくて、僕はただミッタさんにこの灰笛の主産業である魔法鉱物の現物をですね、実施のもとにご紹介したいと思いまして、そういう訳でして」
「傷口から許可なく魔法鉱物を採集するのは、法律とにらめっこする必要すらねえイリーガルだって、まさか知らねえってこともないだろうよ」
自分にとって、そして少なくともこの場にいる魔法使いたちにとって共通している常識を、改めて確認するようにオーギは後輩のうなじをジロリと見下ろす。
「そのことに関しては、僕だって重々理解しておりますよ、だから」
キンシは言い訳に少しでも多くの信憑性を持たせるために、自分が犯したルール違反を痛みの中で指し示してみる。
「なるべく劈開を少なくして、小規模に済ます……痛だだだっ」
一様聞き入れてはみたものの、予想通り大したものでも無い供述にオーギは留めの拳を後輩の頭蓋骨にねじり込んだ。
「ボケ腐ったことをぬかしてねーで、早いところその違法盗掘品をしまいやがれ」
そして深々とした溜め息と共に、渋面のまま拳と解き放った。
「他の奴ら、特に個々の現場監督に見つかりでもしたら、色々と面倒だぞ」
「うう、それは分かってますよ……」
とどまる痛みにを擦りながら、片手に持っていた武器で足場をこつんと一突き。
すると鎖に繋がれた鉄の箱が、つい先ほど自分たちの横を通り過ぎて行ったものと同じかどうか見分けることは出来ないが、同様の形状をしている物がキンシ達の方に進んでくる。
そして指の中にある鉱石の欠片を、自らの内部へと催促するように四角い体を傾ける。
「はい、どうぞ」
はたして必要があるのかどうか、よく解らなくともキンシはにへらにへらと愛想笑いを作って小さな小石を箱の中に収める。
収納されたそれは小さな音をたてて、空気の中にあった時とは別種類の有象無象へと自然に溶け込む。
「それじゃあ、さっさと担当区域に行けよな。寄り道とかすんじゃねーぞ、まったく……」
オーギが自分の仕事に戻ろうと。
キンシが証拠隠滅の安堵に浸りきる。
それよりも先に、何か根拠があるわけでもないのだが、確かに空気が変わった。
「……………」
トゥーイがフードに保護されている大きな耳をぴくりと動かし、毛に包まれている尾が怯えるように、しかし生存に向ける闘争を漲らせて震え。
「あ」キンシが気付いて声を漏らし。
「あーあ」オーギがもう一度、もっと深い溜め息を吐いた。
「後輩はやる気ないわ、上司は無駄にうるさいわ、そんなに限って彼方が出てくるなんて、ついてねーよな」
魔法使いたちの目に見えない示し合せ、その中でミッタは理解の追い付かない不安を覚え。
そこから二秒と待たぬうち。
ここからそんなに離れていない空の位置から大きな、大きな悲鳴が高らかに、力いっぱい鳴り響いてきた。
夕方眠気が酷すぎる。




