自分のことを言われるのはどうにもこうにも
内心ドキドキ
キンシは質問に答える。
「ですからー」
最後の最後で未練がましく、往生際の悪い媚を精一杯演出する。
「僕らが暮らすこの町、灰笛と言う名前で呼ばれているこの場所の、主力を担っているともいえる魔法使いたちの活躍の場所をですね、年若い将来有望なる人材に社会見学よろしくを今この場で催す。と言うわけですございます」
「却下」
「すえええ?」
なんの余暇も余韻もなく、先輩魔法使いに速攻で拒否されたキンシは不必要と分かっていながらも声を荒げずにはいられなかった。
「ま、待ってください。何で、何でですか」
「何でもクソもねえよ」
解き放った両腕、そこに緊張感をみなぎらせてオーギは後輩に威圧感を示す。
「このクソガキ、そういう例外は事前に連絡を入れるなりなんなり、行動するより先に色々とやるべきことがあるって何度言えば……!」
オーギは溢れる怒気を歯の裏で何とかせき止める。
「あー、何もそれくらいの事でいちいち報告する気など、そんなこといちいちやるなんてメンドクセーっつー気持ちは分からなくもないけどな」
少しだけ、ほんのりとオーギから自分たちへの肯定的な意見の気配が香り、トゥーイは少し安堵しようとして。
「いえいえオーギ先輩、違いますよ。僕は単純に報告を忘れていただけです」
しかしキンシの空気を読まない、もとい正直な告白に場の緊張感はより一層の震えを増してしまう。
「お前な………」
オーギは後輩の無駄な真正直さに染みるような頭痛を覚えつつ、しかし何を言うでもなく今一度相手の言葉を待つことにする。
キンシはしどろもどろに、意味不明なジェスチャーを交えながら自分の意見をこれでもかと述べていく。
「しかしですねオーギ先輩、僕にも責任があるのですよ」
「責任」
「そうです、責任です」
ゴーグルに隠されて、そうでありながらぎょろぎょろとしている目玉が自分を捉えて離さないのを、オーギは肌でぼんやりと感じる。
「せっかくこんな町に、彼方さんに生命を運搬されてきてまで人間の世界に訪れておきながら。部屋の狭い世界に限定して僕らの事を知ってほしくはないのです、そうするべきではないと提案した結果。だからこそ僕は、先輩のような魔法使い素敵文化をミッタさんと言う生き物に見てもらうことを望むのです」
「あー、分かった分かった! 分かったから、ちょっと落ち着け」
興奮のあまり御馴染みの飽き飽きとした怪文書を作成しかけていた後輩に、オーギは一時停止を求める。
先輩に命令され、それに素直に従い口を噤むキンシ。
そんな後輩にオーギはとりあえず、自分が思うことを出来るだけの静謐さをもって語る。
「でもよおキンシ、俺はこう思うぜ? うちの仕事が、俺たち魔法使いの実際の仕事内容がガキのお眼鏡に叶うようなものでもない。そのぐらいの事は、誰よりもお前が一番自覚しているんじゃないか?」
叱られるよりも、むしろ問い質されるような形をとられるとは思ってもい無かったキンシは、それが相手の術中だと思う余裕すらなく、率直な意見を並べたてることしか出来なかった。
「そんな、そんなことを僕が思うわけが。僕は僕として、自分のお仕事をめっちゃんこに楽しんでいますよ、毎日」
「そう思ってんなら」
オーギはキンシから目を離さず、獲物との距離を縮めるかのように身を屈める。
「遅刻とか報告怠慢とか、仕事を舐め腐ったような真似が出来るはずがないと、俺は思うけどな」
「それは、その……、常日頃申しわけないと思いまして、思っていまして………」
「思うだけならいくらでも、誰だっていつだって、勝手に出来るけどな」
姿勢を真っ直ぐにして、オーギは堪えきれない溜め息と共に窓の外を眺める。
彼らは事務所にいた。彼らが籍を置いている魔法使い斡旋事務所の一室、従業員に半ば休憩所扱いされている、何の変哲もない一部屋。
施錠がしっかりとされている窓の向こうではすでに雨脚が強く、水滴がガラス板に幾つも軌跡を描き外と内部の境界を曖昧にしている。
水を通過して屈折する、窓の向こうの景色を見ながらオーギは呟くように、だが自分の言葉の正体をしっかりと自覚して、本日やるべきことをキンシに言い聞かせる。
「今日の仕事は、ちょっと厄介な事になりそうなんだよ」
「厄介な事、とは?」
「業務連絡も確認していない、っと……」
しまった! といった表情を無言のうちに浮かべているキンシを放置して、オーギはあえて無機質さを装って本日の業務内容を今この場でこれでもかと報告する。
「今日予定されている現場は、鉱石採掘場だ」
場所の単語を聞いた途端、二人の体に緊張感が走るのをミッタは敏感に感じ取った。
「採掘場、ですか」
採掘場とはそのままの意味で、魔法の力を帯びた鉱物を採掘する場所の事である。
ただこの灰笛における採掘は本来の意味である、地面の岩に含まれている鉱物を削り出すのではない。
「魔法の石は空気で生まれ出でる」
「? (・з・)」
不意に、窓の外を眺めたまま歌うように呟いたオーギを、ミッタは不思議そうに眺める。
どういう意味なのか、魔法鉱物とは?
「魔法鉱物ってのはですね」
詰問されている状態にもかかわらず、キンシは律儀に幼児へ用語の解説を加えてくる。
「読んで字の如く、魔法の力を持った石みたいな集合体の事でしてね。それは空中から掘り出すものなんですよ」
空中から掘る。短い言葉の中に盛大なるアンバランスを感じ、ミッタはいよいよ意味不明を強める。
「言葉で説明できるもんでもないな」
いたって生理的な呼吸音の中、オーギがごく自然な動作でトゥーイの背後に手を伸ばし、へばりついていたミッタの体を引き剥がす。
「! (@-@)」
ミッタは突然の行動に身を固くしたが。
しかしオーギは何を言うでもなく、何の感情もなく幼児の体を窓のほうへと運ぶ。
そして片手だけで窓の施錠を外す。
雨粒の匂いと、それに包みこまれた町の空気が鼻腔を刺激する。
「あれだよ、あれが魔法鉱物だ」
窓を開けたその手でオーギはミッタにあるものを、灰笛の空にずっと浮かんでいるそれを指し示す。
それは傷であった、人々が暮らしている都市の上空にでかでかと、ふんぞり返る支配者の如く存在を座す。薄紫色の断裂。
「雨で見えにくいけれどよく、よーく、じっと目を凝らして見てみな」
オーギに命令に近い形で言われ、逆らう理由も特になくミッタは空の上に浮かぶ傷を、今まで以上に力を込めて凝視する。
空に違和感の中で浮かぶ、空間の継続を邪魔する存在。切り開くともこじ開けられたともとれる、ふっくらとした空気の割れ目。
その境目は紫色に光を帯び、それはでこぼことまるで肉の塊のようで。
しかし、よく見るとそれは。
「あの傷は魔法鉱物の、世界でも有数レベルの巨大鉱脈なんです」
いつの間にか音もなく窓のそばに来ていたキンシが、開かれていない方の窓ガラスに指を添えて空の傷に、魔法の石の大きな大きな寄り集まりについて言葉を述べる。
いつも通りに挙動不審です。




