唾液が止まらない
息が出来ない
キンシはどうやら、どうにも食事行為を一時的にでも止めようとする意欲が、あまりにもなさそうであった。
「そう言うことならば、ですならば、トゥーさんのご厚意を有難く受け取らせていただきましょうかね」
二本の小枝のような食器で、柔らかく瑞々しく炊かれた白米を摘まみ、機械的に口に放りこむ。
その一連の動作を止めることなく、キンシは青年に向けて何かしらの目配せをした。
トゥーイという名の青年はその視線を受け取り、彼自身の内側にしか解することのできない答えを独自に導き出す。
「了解しました実行します了解したのです最終的な最終列車が走行を果たすかのように貴方は言いました実現することを」
謎の言葉、それを伴った青年が割烹着の白色に装甲された腕を中途半端に伸ばして。
「小さく前ならえ」みたいな格好を作って、一切合財の意思疎通を図ることもせずに少年と幼児の元へと。年の瀬に寄り集まった親しい親類関係者のように、仲良く寄り添い合っているルーフとミッタの方へじりじりと、にじり寄ってきた。
「へ、え?」
状況を理解できず戸惑っているルーフを他所に、
「うやー! (’Д‘=@Д@)」
ミッタは明らかに純度百パーセントの嫌悪感をもって、少年のまたぐらの中で全身全霊一生懸命の抗議をジタバタとさせた。
幼児の尋常ならざる、それこそまさしく生命そのものに対する危機反応とさえ形容できてしまいそうな、激しいアクションにルーフは戸惑い、しかしすぐさまその理由を解してもいた。
「丸いきらめきは疑問符に準ずるものでしかなかった決定的にな文字列による終幕税込み価格は理由を問いかけるに値しますか」
トゥーイは、右目の医療用眼帯の他顔面に一切の装身具を身に着けていない状態のトゥーイが、唇を息もらしく僅かに蠢かせながら、何かしらの疑問点を抱いているジェスチャーとして小首をかしげて見せる。
「光よ光よいいいい嫌がる嫌悪感を?」
疑問を抱きながらも、それでも青年はミッタへの接近を止めようとせず。
「うあー、わー! (;Д;)」
ミッタは青年の顔を、何の変哲もない、当然の注目の的として凝視しながら、今にも粗相をしそうなほどに怯えを全身に震わせていた。
それでもなおトゥーイは幼児の感情の原因を察することが出来ず。
「ストップ、ストーップ!」
見かねた、いよいよ色々と耐えられなくなった、見るに堪えられなくなってきたルーフが状況の一時停止を強制し始めた。
「トゥ! そのまま動くな。これ以上ミー坊に近付くんじゃねえ」
ルーフの有無を言わさない、文句など一切合財容赦しない、それほどの強さが含まれた命令文にトゥーイもまずは素直に従ってみせた。
ルーフは努めて語調を乱さないよう、トゥーイへの指令を継続的に追加する。
「えっとだな、お前はあれだ、まずは着替えてこい、その……主に顔面を中心に」
少年としては精一杯にオブラートを折り重ねた指摘のつもりではあったものの、しかしそれは取り繕いようもなくどストレートな注文でもあった。
「必要があるならば血液に従うままです」
自分の事に関しては割と鈍いのか、青年はどうやらそこでようやく幼児が自分に対して抱いている恐怖心の正体を理解し、いたって平常にルーフによる条件を飲み込んだ。
ただし、白色の耳と尻尾を見るも悲しくたらりとへこませながら。
「…………あー……」
ああ、嗚呼、まったく。だから獣の斑入りは苦手なんだ、こいつらはどうにも感情が自分とは異なって純粋ピュアピュア純度百パーセントが過ぎるんだよ。
そのような文句を、ルーフは喉の奥に空気と一緒に圧縮して飲み下してみる。風邪をひた時、朝一番に鼻の奥を支配する臭いと似たような味がしたような、しなかったような気がした。
とりあえず頭が痛い。
「大丈夫大丈夫ですよ」
どうしようもなく生じた沈黙を破って、キンシが青年と少年の視界の狭間に躍り出る。
その視線は、顔面の七割ほどを覆い尽くすゴーグルによって幾らか誤魔化されてはいるものの間違いなく、紛うことなくミッタの方へと真摯に向けられていた。
キンシは両手を食器に携えたままの状態で、口内にあと残り僅かになったであろう朝食を内包したままの表情で、すっかり干しブドウのように体をちぢこませているミッタに優しく笑いかけた。
「ミッタさん、怖がる必要性はありません。あの男の人は御顔こそこの世在らざる状態にはなっていますが、ただそれだけです。それ以外にあなたが彼を恐れる要素など、それこそこの尊き米粒一つ分ですら存在してはいないのです。だから───」
色々と、雑多に何かしらの弁護をしようとして、だが無駄に言葉ばかりを重ねても相手には無意味だと察した魔法使いは、最後に単純明快な形容詞だけを作り上げる。
「えっと、えっと! ワンちゃんです!」
「わ? (・〇・)」
すでに自力で幾ばかりか精神の平静を取り戻して、その上目の前のキンシの動揺によってむしろ客観性まで作りかけていたミッタが、真帆使いの言葉を繰り返そうとする。
キンシは自分としては真剣な動作として、しかし傍から見れば食事中に演劇を開始しているようにしか見えない奇妙さのもと、ミッタに自分なりの意見を伝えようとする。
「彼の事はちょっと変わった子犬ちゃんとでも思ってください、そうすれば、えっと、えっととと」
だがそれ以上は魔法使いの限界でもあった。
これ以上はいけない、言わんとしていること、やろうとして言うことは理解できる。しかしルーフは手早く限界を見出す。
「あーはいはい、分かったから」
近付いてよく見てみると首筋にものすごい汗をかいていた魔法使いに近付き、ルーフはその肩にそっと手を添える。
「とりあえず、お前はまず朝飯をさっさと食い終えろ。いろいろやるのはその後からだ、な?」
何故自分は魔法使いなんかを諭しているのだろう、物語的には普通逆なんじゃないだろうか。
少年が違和感を覚えているその間、魔法使いは最後の米粒を甘く飲み下した。
ずっと空気ばかり飲み込んでいます。




