栽培ミュージックヒーロー
ハウドウ植物系魔法使い、
そんなこんなで、トゥーイの機嫌が比較的幾ばかりか悪くなった以外には、特に何も事件性も見出すことなくこの場面は終了したわけなのだが。
しかしそれで当の本人の、ミッタの空腹感が満たされることなど全くなく状況そのものはそれこそアリの一歩分ですら進行してはいないのだった。
となると具体的な行動をするほかなく、その辺については魔法使いたち側が主な行動源とはなっていて。
いたのだが。
「えーっと………?」
それでも、もうだいぶ温度の高まった海風に全身の体毛を揉みこまれながら、ルーフは目の前で展開されつつある状況に疑問点を抱かずにはいられない。
「あいつ、何やってんだ?」
この世界においてはおよそ広く一般的であろう朝食行為を終えた人間たちは、なぜか電車の部屋から移動して再び、少年にとっては三度目となるのか、海沿いの岸壁に食い込まれている魔法使いの玄関先に各々佇んでいた。
それはひとえにこの崖の中の家の持ち主であるキンシの、
「とりあえず皆さん、一旦玄関先まで移動してくださいませ」
緩やかでいながら有無を言わさない強迫性をそれとなく匂わせている命令文による結果であった。
そして、その結果をもたらした張本人である人間は、今。
「ちょっし! ごほーし、しょうーし!」
語源が全く垣間見えず、いまいち調子の取りにくい掛け声を腹の奥から吐き出して、崖の側面を飛び跳ねていた。
ぴょんぴょんと、雨上がりの湿気にまみれた民家の壁を飛び交うやぶ蚊のように、キンシはゴム長の底を定期的に海沿いの崖に接着させつつ、およそ人間らしくない軽々しさで歩行らしき行動をしていた。
「あー、魔法使いだよなあ………」
どうにも現実味のない、自分としてはふざけているのほか何も見出せそうにない御感想をルーフは玄関先でこぼしていた。
「あれはだからそうなのです考えなくては無茶しなくても王様はどうやってご理解をアイスクリン」
ぼんやりと、傍から見ればかなりのレベルで間抜けな面になっているルーフの、パーソナルスペースぎりぎり範囲外の背後からトゥーイが主の行動目的を説明しようとしてきた。
「魔法は風を走らせて仕草はテラシエラと連れて行かれて気が付けばつゆだくのように脂ぎった異形に異常性を乗せて絡み合っているのです」
もう少し、あともう一歩、トゥーイは少年に歩み寄ろうとして。
「いや、あー……、説明はいらねえよ」
しかし少年自身に真っ向からその行動を拒否されることになっていた。
ルーフとしてもそれは素っ気なく子供じみた行動ではあると自覚していて、そうでありながら自分の行動に自信を持てるぐらいの確信をしっかりと確立してもいた。
「あの魔法だったら、俺も昨日見たばかりだし」
昨日、数時間前の思い出したくもない記憶が、そうであるにもかかわらず何故かごく自然な動作として、単なる情報として脳が再生を開始していた。
つまりは自分たち兄妹を、見たときはまだ妹だけが被害にあっていた状態ではあるが、とにかくありとあらゆる人畜なる手段をもってしても救出行為をしようと、してくれていた時に。
その時に、怪物と渡り合う際にそれを翻弄していた重力に逆らう跳躍力。
それを使っているのだろう、それの応用問題的なものとして、キンシは崖の横を飛び跳ねているのだ。
なるほどなるほど、魔法とは素晴らしく便利で気持ち悪いものだなあ。
そう言った感想はどうでもよくて、クソ程にどうでもよくて。
それ以上に気にすべきことは、何故魔法使いはわざわざ朝も早くから、どう見ても肉体と精神的苦痛がビリビリに伴いまくりそうな魔法を使っているのか。
いかにも魔法使いらしく使用してまで、すでに雨の気配に満ち始めている海沿いを危うく移動しているのだろうか。
曇り空の下で少年は疑問に思っていた。魔法使いの行動原理が知りたくて仕方がなかった。
「あー、ありましーた! 良かったでーす!」
崖の中をあてどなく飛び跳ねていたように見えていた、しかしその見解は間違いで実は明確な目的のもと、崖の側面に幾つも開けられている雨水排除用の管の内の一つ、玄関よりはだいぶ小型のつくりになっているそれの近くでキンシは足を止めていた。
「なーにが、あるってんだよーお?」
玄関先、十分なスペースが保たれている地面のギリギリに立って、ルーフは魔法使いに質問を投げかけてみた。
「そりゃあーもうー、いい感じに育ち実りまくっておりまーすよー」
よもやあの相手から明晰なる答えが返ってくるとは想定していなかったにしても、ルーフはより疑問を募らせるばかりだった。
「育つ……? 実る……?」
言葉をそのまま受け取るとするならば、魔法使いは何かしらの食糧と思わしき植物を栽培していて、今からその収穫をこちらに届けようとしている。ということになると思うのだが。
一体何を? それこそ何を? こんな、海風吹きすさぶ雨水湿気デロンデロンの、土壌の欠片もなさそうな立地条件しかなさそうな、こんな場所で一体全体何を栽培しているというのか?
ルーフには全くイメージが出来ないことだった。
少年の想像を置いてけぼりにしたまま、魔法使いが意気揚々と嬉しそうに戻ってくる。
盛大に寝過ごしました。




