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毒を一口飲んだ結果

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「ワたしは別にその辺についての専門家でもなんでもないから、あまり詳しいことはわからないけれど」


 シグレはさらに、それ以上の言葉を貸せ寝てくれようとしていたが、ルーフはそれに先んじてやんわりとした断りを入れる。


「あーいやー、まあまあ大体のことは理解できたっすよ」


 正真正銘の本当ではないものの、しかしこの言葉のほとんどは真実を表してもいる。


 つまりはこの目の前にいる男性の声を持っている生き物は、魔法が通っている何かしらの移動手段を使ってこの部屋に、持ち主のいなくなった部屋に入ることができたのだ。


 ルーフは改めて壁であったはずのその場所を眺める


 色々と詳しい理屈は理解できなくとも、何とも便利な代物である。

 そう思うと同時に、思うが故に一つ懸念したくなることが脳裏に浮かんだ。


「でも、こんなのを家ん中に作っていたら、その、色々とまずくないか?」


「ン? マずい、トは?」


 シグレからの問いかけにルーフは若干迷いながらも、先ほどの凝りまでとはいかずなぜか今度はスムーズに口を動かすことができた。


「ほら、こうやって勝手に自分の家に他人が入ってこられると、色々と困りそうだと思うけどな」


「アあなるほどね、ドろ棒やら不法侵入やらの心配ならご無用だよ」


 ルーフからの純粋な問いかけに、シグレはなんてこともなさそうな素振りで受け答える。


「ソの辺の対策は、ソれこそ君が今まさに使っていたじゃないか」


「え、俺?」


 自分に話題が集中するとは思ってもいなかったルーフは、それこそまさしく何のことやらと目をパチクリとさせる。


「いや、俺は魔法は………」


「イやいや、イーや。キみは紛うことなくこの魔法において重要な役割を果たしていたんだよ」


 いよいよ意味不明極まれり。すっかり思考の暗たんたる迷路にはまり込んでしまった、そんな兄の代わりにメイは先んじて答えを紡ぎあげようとした。


「そうか、言葉なのですね?」


 自分で自分の呈する答えを吟味するかのように、メイは雪色のまつ毛を震えの中で伏せつつ考えをまとめていく。


「外部からのよびかけに答えることができるのは、内部にそんざいして生きている人間のおんせいのみ。お部屋のそとから扉をあけることはできない、あけられるのは内側から。そしてそのあけるための鍵となるのは」


「ニん間の、ニん間様の、トうとき尊きご命令の言葉なのさ」


 メイが導き出そうとした、答えをシグレは自分のことをじっと見降ろしている少年に、彼の耳によく聞こえるように言葉を締めくくる。


「マさかまさかとは思うけれど、ワすれたわけではあるまいよ? ボうやはこの魔法に触れるとき、アるいは触れたとき、ガい部にいる生き物をここに招き入れる旨が含まれた言葉を音にしたんだろう?」


「あー……、……んー?」


 正直なことを、まったくもって本当の真実の現実的なことを言うとするなら、そんなことわざわざ覚えているはずもなかった。


 不安定な先行き、ブレブレの心理状態、縋り付ける寄る辺はいれども頼れる者もなく。

 そんな状態の中で唐突にもたらされた不可解なチャイム音に、自分は半ば八つ当たりじみた文句ぐらいしか言えていなかった。


 数少ない確実の中において、ルーフはそれぐらいしか記憶しておらず、今となってはそれしか彼にはそれだけが確信をもって主張できることだった。


 だから、そんなことを問いかけられても。


「えーっと、………うん? 確かに言ったような、そうでないような」


 不明瞭な、やる気のない読書感想文みたいなコメントぐらいが、今の彼にとっての限界であった。


「ウんうん、ソうそう、ソうだとも」


 決して完成度の高くない少年の返事にも、シグレはあえて真面目な雰囲気を演出してこの話題を終結まで持ち運ぶ。


「コと葉と魔法ってのはよく似ているもんで、ジ分の知らない間に使っちまうところがどうにもこうにも厄介なところだよな。ソれはそれとして───」


 シグレはぱっと少年から視線を外し足をひたひたと動かして主のいない、客人のみが取り残されている居住スペースの内部を今一度見渡した。


「ソれにしても困ったな、モう出かけているなんて。チょっと頼みたいことがあったのに」


 シグレは部屋の中の、だれもおらず紙の塊ばかりが散乱している空間を眺めながら、あまり惜しむ様子もなくポツリポツリと独り言をこぼす。


「コれは計算外だった、コんなにもあの子たちが早起きできただなんて。ソのうえ今日も今日とて雨だし、サてどうしたものかね……」


「あの、」


 明らかに、特に想像する必要もなく、シグレは何かキンシたちの不在について困惑している様子だった。

 

 このまま無視していれば、と思わなかったわけではない。むしろ最初の一瞬に考え付いたのはそれで、だからできることならその直感に従うことが、それこそ自分にとっての本当と呼べるのだろう。


 だけどそうすることはできなかった。理由は何だったのか、好奇心、親切心、それともこの先に予感した罪悪感なのか。


 いずれにしても、考える暇を与えることもせずに、ルーフは自分の本心に嘘を決め込むことを決意していた。


「どうかしたんすか? 何か困っていることがあるなら、手伝いますよ」

でもお金も大事なのでした。

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