交通ルールに支配されて安静を
拒絶する必要もなく
「よーし! よしよし」
キンシは掛け声の中で己の肉体に意識的な号令を駆け巡らせる。
「結局申しわけありませんが、本日も遅刻ぎりぎりの致すところ。後はもう、分かっていますね?」
名前を呼ぶこともせず、またその必要性もなくキンシは後ろにいるトゥーイ、そしてその背中にくっ付いているミッタに目配せをする。
「了解します」
トゥーイが短く答える、声が終了すると同時に心なしか上半身に熱がこもり、
そしてキンシが高らかに叫ぶ。
「そう言うことですので、走りますよー!」
言葉を言い終わると同時、もしくはそれよりも早くにキンシは急激に猛烈な速度で走りだしていた。
トゥーイも、まるで当然の流れとでも言うかのようにその後を、それよりは少しだけ遅いスピードで追従する。
「! ! (・v・;)」
突然の速力にミッタは驚きつつも、なんとかして青年の背中から振り落とされぬよう、腕により一層の力を込めた。
走る、走る、魔法使いたちは崖の上を走り抜ける。昨日の、兄妹と幼児を自らの住み家へ招き入れようとしていた、その時とは比べ物にならない程の速さで。
ミッタは青年の後ろで自分の周囲の風景が溶ける水彩画のように流れていくのを、轟々と耳元で響く風の音と共に眺め流していた。
魔法的作用による走行速度の底上げ、それはこの灰笛に置いては人々の日常に置いてそこそこの浸透を果たしている。
魔法初心者による人身事故が彼方被害の次にランクインするかしないか、それぐらい皆が普通に使える魔法。
それをキンシとトゥーイは使っていた、最新型のスマートフォンを使うかのような緊張感の中で、魔法使いはいかにもそれらしく魔法を使っている。
速さの中で見え辛いが、しかし凝視する必要もなく二人の人間はどうやら、内容こそ同様ではあるものの異なる方法を使っているようだった。
「よいよいせっ」
道端にずっと、少なくとも一週間以上は違法駐車され放置されている、赤茶けた自転車を跳躍で一声するキンシ。
それはやはり昨日と同じく、少年の妹を彼方から救出するために使っていたそれ。自らの重力を海中に沈めたかのような、空気を感じさせないのっそりとしたものにする。
そんな感じの魔法で地面をふよふよと、ぴょんぴょんと跳ねている。
「………………………」
一方そんな若者の後をカモの雛のように追いかける、青年の使う魔法は前方の人間が使用しているものとはだいぶ毛色が異なるものであった。
バチバチ、バチリ。ミッタの耳にはさっきから絶えることなく、規則的なリズムに乗った炸裂音のような音が鼓膜を震わせていた。
実際に青年の足首はその活力にあふれた躍動と並行して無数の光が散り散りと、現れては消えることを連続させている。
彼もまた魔法を肉体に作用させて、形や形質はキンシと異なるにしても結果は同様として、自らの走行速度の助けにしているのだろう。
「いえーい、ふーう」
魔法を使える者たちは、それを存分に使ってこのまま灰笛の地面を疾走───。
───なんてことはしなかった。
「はいストーップ」
とある地点まで到着すると、キンシは右手を横にかざして後方の彼に向けて合図をした。
若者と青年がその地点、横断歩道の前で一時停止をした。
「? ? (・o・?)」
突然の急停止によってミッタは体を前方につんのめり、鼻頭をルーフの上着に思いっきりうずめる羽目になった。
ぼすん、と顔面中に香ばしい獣臭さを味わう。そのすぐ後にミッタは一時停止した風景を背中の上から見渡してみた。
そこは横断歩道、昨日兄妹達と渡ったばかりの道だった。
その辺りでキンシは、ミッタと同じく周囲をぐるりと見渡す。
「さてと、さてさてと。ここいらで走行魔法は中断しないといけませんね」
キンシは後ろにいるミッタと視線を交わす。
「どうして何でってお顔をしていますね、でも仕方がないんですよ、これ以上はいけないのです」
そう言って右の指で横断歩道の終わり、両極端に建てられている色つきの電灯を指し示す。
「たしかに、このまま魔法を使って目的地まで突入できることは、無きにしも非ずですが。しかしそんなことをすると仕事をするより先に、自警団のお縄にお世話になることになりまして、ですね」
キンシはわざとらしく、嫌に演技っぽくポーズをつくってみせる。
「そんな事になればそれこそオーギ先輩に半殺し……、とまあ、その辺はどうでもよくてですね。はて、果たしてこの後はどうするべきだと、僕は考えているわけですが」
他人の答えを求めるでもなく、キンシは未知の上でぶつぶつと独り言を垂れ流していた。
「あとに残されている当然の手段としては、鉄道を利用することになるのが順当になる訳ですが。それで良いのでしょうか? その方法はミッタさんに酷なのでは? この時間帯の電車は既に、非人道的段階にまで混雑を極めているでしょう。あの最悪な密集にミッタさんの様なか弱き生き物を投入する、いいえそれは出来ません」
ミッタは自分が弱い存在であると言われて少しだけ不機嫌になった。だが何も言うことなく、黙って魔法使いの様子を見守ることにする。
扉の億千万に潜んでいました。




