透明な落屑、チラチラと
乾燥肌
肉と骨と皮と、血液とその他体液によって制作されしレンズを、まさしく携えたままの恰好でキンシはその場所をもう片方の手で指し示す。
「ミッタさん、ほら、この辺りですよ、わかりますかね?」
わかるかどうか? いきなり何の段階も踏むこともせずに問いかけられて、ミッタは当然ながら意味不明の中で沈黙することしか出来ない。
そんな相手の反応に構うこともせず、キンシの方は勝手に意気揚々とした様子で姿勢を低くする。
「うんうん、うーん……。小さいながらも相も変わらず芳しい匂いです」
そしてペロリと一つ舌なめずり、美味しく美しく血の滴る生肉を目の前にした肉食動物のように。
そしてもう一度、二つほど身に着けている収納鞄の内の一つ、サイズが少しだけ小さめの方、その口に片手を突っ込む。
紙の音が全くしないその内部、代わりに鳴り響くのはゴトンガタンと硬そうな音色。つい先ほど安全ピンを取りだした時とは圧倒的に異なる素早さで、中から出てきたのは一本の大きな金づちに似た道具であった。
俗に言う所の石頭ハンマー、人の頭蓋骨を完全粉砕するのにはいささか心許ないが、日曜日大工で樹の板に釘を打ち付けるのにはちょうど良さそうな、子供の片手でも扱えそうな金属製の金づち。
ポツン、何かがはじける音がして。それはキンシが自分の肉体の一部で作った赤色レンズを、一切の名残を惜しむこともせずに簡単に解除した時の音だった。
自由になった左手で、キンシはもう一度小さい鞄の中をまさぐる。そして三度引っ張り出したのはまさしく金属の塊そのものっぽい、それを横に細長く伸ばして先端を平たく鋭く加工したような。
つまりの所硬い物を削る時に使う平たがねと言う名称の道具、それにとてもよく似ている、と言うよりはそれその物を。
それらの道具を、右手に金づちで左手に平たがねを持った姿勢で、たがねの先端を空気がある部分にあてがう。
あてがわれたそこ、そこには確かに空気しかないはずで、だからこそそんな道具が使えるはずもない。
そのはずなのだが、しかしそんな事にはならなかった。
左手の道具の先端が少しだけ、空に日光が輝いているわけでもないのに何故かキラリと刃を輝かせて。
次の瞬間に薄く短い刀身が、紛うことなく見間違えようもなくしっかりと、確実に何もないはずの空気にその身を食いこませていた。
動物の皮膚よりは硬そうに、しかし岩壁程の頑丈さもなく中途半端の中で刃は灰色の、その時にはもうすでに魚の腹のような白さを帯び始めていたが、実体感のない空気を削っていこうとして。
しかしそれだけでは力が足りないらしく、それ故に右手の金づちの出番である。
空気を食むたがね、その尻にキンシは金づちを遠慮も迷いもなく叩き付ける。
最初の一回、まだ感覚がつかめない一撃。どうやらそれは少しばかりとも言えず力が強すぎたようで、割と派手だと思わしき音を、卵の殻を雑に割ってしまった時のような音をたてて、たがねは空気を粉砕した。
「おっと、ちょっと強すぎか」
キンシはほんのりと慌てた声を出して、二回目はもう少しだけ慎重な手つきで金づちを打ち付ける。
ごつんごつん、二回目三回目と、金づちから繰り出される作用によってたがねの刃は空気を確実に削り取り、ぼんやりと光輝く内部を次々と露わにしていく。
その様子をミッタはトゥーイの背中の上から眺める。
わざわざ要求を仰ぐ必要もなく、青年の自主的な行動によってミッタはすぐ近くでキンシの作業を存分に観察することが出来ている。
削り取られる燃えカス色の空気の欠片、それは砕かれる殻のように散らばり、散り散りとなった繊維のように風の中に舞い上がってトゥーの体に、ミッタの顔面辺りまで舞い上がってくる。
ちらり、ちらちら、何気ない呼吸に誘われて顔面付近に引き寄せられる欠片。
ミッタはそれを掴もうとして、しかし指に触れようとするより先に欠片は跡形もなく、氷が解けるように消滅してしまう。
「実体はないのです」
すっかり作業に集中しているキンシの代わりのつもりなのか、トゥーイが何かしらの説明文らしき言葉を発音しようとする。
「実体はないのですクリアしました殺し合いの眼は恐ろしくて、アルゴン血漿はその鬱陶しいのですが掴み所はないのでした、実態が持つことが大願出来る資格の無いのです」
しようとしているものの、やはりその文法は然るべき正しさも無くて、ミッタはまともに聞くこともなく欠片から目を話してキンシの方ばかりを凝視する。
「あ、おお?」
キンシは幼児の注目を一身に浴び、その子に全く気付いている素振りもなく、微妙な声を漏らしながら金づちを小刻みに叩き。
最終的に痺れを切らして強引に、強めの一撃を加える。
決定的に破壊がもたらされ、連続性を失った音が寂しげに鳴り響く。
あっという間に世界へ溶けてなくなる音の後、右と左の道具に挟まれた空間に断面図が発現した。
現れたそれにミッタは声を上げそうになって、しかしなぜか声を出すのを躊躇ってしまう。
「よし、上手く割ることが出来ました」
キンシは満足気に、腹の中で滞らせていた空気を気持ちよさそうに吐き出す。
「さあさあ、ミッタさん、ご覧ください」
使い終わった道具を手早く鞄にしまい込み、キンシは姿勢を高くして青年の後ろにいる幼子をそこに誘おうとする。
「これが魔法の源、傷より生まれ出でし肉の欠片。つまりのところ魔法鉱物の、その中の一種ですよ」
時間を見直さないといけませんね。




