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天気予報は雨を伝えていたから

今日も降ってきて、

 取引の終了というものはいつだって、人間に終了に関した様々な感情を抱かせるものである。


「…………」


 トゥーイはなんてこともない自然な動作で、しかし背中に物体があることを確実に意識しながら、若干背中を前方に丸めた格好のまま立ち上がった。


「………… (・v・)」


 ミッタもまたその顔に若干の怯えを残していながらも、それでもしっかりと腕に力を込めて青年の背中にへばりついていた。


 その様子を確認するや否や、キンシはもうすでに言い残すことなどこの世の何処にも存在していないかのような、朝も早から満ち足りた声を発する。


「よーしよしよし原稿用紙、これで今度こそ準備は整いました。それでは、」


 そして今度こそ扉の外に足を踏み入れる。


「いってきます! あ、出かけるときはシグレさんに声をかけておいてくださいね、扉、閉めてもらわないといけないので」


「お? おう」


 それこそ布を連続で折り重ねるかのように、するべき行動としてほしい要求を投げかけられルーフはとりあえず素直にうなずくことしか出来なかった。


 言うだけのことを言って、そうしながら魔法使いたちは既に扉の向こう側へと体を移しきっていた。


「うわーそろそろ本当のマジに急がないとー!」


 さっさと扉の向こう目がけて、暗い廊下を走り去っていくキンシ。

 部屋の中からはもう見えない、見ることのできないその後ろ姿。

 それをじっと見ながら、


「……………」


 背中に幼児を抱えながら、トゥーイは何故かじっと部屋の中に残された兄妹を、その兄の方を凝視してきた。

 

 首に巻かれた道具から人間に似せた音声が発せられる。


「いびつに貴女は乾燥した迷路なんでしょう」


 それだけ、彼にしては一言のつもりだったのだろう、ルーフにそれだけの理解しか与えず青年はそのまま、幼児と共に魔法使いの背中を追いかけて行った。


 そういう訳で、特にお互いを示し合せることもなく、またその必要性も必然性もなく彼らはそれぞれの、起きては死んでいく日常の一部を積み重ねていくことしか出来なかった。



 魔法使いたちは急いだ。


「急げ急げー! なんやかんやありまして結局遅刻してしまいそうだよー!」


 軽やかに速やかに崖の側面のはしごを登り終えたキンシは、地上にて既に展開されている朝の風景、一日の始まりのにおいを全ての感覚器官ですすり舐めていた。


「始まりますね始まってしまいましたね、今日も今日とて忌々しい一日がそこかしこで開始されていますね」


 明るい口調、明朗な動作。それでも誤魔化しきれない暗たんたる気持ちを丸呑みして、キンシは僅かに後方を見やった。


「………、彼らは大丈夫なのでしょうか」


 それは誰に対してでもなく、また自分にもどうすることも出来ない、独りよがりな疑問文だった。

 だから、誰の答えも期待していたわけではない、のだが。


「彼らは全てなのです世界が踊り場の喧騒にどこに行くことも出来ないはずです」


 トゥーイが崖の上で、海原のほうを見ながら魔法使いの疑問文に回答を与えようとした。

 

 海風は湿り、空はいよいよ灰色を濃くして。


「心臓が動く限り迎えが来ることはありません」


 彼がそう言い終わると同時、あるいはそれよりも先か後か、とにかく言葉が終了するころには彼の耳は液体に染められつつあった。


 雨が降ってきたのである。

 天空、本来の白色を変化し、それでいて完全なる黒になることはない。

 人間及び地上の生き物全ての思考が届かない遥か高みの躍動。それはまるで鉱物のような無機質さがあり、そのはずなのにどこかしら獲物を喰らった大蛇の腹を無断で覗き見るかのごとき、生物的躍動が絶え間なく続けられている。


 一時も、一度として同様を描くことのない、世界中のあちこちに転がる永遠と共に天空へ新鮮な新作を作成し続ける。


 今日も今日とて飽きることなく厚かましく作られたそれの、一部であり解釈によってはそれこそ本体とも言えるのではないか、雨粒として人々に受け入れられている液体の連続した落下。


 空気にもまれて本来の冷たさをだいぶ削がれた水はまだその勢いを確立しておらず、どこかあるはずのない控えめさで崖の上のアスファルトに黒々とした斑点を刻みつけている。


 ぽつぽつ、ぽつぽつ。誰に命令されているわけでもない、呼吸と等しい当然さの中で雨の速度は増していく。

 黒い斑点は範囲を広げ、やがて点を失い平面的な一色の模様だけになる。


 やがて音は連続性の中でそれぞれの個性を失い、その代わりに全体的な力強さで都市と言う空間を支配し始めた。


「いやはや、降ってきましたね」


 キンシが、灰笛のあちこちで毎日のようにやり取りされている、この場所に置いては「おはようございます」から六番ほど下の位置に存在しているであろう、日常的な挨拶の言葉を発した。


「先生」


 トゥーイはもうすでにすっかり慣れきってしまったその言葉を、ゆっくりとした瞬きと短い音声で自分の中に取り込む。


「!、!、 (゜o゜)」


 ミッタは青年の背中の上で落下してくる、自分の髪の毛を冷たくする存在に感覚を済ませる。

 そしてそれらの連続した液体が落ちてくる場所をぐるりと見上げ、やがてその視線は遠くにのびる都市の空、雨雲より下に座す大きな大きな光の塊に向けられる。


 灰笛の人々に様々な名前で呼ばれている、肉を雑に抉り取ったかのような、浮遊する無機質な光の集合体。

 それらは雨に濡れ透明に輝き、だが所々葡萄ジュースのような色合いで。その姿はまるで玻璃の鉱脈が空に現れしまったかのような、そんな不自然さがあった。


 ミッタはその、遠く彼方にある鉱物的輝きを両の目で、灰色の目で見つめる。

 見つめる瞳の下、小さく柔らかそうな唇は物欲しげに膨らんでいた。

明日もきっと降ってくる、確信は持てませんが。

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