あなたの意見には賛成しかねる
カメリアちゃん
部屋の中、二人取り残された兄妹は食卓を間に挟みながら、何をするでもなく静かに互いを見つめ合った。
沈黙する兄、先に言葉を発したのは妹のほうだった。
「いろいろと文句をいいたいって、そんな感じのお顔をしていますよ、お兄さま」
メイからの指摘にルーフは眉をひそめる。
「別に………、そんな事は……」
本人から否定されてもメイは兄から視線を外そうとしない。
「そうですね、私からみても、私という異常性からみたとしても、彼らはなかなかに変てこりんではあると思っちゃいますけどね」
妹の自虐の含まれた形容にルーフの眉間にはより深いしわが刻まれる。
「何もそんな言い方……」
「ですがお兄さま」
ルーフの言葉をメイはやや大きめの音声で遮る。
「こんなことになってしまって、そしてこんな所にまできてしまった、そうなった以上はもう何をかんがえる必要がありますか?」
メイはちゃぶ台の上で、食事が終了した卓の上で自らの指を強く組み合わせる。
「ここの人たちは、キンシさんやトゥーイさん、すくなくとも私たちが灰笛におとずれて出会った人たちは優しい人ばかりでしたね」
「だが、この先にはもうそんな甘いことは起きそうにもないな」
いつまでも妹にばかり話させるわけにはいかない、
「俺の目的地はこんな崖の中の珍奇な家じゃない。この面倒くさい町の中で、もっと面倒くさいであろう場所に、俺は行かなくてはならない」
「俺、ではなく俺達、ですよお兄さま」
今度はメイの方が眉間にしわを寄せる番であった。
「そうであるならば、そう思っているならば私からひとつ提案したいことがあります」
「提案? 何だよ」
メイはほのかに痛みを感じるまでに強く握りしめていた指を一気に解放して、体の中に滾る熱量のままに言葉を発してみた。
「これから私たちがしようとしていること、会おうとしている人、いこうとしている場所へ、そこまでの手助けもあの人たちに頼んでみるのは」
メイは指の間の皮にじんわりとした温かさを感じながら、勇気を振り絞って思っていることを言葉にしてみる。
「たしかに彼らは変わっていますが、それがなんだというのです。あの人たちはきっと良い人です、優しい人です、きっと私たちを助けてくれます。そんな気がするのです、ですから」
「駄目だ」
ルーフは妹がすべてを言い切るより先に、彼女の言葉を否定して拒否した。
「それだけは、俺の問題に他人を巻き込むなんて、それだけは絶対に駄目だ」
妹がそうしていたのと、それに負けないくらい、むしろそれ以上にルーフは自らの拳を強く、爪で皮膚を裂いて出血することもいとわないくらいに強く握りしめる。
「あいつらを信頼できる根拠が何処にある? もしも目的を果たす前に魔法使いどもが俺を裏切ったら、だれも救われないだろうが」
「お兄さま」
まばたきも忘れ、眼球に赤色を灯しかけている兄にメイは恐る恐る語りかける。
「すみません、けいそつなことを言ってしまいました。お気にさわったのなら謝ります………」
「そんな……別にいいんだよ……」
制御しきることも出来ず、思った以上に言葉が荒くなってしまったルーフ。
「あなたがさようなら謝罪の必要性はありません」
そんな少年の頭上から青年の、一切遠慮の感じさせない音声が降り注いできた。
「うわあ?」
今日が始まってまだ三時間も立っていないというのに、ルーフは既に三日分の驚きを全身に走らせまくった気分になりかける。
声の方、大人の男性の声がする方を振り向けばそこにはトゥーイが無表情で、それゆえにまるでこの場にいることが当たり前だと宣言しているような、そんな無遠慮さすら感じさせる風体で直立していた。
いや、この部屋は彼の住み家でもあるのだからその態度も当然といえばその通りではある。
あるのだが、しかし。
ルーフの中で不安が一気に、爆発的に増殖していく。
まさか、まさかまさか、今の会話を聞かれたのではないか? 何か不味いことを口走ってしまっていはいなかっただろうか。もしコイツに、この男に自分の秘密を。
ルーフの不安は止めどなく、止めようもなく脳味噌を侵食しようとして。それによる不安定が彼に穏やかではない言葉を生み出そうと、
そうするより先に。
「うえー! (‘皿’)」
幼い子供の声が部屋の中に響き渡り、この場にいるすべての人間はその声のもとに意識を向けることになる。
見るとトゥーイの腕の中、右脇腹の方にに幼い子供が、ミッタが土嚢のように抱えられており、何かしらの要因によって気分が良くないらしく、己の持てるすべての力をもってトゥーイの腕から逃れようと、小さな手足をばたつかせながら無駄な抵抗をしていた。
「むいー! (‘□’)」
「落ち着いてくださいミッタさん、朝も早くから無駄な体力を使うべきではありませんよ」
ミッタのいる右側、青年の胴体を挟んだ向かい側、左のほうで魔法使いの弱々しい声があがる。
「やあやあご両人、お早いお目覚めで僕は嬉しさ満点ですよ」
青年の腕の中でキンシは昨日と同じゴーグルを身に着けたまま、それでも誤魔化しきれない疲労感を全身に蔓延させて兄妹に朝の挨拶をした。
言うことが素直に聞けないのでした。




