嘘も秘密もデザートの後で
今年も終わります
ミッタが土嚢だとするならば、魔法使いの方は米俵のようだな。
ルーフはついそんな、下らないことを連想してしまう。
「ああー、本日も素晴らしきかな御味噌の香り………」
白い割烹着を着こむ、トゥーイの腕の中からぬるりぬるりと這い出して、象喰らいのアナコンダよろしく紙の密林をかき分けてキンシが食卓へと這いよってくる。
その緩慢な動きに先んじてトゥーイは速やかに、それでいて優しげな礼節を欠くことなくミッタを床の上に落ち着かせてから、さっさと調理場へと歩いていく。
そこでメイは青年が口に剣豪よろしくお玉を咥えていることに気付いた。
あのお玉を一体何に使ったのか、彼女が思案を巡らせているその間に。
「先生、食事を」
「はいどうも、ありがとう」
魔法使いたちは遅れ気味の朝食を開始した。
「いただきます」
目の前に差し出された、器に盛られた白飯を前にキンシも丁寧に祈りを唱えた。
魔法使いが食事を開始する。
自分の腹が満たされている状態で、他人の食事風景を見るというのはどうも、とルーフは先ほどまでの荒んだ心持ちをしばし忘れて妙な気分に身を浸す。
これでせめて、ルーフは願わずにはいられなかった。せめて食事の方法が下手くそで、箸の持ち方口の鳴らし方等々、文句の付けどころがあったならばもう少し自分の心も救われたのだが。
しかし残念なことに、魔法使いの食事風景は至って普通で、何の変哲もなく、いささかスピードが速すぎる面を踏まえたとしても、特に取りとめもなく記憶に残ることもなさそうな他人の食事風景でしかなかった。
「それで?」
頬張った米を味噌汁で流し込みつつ、特に何の感慨もなさそうにキンシがルーフの方を見た。
「無能仮面君は一体何をそんなに、朝っぱらからシワシワになっているんでしょうかね」
ルーフは脳内に氷のような冷たさを、それゆえに冷徹な思考で魔法使いの様子を見た。
「何のことだ?」
自分からヘマをしないように、出来るだけ少ない言葉で相手の反応をうかがってみる。
「いえ、別に」
キンシは味噌味に柔らかくなった米粒を舌の上で転がしつつ、ルーフの方を見ることもせずに思ったままのことを言う。
「朝ごはんを食べに来たら、なんだかお二人の空気がピリリとしていたもので」
魔法使いの表情に打算らしきものは見られない。今のところはただ単に自分たちの無意味な諍いによる空気感の悪化について、自分たちの表情の険しさについて単純な疑問を抱いているように見て取れる。
そうだとすれば、どう答えるべきか。
「いえ、何でもないんですよ」
ルーフがお決まりのごとく言葉に迷っている、その間にメイが先んじて言い訳を考えてくれた。
「せっかく灰笛に、こんなとかいにはるばる来たので、今日はどこをかんこうしようかお互いにちょっと言い争ってしまって」
なるほど、限りなく嘘ではあるにしても百パーセント純粋な虚偽というわけでもない。ルーフは妹の意外な才能に今は深く、心の中で称賛を送りたくなった。
「ふーん? 観光ですか………」
しかしキンシはメイの嘘にどうにも納得がいっていないようだった。
それは兄妹が自分に向けて秘密をはらんでいるだとか、そのような敏感な歓声によるものではなくただ純粋に、彼女が言った内容についてへの不安によるものらしかった。
「観光………、観光ぅー?」
「何だよ……何か文句でもあんのか?」
内容に嘘が含まれているにしても、どうにも要領を得ない相手の反応にルーフのほうこそ疑問を抱き始めた。
キンシは箸を持ったまま唇に手を添えたくなって、寸前でそれを我慢する。
「灰笛に他の所から来られた方々を楽しませるような観光資源なんて……、なーんにも無いと思いますよ。此処には魔法使いと、空のでっかい傷口と、石と車と建物以外特に魅力なんてありませんし」
軽やかに朝食を摂りながらキンシは自分の地元を盛大にこけ降ろす。
「ええそうですともこんな、交通事故と彼方に襲われる被害が毎年互いに競り合っているような、危険な町で観光するような人間、滅多にいませんよ」
どうやら自分たちは今、地元住民に珍妙な生き物扱いをされているらしい。どういった反応をするべきか、何にしてもルーフはあまり良い気分には慣れそうになかった。
「キンシさん、自分のくらす場所にそんな言いかたをするものではありませんよ」
メイが少し微笑みながらキンシの言葉を制そうとする。
「そんなことを言ったら、私たちの故郷こそほんとうに何もない場所になっちゃいますよ」
フォローなのかそうではないのかいまいち判断が付けにくい、何にしても物悲しさしかないやり取りにルーフは辟易とし始めていた。
魔法使いの言う通りで、自分だって静かで穏やかな故郷からこんな、騒がしさ百点満点の都会に訪れたいとは思うはずもなかった。
一つ溜め息を吐く。此処がどんな場所であれ、魔法使いが何者であれ、とりあえず自分たちの秘密を知られているようなことは無さそうではある。
今は、その確信だけあればどんな場所でも、石と車と怪物しかない人だらけの都会でも、地獄であろうとも歩いて行ける………。
ルーフがそうやって、自分の胸の中で決意の火花を散らそうとした、その所で。
少年の体が何か、小さなものによって引っ張られた。
皆様良いお年を。




