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パックリ傷には保湿クリームを

潤い大事

 トゥーイの顔は、彼の顔面は、青年の頭部についている肉は、とても醜かった。

 それはそれは、それはもう、とても醜かった。こんなにも醜い顔を、ルーフは今まで一度も見たことがなかった。こんなにも醜い顔があるということに………。


 違う。ルーフは自分の中に生じる思考を、吹き出物を握りつぶすように一つずつ否定する。


 自分は何も、そんなことを思いたいわけでは。他人の遺伝子情報による肉体の構成具合を、不躾に無礼に文化的にいかにも文明人っぽく否定したいわけでは。他人の顔面を否定したいわけでは。


 それも違う。ルーフの中で確実性をもって存在している、離れた場所にある意識が少年自身の意向を逸らそうとする。


 顔面の組み合わせ、目が何処にあるだとか鼻が何処にあるだとか、そんな下らないことはどうでもいいのだ。

 それ以上に気にすべきことが、思考しなくてはならないことが、自分の目の前にいる男には表れているではないか。


 そして自分はそれを見て嫌悪感を抱いている。吐き気を、嘔気を、冷や汗のともなうむかつきを、胸の内にドロドロと滾らせている。


 青年の顔は気持ち悪かった、それは何故なのか。だって普通じゃないから、継続性がなくてとても痛々しい。

 そうだ痛そう、彼の顔面はとても痛そうで、こちらにも感じるはずのない痛覚をもよおしそうな。


 つまり、トゥーイの顔面には一つ、それはそれは大きな傷が刻み込まれていたのだ。


 とても痛そうな傷、傷跡なのかそう呼ぶべきなのか。

 

 彼が昨晩、少し異常に思えるほどにマスクを外さなかった理由がまさかそれを隠すためだったとは。

 隠されていて、隠そうとしてくれていて正解だった、ルーフは他人行儀に青年の判断へ賞賛を送りたくなる。


 昨日の内に、今という時よりもこの灰笛に体が馴染んでいない、初めての環境に疲労という名のストレスをなみなみと満たしていた昨日に、こんな傷を見せつけられたらそれこそマジに眠れない夜を過ごしていたかもしれない。


 それは大げさすぎるか……ただの傷ごときに何を。

 ルーフはトゥーイの顔を、観察のためにじっと見つめてみる。


 自分が青年の傷に異常性を抱く理由、それはやはり場所が深く要因していることは否めない。


 スマホの写真加工アプリを使いすぎたかのような、現実味に欠ける白々とした皮膚。

 磁器、もしくは陶器、嫌煙をもって表現したくなるような青年の白い肌。その上にいかにも生き物らしい、生物じみた赤い傷が走っている。


 赤い、皮下組織と思わしき欠片が見え隠れしている傷。

 血色が悪く青紫色ののっぺりとした唇の右端から頬を、それこそ指導者に切り開かれたと思いたくなるほどに、あるいは鋏を携えた連続少女殺人鬼にうっかり誤って襲われてしまったかのように。


 それほどにトゥーイの右頬は切り裂かれていた。雑にザックリと、何かしらの鋭利な刃物と思わしき道具でズタズタに皮膚を破かれ、真皮を貫通し、個々からは確認できないがしかし確実に口内の粘膜へ到達するまで彼の顔面は切り裂かれていた。


 もしかして彼が肉声を発せられない理由はその傷にあるのではないか。ルーフは予想する、そうだとすれば傷は舌にまで……、ダメだ、それ以上は考えたくはない。


 それほどに酷い切り傷、にもかかわらずルーフからはトゥーイの中身が、口内を窺い知ることが出来なかった。

 別にどうしても彼の口の中を、声が発せられない理由の一端と思わしき部分をルーフは見たいとは微塵も、一ピコだって思ってはいない。


 それでもそれだけの傷があって青年の咥内が白日の下にさらされない理由、歯茎がパックリと皮の間からコンニチワしない理由……。


 それは、その辺については至って単純な理由、仕組みによって成り立っていた。


 ルーフは観察によって乾燥しかけていた眼球を瞬きでじっくりと潤す。


 生理的な涙が痛みと共に眼球に染み渡る。

 もう一度目を開けて、幾ばかりかクリアになった視界が再び青年の右頬を確認して、そこにある傷口、それに伝染している小さな金属片の連なりを改めて視認した。


 仕組み、それ自体は単純で、簡単が過ぎるのではないかとルーフはむしろより不安を高めそうになる。 

 青年の頬に走る断裂、それはホッチキスの針に似た留め具で直接縫い合わされていたのだった。


 縫合だとかそのような言葉を使うのもおこがましい、実に杜撰でいい加減な縫い合わせ。それによって青年は辛うじて人間らしい顔面の形を保っていたのである。


 あれは医療用ホッチキスだとかそういうものなのか、それとも魔法の待ち針的なものなのか。ルーフは出来る限り、出来得る限りポジティブな形容詞を浮かべようとして、それらをことごとく失敗する。


 だって、もう、あんなのはたとえ青年にとって役に立っているとしても、そう仮定したとしても、どうやったって裂傷の異常性を、青年自身の異物性を増幅させている他ならなかった。


 電車のレールみたい、この人顔面に鉄道があるよ、おもちゃの電車を走らせてみよう。

 ルーフの中にある意識、その中でもとりわけ子供っぽい感情が、どうしようもなく的確な感想を述べてしまう。 


 やめろ、そんなことを考えるんじゃない。ルーフは必死に自分の思考を自身で抑制しようとする。


 何か、何か別のことを考えて、味噌汁を飲みながら別の例え考えなくては。


 そういえば口が裂けている妖怪が地元にいたような気がする。

 確か故郷がある土地が発祥だったかそうでなかったか。

 何と言う名前だったか、でもあれは女で今自分の目の前に、目と鼻の先にいる人間は男で、呼吸音が肌に感じられそうに近付いている男は、


 ………近い? 近い。


「うわああっ?」


 気が付くと自分の顔面、その真ん前にまで鼻先を接近させてきていた。

 誰であろうとも嫌でも傷を子細に観察できてしまえるほどの距離感で、トゥーイはルーフの顔面を覗き込んでいた。


「……………」


 相変わらずの無言で、無表情で。

空気の乾燥がとても辛いそうです。

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