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上に参ります

落下しても大丈夫、なぜなら魔法使いだから。

 上から声が、天にのびる鉄の枝の隙間から、聞き覚えのある男性の声が落ちてくる。


「おーやっと来たか、ちんたらしてんじゃねーぞ」


 それはキンシの先輩、オーギと言う名の魔法使いのものであった。

 彼は灰色を背景に影をつくる金属の乱立、その隙間に足を引っ掛けて下方にいるキンシ達に声をかけてくる。


「なにボーっとしてんだよ、早くのぼってこい」


「はーい、わかりました」


 先輩からの指令にキンシは何事もなさそうに返事をし、早速屋上に根付いている金属の内、他のよりも幅がある一本に近付いていく。


 そして上を向いて、


「登り鎖お願いしまーす」


 大きく声を張り上げて誰かに何か、おそらくは鉄の樹木を登るための要求をする。


 と、三秒も待たない内に上方で何か硬い物が擦れ合う音がしてくる。


 じゃらじゃらじゃら、音をたてて黒い紐のような物が落ちてきた。


「よっと」


 自分に向けて真っ直ぐ落下してくるそれを、キンシは何のためらいも躊躇もなく空中で掴み取る。


「何時も何時でも思いますが、仮にも金属の形をとっている物体を問答無用で落としてくるってのは、どうかと思いませんか?」


 誰かからの答えを期待するでもなく、ささくれの痛みに文句を言うような口調でキンシはぽつりと呟く。空気漏れのように呼吸する魔法使いの、その手に握られている黒い紐、もとい濃い色をしている金属質の鎖はじゃららと硬質な音を気だるげに奏でていた。


「文句言ってねーで、早くしろや」


 風の音か、あるいは周辺にいる魔法使いたちの作業音か、いずれにしてもとてもじゃないが独り言が聞こえる範囲のはずがない。そのはずなのにオーギは後輩の独り言に耳聡く反応を返してくる。


「これ以上のんびりしようってんなら、職務怠慢としてお上にチクる……」


「うわー! 分かってます分かってますよ! 分かってますからパワーハラスメントは止めてください、今時の世間体が怯えてしまいます」


 特に反省の意を含めることもなく、キンシはこなれた動作で手の中の鎖を軽く引っ張り延長させる。


 噛み砕いたガムのように軽々と延長される鎖、キンシが何のためらいもなくそれを引っ張り続けるのを見て、ミッタはそれが一体どこからきているのか確認したくなり、ぼんやりと金属の羅列が続く上の方を見やる。


 下にいるキンシの腕の動きに合わせてぶるんぶるんとたゆむそれは、どういうことなのか金属の樹木から生じているらしかった。

 もしくは生えてきていると言うべきなのか。はて、硬い素材がそんな変幻自在に形を変えたり増やしたりと、そんなことが出来るのだろうか。


 直感的に疑問に思い、納得がいかないミッタはその正体をもっと近くで見たいと思い目を凝らそうと。


 しようとしたところで、キンシの方は早々と準備を整えていた。


「お二人さん、こちらへどうぞ」


 呼びかけられてトゥーイとミッタはそろってキンシの方へと顔を向ける。


「人数が多いのでほんの少しだけ不安ですが……」


 いつの間にかキンシの周りにはのびのびと延長させられた鎖が一連に、屋上の地面に散乱していた。


「んー、でもミッタさんは軽いですし、たぶん大丈夫ですよね」


「其れでは同様の意見を持っていると調べてみます」


 トゥーイもまた、大した感慨もなさそうに樹から生えている鎖を手の中に掴み、そしてそれを手繰り寄せて握りしめ、足の片方でそれをしっかりと踏みしめる。


 一つの鎖を二人は体に密着させる。キンシの方が上にある正体不明の根元に近く、トゥーイとミッタはその末端に位置することになっている。


「準備はいいですか?」


 キンシも同様の恰好を作り、重ねて確認をする。


「問題はありません」


 トゥーイが答え、音声の余韻が消えぬうちにキンシはもう一度天へと声を投げかける。


「それじゃあ、上昇お願いしまーす!」


 お願いします、一体誰に。


 疑問に思う隙も与えず、伸び晒した鎖が次の瞬間には連結の音を鳴り響かせて今度は縮み始めた。


 縮むと言っても鎖そのものがしおしおと細くなるのではなく、使い終わった掃除機の電源コードを収納するかのように、長さが自動で変化している。


 体をしっかりと鎖に密着させていたキンシ達は、その変化に沿って見る見るうちに上昇をする。


 体を軽くする魔法に頼ることもなく、安定した上昇力に体を任せ若者たちの視線はさらに地面から離れていく。


 慌ただしい移動時間のような不安定さもない、作業的にゆったりとした景色の変化を、ミッタは青年に背負わされたままの恰好でぱちくりと眺める。


 風の音は絶え間なく聞こえている、空気も冷たい。だが耐えられないというほどでも、人の領域外にあって然るべき不快感が、やはり先ほどからあまり感じられていない。


 その証拠にミッタの頬は若干寒さに震えながらも、健康的な紅色がしっかりと灯っている。


「空気調整も調子がいい感じですね」


 鎖と繋がりキンシは歌うような調子で独り言をこぼす。


 多少の揺れがあり、その度にミッタから悲鳴があがったものの、大した時間も自己も生じることなく一行は無事に鉄の樹木、つまりのところ本日の仕事現場に到着した。


「さて、今日も頑張りますよ、頑張るしかないですよね」


 位置的にいち早く樹の枝に足をつけたキンシは、自分なりにやる気を出して拳を握りしめる。

とても疲れました、これからも疲れます。

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