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時間オーバです、もう手遅れです

色々と間に合わず

 当然の結果であり、そうなることはそれこそ限りなく完璧に近しい必然性ではある。


 とは言うものの自分こそ不躾に無礼に無遠慮に、他人の顔面をジロジロと嘗め回すかのように眺めていたことを自覚していたとしても、ルーフはトゥーイに見つめ返されていることにどうしようもなく動揺せざるをえなかった。


「なななっ、な」


 喉の奥にしまい込んだはずの芳しき味噌味が、唇へ向けて逆流しそうになるのをどうにかして堪えつつ、ルーフは自分には資格のない問いかけをトゥーイにぶつける。


「な、何見てんだよっ? 気持ち悪い奴だな」


 カンガルーも涙を流してビックリするほどの見事な、しかし黙視することは叶わないブーメランを放った、放ってしまった。ルーフは脳裏でその反撃を直に感じながらも、それでも言葉を止めることは出来なかった。


「おお、おっ、俺の顔に何か、ついているんかな?」


 ブーメラン直撃!

 少年が静謐なる衝撃を味わっていること、そんな事は露知らず、知っていたとしても青年にとってはどうでもよかったに違いない。

 とにかくトゥーイは全く動じることなく、ごく当たり前の日常的な質問だけをルーフに投げかけた。


「再度」


「ん?」


「歓迎します味付けされた高温の飲料を推奨する再来」


 戸惑うルーフに構うことなく鼻先を、犬系の斑入りの特徴を持つ人間らしく鼻頭が薄橙とは異なる濃い発色をワンポイントに灯らせている、そんな感じの鼻先を少年に近づけてくる。


 まるで本物のイヌ科の生物のようだと。

 そのお陰で自分は青年の右頬を子細に観察することが出来ていたと、ルーフ自身はどこか間抜けに自覚していながらも、青年からの質問にどう答えたらよいものか、そもそも質問の意味が理解できず困惑の色を濃厚にしていた。


「お兄さま………」


 そんな兄に、妹であるメイはこなれた動作でもはやお決まりになりつつある助け船を寄越す。


「おみそ汁です、おみそ汁をおかわりしたいのかって、きいていると思いますよ」


「あ? 味噌汁?」


 メイによる明確な翻訳文を与えられて、それでも質問の真意をすぐには理解できなかったルーフはもう一度、もうすでに見飽きたと言えるレベルにまで見尽くした青年の顔を流し見て、傷を名残惜しく見やり、顔面にだけ限定されていた視界をもっと広い範囲へと拡大してみる。


 白い割烹着、青年自身の色素の不測さを相まってまるで手足がニョッキリ生えた無駄に等身の高い雪だるまのよう。


 と、そんな感想はどうでもよくて………。

 ルーフの視線は青年の右手に握られている金属の道具、液体をすくい上げるのに特化していそうな形状の、つまりは普通のお玉へと向けられる。


 そして彼は察した、空腹による本能的な動きだったのかもしれない、流れるような手つきでそれまでずっと右手に携えていた椀をトゥーイに手渡す。


「あー……えっと」


「了解しました」


 少年の言葉を待つこともせず、トゥーイは椀を受け取ると速やかに別の部屋へ、それは稼働している電車における運転席が在るべき部分のはずなのだが、彼は至極当たり前のようにその奥へと入っていく。

 そして三十秒と待たずに再びルーフの元へ、もう一度中身が満たされた椀を手渡しに来た。


「なにとぞ」


「あ、えっと、どうも……」


 ちゃぶ台の上に再発した芳しき湯気の花、ルーフはそれとなく意味もなくぼんやりとその揺らめきだけをしばらく眺めた。


 そうしている間に、兄が思考と光度の狭間に迷っている間に、メイは一つ行動を先んじて終了させていた。


「ごちそう様でした、おいしかったわ」


 箸を置き、彼女は胸の前で軽く手を合わせる。その体からは栄養を摂りこんだ生物ならではの、ゆったりとした温度が満ちていた。


「……………」


 満足そうにしている彼女を、トゥーイはゆっくりと数回瞬きしながら眺める。

 そして眺めた後に、彼は不意に兄妹から目線を外してどこか遠くへ、部屋の外へと意識を向け始めた。


「?」


「あら、 どうしたんですか?」


 ルーフは流れ作業的におかわりした味噌汁に口をつけながら、メイは食事の終了によって手持無沙汰になりながら、兄妹はそれぞれの行動の中で青年の異変を察する。


「再びでした」


 青年はどうやら部屋の壁の一部、ルーフはそこで初めて気付いたのだが壁には時計が掛けられていて、彼はその晩の上に走る針をじっと凝視していたのだった。


 そしてその日初めてといえるかもしれない、鼻呼吸以外の呼吸法なんて解していないのではないかと、勝手に思い込みたくなるような青年が、まさしく人間らしく唇の間から溜め息らしきものを吐き出した。


「再びの失敗です私の過失なのかいいえそうは思いたくはありません」


 そう言うな否や、もちろん声自体は首をぐるりと囲んでいる魔術道具によるものなのだが。

 とにかく彼は何かしらの感情に基づいて、兄妹にはその目的を特定させず、元々持っていたお玉を左手に強く握りしめて部屋の外へと。

 途中の本の森に少しまごつきながらも、そそくさとお玉を装備してどこかへと移動していってしまった。

本当に申し訳ありませんでした。

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