灰笛なんて町、いきたくなくてポイズン
毒まみれ
「ドうもー、ドうもどうもー。オはよう、ナかなか開けてくれないから、アともう少しでムカつきがたまりそうだった………」
開け放たれた扉、そこから男性の低い音声を発しながら登場したのは見覚えのあるサッカーボールサイズのサンショウウオ。つまり、昨日風呂と余りものの菓子パンを提供してくれた、シグレと自らを名乗る生き物であった。
「アれ、アれれ?」
ひたひたと適切な水分を保っている足音をたてながら、シグレは何のためらいもなさそうに部屋の中に入り視線をぐるりとめぐらせる。
「オかしいな? アの子やあいつやらの生臭獣臭さがない。s4e4bsq/ トびらが内側から開かれたってことは、カくじつに内部に人間がいるはずなのだが………。ハて?」
サンショウウオ、白色で柔らかそうな種類のそれ、それにしか見えない肉体を自分のものとして疑わず、当たり前のように動かしてシグレは首筋をピコピコとかすかに躍動させる。
「ハてはて、マ法使いのめめことマジックナイトのおおこがは確かに、ソろそろ仕事に行っていてもおかしくない時刻であるからして。ジャあなんでワタシはこんなところに来たのかというと、イつも通りこの館の戸締り確認を行おうとしてきたわけで、ソういうわけなのだが。ハてはて」
自問自答、なんて演出もすることなくシグレは自然な動作で、それがその肉体にとって自然であるかどうかも分からないのだが、とにかくスムーズな動きのまま。
「ナんで君たちはここに、コんなところに突っ立っているんだい?」
扉の片側、現在起こっている状況に理解が追い付けずポカンと、ぼんやりと扉に力なく指を添えたままになっているルーフに黒々と艶やかな、人間らしさのない視線を向けてきた。
「え………、えーっと?」
どう答えたらよいものか、別にこの部屋の持ち主が勝手に先に仕事に向かっていっただけで、自分たちは何もここで何もせずにじっとしていたとか、そんなことは。
色々と雑雑と、それらしき言い訳を瞬時に思い浮かべつつも舌が凝って上手く言葉が出てこなかったルーフは、とりあえず扉から指をを無意識のうちに離す。
すると。
ビタン! と開け放たれていたはずの扉が、開けた時と同じくらいの激しさで今度は閉まりだした。
「うわあ?」
自分の意思と関係なく、そもそもそんなものは最初から期待していなかったにしても、不確かな自働性にルーフは肉体とは別の、理性の中で肌がブツブツと縮小するのを感じる。
「なんで、と聞かれるとと答えにまようところですが……」
兄とは異なり早々と正体不明の扉から安全と思われる位置まで距離を作っていたメイは、喉元まで出かかっている質問文を懸命に抑えながらも、突然の訪問客に自分たちの明かせられる範囲内での事情を説明する。
「この部屋の魔法使いさんたちは、キンシさんたちはついさきほど、十分くらい前にお仕事があるということで、もうここにはいません」
「オお、オお? ソうかそうかなるほど」
シグレは少年から視線をそらし扉の、閉められたそれの片側にたたずんでいる幼女に顔を向けて、彼女の伝えるところを聞き取ろうとする。
「それで、その」
ひたひたと湿り気たっぷりに、だが外の天候を踏まえてみるといくらか水分が少なすぎるかと思われる、そんな彼の聴覚にしっかり聞こえるようメイは自分が気になっていることを丁寧に慎重に言葉にしてみる。
「あなたはいったい? どうやってここに来たのでしょうか?」
それはぜひとも、まさしくルーフも今すぐにこのサンショウウオ野郎に問い質したいことであり、彼はこれからもたらされる言葉を一つも聞きこぼさぬよう、暴れていた心臓を何とかして意識的に鎮めようと試みる。
そんな彼と、あるいは彼女の思考とは相反して、
「ヘ? コこにどうやって来たって、ソんなの扉を使ったからに決まっているじゃないか」
シグレの反応はそっけないもので、まるでそれ以上の説明など余分でしかないかのように。
彼がそう思いかけたところで、しかし彼自身も気づいていない盲点に思いが至る。
「アあ、ソうかそうか、ソうだよな。キみたちは魔法使いじゃないし、コの灰笛で暮らしたこともないんだったね」
「ええ、まあ、そうですね」
シグレに問い返されて、メイはどう答えたものかあいまいな返事だけをする。
彼女の意見に、サンショウウオの彼はひとり納得と合点がいったかのだろう。丸い大福餅のような頬をフルフルと上下に震わせた。
「ダったらこれを、イどう指定扉呪文を知っている訳もないか。ウん、ソうだよなあ」
「い、移動指定……、なんだって?」
嗚呼チクショウ、また意味不明の単語が、こんな朝っぱらから一日の憂鬱さに黒々とした色を塗り重ねるかのように。
そんな彼の辟易とした態度を見かねてか、あるいはそんなこと関係なく他人が知らないことを教えたかったのか。
シグレはなぜか得意げになって今しがた自分が侵入してきた扉に、もうすでに底は壁の一部に戻っていたのだが、そこに米粒のような指を這わせて簡単な説明をする。
「マあその、ナんな……なんて言うんだろうな? ヨうするにえーっと、ゲーム好きか坊主?」
「え、ゲーム?」
謎の単語のすぐ後に、身に馴染んでいる物体を意味する言葉が登場してきて、ルーフは場面の切り替えについてこれず目が回りかける。
そんな少年の答えを待つこともなく、シグレは自分が今のところ示すことのできる回答を無知なる若者に返した。
「そのゲームに瞬間移動機能みたいなやつがよく出てくるだろ、移動がメンドクセーときに使うやつ」
「うーん? うん」
声は出ないものの、やはり聞きなれ見知った言葉だとルーフも早々と安易に想像を作ることができる。
「っていうことは……、つまり今しがたこの扉からあんたが飛び出してきたのは、移動スキップ機能的な魔法を使ったから。ってことでいいんだな?」
シグレが白米色の指を、おそらくは親指らしき一本を上にかざして、それをルーフに見せつける。
「ソ! ソういうこった。ダい体そんな感じだな、シらんけど」
素人的意見とはいうものの、相手の求める答えを出すことができた事実はルーフの胸に温かく落下し。
そして同時にねばついた、乾きかけの体液のような形容しがたい気持ちの悪さを腹の中に這わせた。
俺もだいぶここに、この場所に、灰笛に毒々しく毒されてきたのかもしれない。
ルーフは壁を、忌々しく魔法が宿っている魔法の扉を眺めながら、この都市のどこかで元気百%に跳びはねているであろう魔法使いへ無性に毒を吐きたくなった。
ルーフとキンシを時々間違えそうになります。




