若者たちは朝に身をついばまれる
食欲旺盛小鳥ちゃん
自らの準備が終わったと判断がつけば、その次に確認するのは同業者への確認である。
「僕の準備は終わりました、トゥーさんは……」
「生身はすでに終わりを告げていました」
キンシが彼に向けて確認作業をするより先に、青年は自分の状況を手短に報告する。
「愛別する必要性もなく私はすでに意識を外部へと繋いでいます」
機械的で不可解な音声に誘われるままルーフはいったん魔法使いから目を離し、首を動かして青年がいるほうを見やる。
何も変わっていない、そういう風にしか見えない。それが少年がトゥーイに対して抱いた感想であった。
いや、別に、何も決して青年が朝食時の格好のまま出かけようとしているだとか、そんな温かみのある日常性があるわけではなく。
きちんと、ちゃんと、「彼は明確な着替えを、いつの間にか一切の衣擦れの音を立てることもなく、きちんと終了させていた。
というか、なんというか、了するなんて大仰な言葉を使う必要性すら感じられないほどに、青年の出発準備は単純なものでしかなく。調理中に着用していた白割烹着を脱ぎ、下着の上に昨日と同様の暗い色をした、袖と裾の長いフードつきの上着に腕と耳を通す。以上、それだけであった。
右目を覆う、薬局で販売していそうな眼帯は相変わらずの位置にあり続け、それだけでもうほとんど昨日と同じ格好に。
あとはもう少し、いくつ決定的に足りないもの。
「マスクはちゃんとつけましたか」
キンシが病院の壁に貼り付けられている、風邪ウイルス流行防止ポスターのような確認をトゥーイにする。
「今日も笑顔で予防します」
魔法使いの言うとおりに、一体何処にしまっていて何処から取り出したのか判断がつかないほどに、ごくごく自然すぎる動作で何処かしらから、相も変わらず昨日と同じガスマスクをつけて口元にあてがう。
青年が、彼が身にまとっている布面積が無駄に広々としている上着。それと同等かあるはそれ以上なのか、そのぐらいの重量感のあるマスクが青年の顔半分を覆い隠し、そうすることで彼の右頬に走っている断裂も上手い具合に隠蔽されていた。
あの医療用にしては大げさすぎて、かといってファッションとして受け止めるにはいまいち趣味が悪いガスマスクは、もしかして顔の傷を隠すために着用していたのだろうか?
あるいはもっと別の、何かしらの実用的な要因があって………?
ルーフは分からないことを、分かりようもないことをあれこれ考えてみる。
「あとは………? えっと、何かありましたっけ」
「忘れてはならない叙事詩が古典的に存在していることを私は忘却することが許されない」
ルーフとキンシが、それぞれ内容は全く異なるにしても同じように答えを迷っている間に、トゥーイは自分のするべき行動の終着点へと足を進めていた。
「あ……それは」
メイは青年が掲げて、そして手早く腰部にベルトの要領で巻きつけていくその物体を見ておぼろげな記憶を呼び覚ます。
キンシが鞄と連動させて装着している、それと似たような造りのベルトには小さなポーチが取り付けられており、その中には、
「その本、昨日の………」
自分の記憶が確かなものだとすれば、とメイは思い出す。ポーチの中にあるのは昨日使われたばかりの、文庫本サイズの魔術道具であった。
日常的に、彼らは魔法使いなのだから色々と入り用があるのだろう。魔術道具を携帯していても何ら可笑しいことはないのだが、しかしそれにしては。
「それだけなの?」
メイは思わず青年に質問をしてしまった。せずにはいられなかったのだ、なぜなら彼が所持している荷物は、少なくとも目に見える範囲内ではその小さなポーチただ一つしかなかったのだから。
「そんな少ない荷物で、大丈夫なの?」
メイとしてはキンシとの対比について、あるいは自身の感覚上において素朴な疑問を持ったに過ぎず、トゥーイもまた彼女の質問に単純な答えだけを返す。
「マイナーにたわ言はこれで十分なのです夕暮れは無事に月を迎えることができるでしょう」
「そう……ならいいのだけれど」
多分、おそらく「自分は大丈夫」的な答えを返したのだろう、メイはいまいち納得がいかないままでも自分からは何を言うでもなくそれ以上は何も追求しなかった。
「よし、よしよしよーし!」
それぞれの事が終了したのを確認し、キンシは今一度小刻みな跳躍を行って自身に発破をかける。
「準備完了! 時間は、えーと……?」
暴れ馬のごとく鼻息を荒くして、キンシは左側の袖の下、手首に巻かれている金属製の腕時計の文字盤を確認し、
「あわ、あばば……!」
一時的な満足感を急激に減速させ、瞬く間に焦燥感を顔面に満たし始める。
「なんということでしょう……! どういうことでしょう……? 本日は僕にしては激レアなことに早起きを達成できたはずですのに、なぜか普段通り遅刻寸前になっていますよ!」
「そりゃあそうだろうよ」
出会ったばかりの客人を自宅に招き、見ず知らずの幼児の世話までしていたら、それなりの時間を消費することは必然であると。
そのようなことをツッコもうとしたが、果たして自分にそれを言える資格がるのかどうか、ルーフは判断を躊躇った。
若者たちがそれぞれ感情を忙しくしている。
そうしている間にも、時間は普遍的な平等さを持って歩みを止めることはしなかった。
眠らずに麗しくいびきをかいていました。




