残さず、噛み砕いて飲み込んで食べ尽くして
もしも僕が
菊の花の香りに毒されて命と共に体を弱々しく震わせているのか。
あるいは獲物の体液を十分以上に吸い上げて、あるはずのない満足感のもとに弱々しくなっているのか。
どちらにしてもそれはどうでもよくて、とにかくまるでトロトロと飛び交う羽虫のように、キンシは自分の家の玄関先で待機している少年たちの元へと戻っていった。
「よっこらせ」
ルーフは何事もなさそうに、それこそちょっとそこの畑の様子を見て来ただけのような、それほどの軽薄さしか顔面に浮かべていない魔法使いに警戒をもよおす。
それでいて、それ以上に相手の、いかにもにこやかな表情を浮かべているキンシの手の中にある物体へ、逆らい難い好奇心の名のもとに視線を誘導させてしまう。
「えー……」
キンシの手の中、いつの間にかずっと身に着けている厚手の手袋のしわの間に転がっていたのは。
「何だこれ」
なんだかよく解らない、少年にとって初めて見る物体であった。
「えー……、えーっと? 何だこれ。……金平糖か?」
それはごくごく小さな何かであった。キンシのたいして大きさがあるわけでもない手の中に合計六つほど、指を折り曲げたら全てがすっぽり収まるであろう、それほどに小さい集合体。
形は、金平糖とは形容したもののそれとは全く異なるものであって、鋭角さはほとんどなくコロコロと丸みを帯びている。
大福餅を少しばかり横長く伸ばしたかのような形状の、それには光沢はあまりなく鈍い表面をしている。
また色合いも激しさは控えめで、眼球に優しめな仕様となっている。のだが、しかし六つほどあるそれぞれの丸みには、よく見ると一つとして同様のものがなく、それぞれが違う形で異なる色を保持している。
小さくまとまった色とりどりの粒。そう言った感じの集合から、ルーフは自分でも解することのできない連想の流れとして金平糖を思いついたのであったが。
やはり、どうしても、キンシの手の中にあるそれは見慣れた菓子とは大きく異なる、明らかなる異物であることは否めなかった。
見慣れぬ、初めて見る、無機物なのか有機物なのかも判別することのできない。
謎の物体を手の中に収めながら、キンシは少年の反応に構うことなく満足げな笑みを浮かべていた。
「うん、うん、思っていた以上の収穫でしたよこれは」
実のところルーフに内容を開示したことに別段意味はなかったのだろう。少年が瞳の奥に若々しい輝きが灯っているのにも構うことなく、さっさと手の中の物体をとある人物の元へと運搬していく。
「さあさあ、さあ、なかなかに良いもの収穫できましたよ、これは予想以上です例年以上でございます」
魔法使いは自信満々に、ぼんやりと様子を見守っていたミッタのもとに跪いて手の中のものを見せた。
「ミッタさん、お腹空いたでしょう? さあ、この中からお好きなのを、何ならすべて食べても構いませんよ。お好きなだけ、お腹いっぱい食べてください」
はて、はたして魔法使いは一体何のことを言っていやがるのだろうか? ルーフには全く理解することが出来なかった。
食べる? お腹いっぱい? 遠慮はいらない? はてはて、何のことやら。
ルーフがもっと子細に、この理解し難い状況の流れを観察しようと。
ゆっくり慎重に近付いてみる、それよりも早く。
「! ! ! (◎~◎)」
ミッタはイソギンチャクの赤ん坊のような指をキンシの手の中に突っ込んで、その中に収めれられている粒を激しく掴み、迷いなくそれを口の中へと頬りこんでいた。
まずは最初の一回、差し出された物が自分の体の望む物質と同様かどうか、確認作業として咀嚼。
子供の歯で砕かれる物体。その粉末がミッタの咥内で炸裂し、栄養不足で干からびかけていた味蕾を刺激。
するや否や、ミッタは口の中にあるものを飲み下す時間も惜しいと言わんばかりに、次のものを摘まんで口に頬り込み、それを次々と続けようとした。
「もぐり、もぐり (’u‘♡)」
一気に六つほどの内、その半分以上を頬の中に収める。
若者にとっては小さな粒でしかないそれも、幼児にとっては口の中をだいぶ占領できる大きさがあったらしく、ミッタは食事中のジャンガリアンハムスターのように頬を丸々とさせて、うっとりと味覚によって表情を弛緩させた。
「美味しいですか?」
「! (◎∀◎)」
「それは良かった良かった、ゆっくり食べていいんですよ」
キンシは半分以上に減ったそれを片手に持ち替えて、右手でそっと優しくミッタの灰色の頭を撫でる。
「それで? 結局」
一連の平和な状況を眺めて見守っていたルーフはキンシの背後の辺りに直立し、満を持して疑問を追及してみることにした。
「その小さな粒々は、一体何なんだ?」
少年からの質問にキンシは言ったん幼児の頭から右手を離し、背後の人間の方を見ることなく返答をする。
「これは珊瑚です。ええ、そうですね、言葉として説明するならば、珊瑚と例えるのが一番相応しいのでしょうね」
「珊瑚」
質問に答えてもらった者の、やはり意味を理解できないルーフは魔法使いの例え話を口の中で反芻してみる。
魔法使いは少年の反応のおおよその予測を着けながら、自身もまた言葉を確認するかのように自分で繰り返してみる。
「珊瑚、それと似た生き物の幼生を、つまりは赤ちゃんということになりますが、それをミッタさんに差し上げたのです」
キンシと名乗る魔法使いはもう一度幼児を撫でようとして、それを躊躇いゴーグルの下、金具の隙間で僅かに目を細める。
「味を気に入ってくれて、美味しそうに食べてくれて良かったです。本当に、良かったです」
そんなにも迷う必要はなかったのでしょうか。




