一粒魔法一発
クレイアニメ
それはつまりどういう事で、どういった意味があるのだろうか。
言葉の少ない説明にミッタが首をかしげそうにして、それよりも早くトゥーイがそれまでピンと伸ばしていた姿勢をゆっくり屈折させ、キンシの示す部分がより見やすくなるよう背中を丸める。
そのお陰でミッタはその部分を、魔法使いの手によって作成された傷口の、その内部に含まれている物体たちの輝きを肉眼でじっくりと味わうことが出来た。
薄墨色の外壁を皮膚に例えるとすれば、それよりも色素が薄く白っぽい欠片は真皮と言うことになるのだろうか。
そしてそれらよりも深い位置にある、人間で言う所の皮下組織に当たる深淵、そこに魔法鉱物なるものがぎっしりと圧縮されて密集している。
ミッタはその輝きにすっかり見惚れ軽やかに興奮し、鼻息荒く青年の肩に身を乗り出して集合体をもっと近くで見ようと試みる。
そうしようとすれば、体の動きに合わせておんぶ紐も結束力を奪われいく。
「おっと、危ないですよミッタさん」
こんな所で、わざわざおんぶ紐を無理やり作ったにもかかわらず最悪の事態を招いてしまえば、それこそ本当のマジに仕事どころではない。
キンシは慌ててミッタの体を落ち着かせようと、反射的に左手で紅潮している丸っこい頬に触れる。
手袋を外したまま、そこだけ生まれた姿のままになっている。あまり温度が足りていない皮膚が触れ、ミッタの少し驚きつつもすぐに冷静さを取り戻す。
「落ち着いて、あともう少しだけ待っていてください」
ミッタの制止を確認したキンシはその体に不安を向けながらも、もう一度自らの手によって生み出した傷口のもとに跪き。
「んーと、ここまでくれば武器でも大丈夫ですよね」
一つ独り言、そして今度は鞄に触れず代わりにその近くに吊り下げているキーチェーンに手を伸ばす。
鈴のような軽やかな音、キンシは指の中に鍵を一本握りしめ、両の手でそれを包み意識を集中させる。
吸ってはいての繰り返し、呼吸がループする。その繰り返しが連続するのと同じくらいに、当たり前として鍵はあっという間に膨張する。
それはとても見覚えのある道具。昨日の昼ごろにはその穂先で巨大な怪物の肉と皮をぐるりぐるりと掻き乱し、滑らかな円形を描く刃にてリン酸カルシウムを粉々に破壊した。
あとは扉を開けたり閉めたり、電気をつけたり消したり。
こんなこともあんなことにも、色々な事につかえてしまう武器だから、きっともっと他の事にも使えるんだろう。
仮にそう思えたとしても、やはりミッタにはどうしても今ここでその道具を出した理由を推し量ることなど出来ようもなく、ただ様子を見守ることしか出来ない。
トゥーイはずっと何も、キンシの行動に対して肯定的ではない感情を浮かべつつも、沈黙を保っている。
それぞれに込められた感情は異なれども、同様に沈黙を守る眼球たちの注目を浴びながら、キンシは張り切って武器を振りかざし。
「よいしょー!」
青々と不思議な色合いで輝く、鋭い穂先を迷いなく傷口にぶち込んだ。
小さな傷口は逆らいようもなく外部から抉り込まれる異物を素直に素直に咥え、ミッタは何故か気まずくなって少しだけ目を逸らしてしまう。
反らされた視線の、まだ成長が十分に足らず広さの足りない視界に入りきらぬ世界で、もう一度連続性が失われる音が鳴り響いた。
「よし、よしよし、ちょっと崩れたけれど、うん、いい感じに取れました」
どうにももう一度その場所を見る気が起きず、ぼんやりと足場の遥か下方に広がる地面を眺めていたミッタの耳元で、キンシのいかにも嬉しそうな声が聞こえてくる。
「さあ、ミッタさん、これが魔法鉱物ですよ」
直接的な言葉を使っていないにしても、有無を言わさない強迫性に満ち溢れている。仕方なしにミッタは若干の、小さじ一杯分の億劫さでそれを見る。
見て、やはりと言うべきか、ついに見ることになった中身の美しさに逆らい難く心惹かれる。
「以上の方法によって削り出される魔法鉱物はアルゴン、もしくはアルコノルン集合体と呼ばれるものでしてね、つまりは僕が今持っている物そのものなんですが」
左で武器を落とさないよう握りしめ、右の指に収められている塊をキンシは少し上に掲げる。
掲げられたそれ、割れた硝子か、あるいは細かく砕かれた水晶か、とにかくあまり色が含まれていない塊は、人の手による動きに合わせてどことなくその実態を揺らめかせているような。
そんな気がするが、だがやはりそれは気のせいでしかなく、石の欠片としか形容できないそれは至って普通の、何の面白味も見出すことが出来なさそうな無個性しか感じられない。
それが、そんな小さくてザラザラしていて、わざわざこんな高い所に登らなくてもいくらでも見つけられそうな物が?
ミッタが、実際の作業をこの目で見たにもかかわらず、むしろあれだけの手順を踏んだが故に、目の前に突きつけられる現実のあっけなさに、正直肩透かしを覚えそうに。
なりかけたところで。
「おい」
いつの間にこちらへ来ていたのだろう?
「何時までも何時までも、待てども待てども担当区域に来ねーと思えば、テメエ様はこんな所でそんな物をもって、何をしていやがるんだ?」
先輩魔法使いであるオーギが明らかに不機嫌な顔つきで、後輩魔法使いキンシの背後で仁王立ちしているの。
その様子を青年と幼児は、やはりそれぞれに交わることのない心の中、しかし唇は同じ形を作ったまま、これからの様子を見守る意外に行動を起こそうとしなかった。
色々とカエルと面倒臭いですね。




