電車で眠ることへの甘美な誘惑性
とても気持ちいい
食事の終了、その後の展開は特に特筆するべきではない、ルーフはそう思いたかったのだが、しかし。
「さてと、お風呂は………シグレさんの所でもう済ませたとして、あとはもう寝るだけですねそうですね。それでは」
キンシは片手を軽やかに掲げて部屋の外へ、
「ごゆっくり、おやすみなさ……」
「ちょっと待て」
行こうとするのをルーフは寸前で止める。このままでは済まないことが、問題があるのではないのか。
「寝るって……、この部屋の何処で寝ろってんだよ?」
座ったままの姿勢、部屋に置かれたちゃぶ台っぽい机のそばで、ルーフはあまり体を動かすことなく部屋の中を見渡す。
彼らが今の今まで会食を行っていたのは部屋の中にある少し開けた空間、電車でいうならば出入り口がある広めのスペースで、そこに机だけを置いていかにも古き良き鉄国文化的に床へ尻を着けて飯を食らっていた。
それは別に、ルーフにとっても慣れ親しんだ食事方法なのでどうでもよく、彼が目下気になっていることは寝るためのスペースの事である。
「こんな、あー……ちょっと騒がし目の場所で、布団が敷けるのか?」
彼もまた体内に栄養素を取り込んだことによって思考に余裕が出来たらしい、魔法使いの立場をおもんばかってこの部屋の惨状、もとい現状との確認を本人に求めた。
ぼかしが効きすぎて逆になんだか失礼さが増してきた感じのする、彼からの心配に第一の原因とされるキンシは気まずそうに笑顔をとりあえず作って、
「あっとー……すみませんね散らかってて」
それこそ今更感が否めない前置きをして、すぐに大したこともなさそうに彼の疑問へ答えを返す。
「しかし、御二人の睡眠スペースに関してはご安心ください、そこは大丈夫です、のーぷろぶれむです」
自信ありげな相手の反応にルーフの不安とそれに伴う疑問点は高まり、そしてそこからある予測が、考える必要性もなさそうな答えが先んじて生まれ出でる。
「お時間をとらせるようなことはいたしません、寝るための場所ならすでにご用意できています。ほら、そこに」
キンシが指差す先、ルーはそれを素直に追うこともなくある場所へ、自分たちが座っていた場所より高い位置にある布の塊。
つまりは電車における座席部分へと子供たちの視線は注がれていた。
深い色合いの、多少汚れても気にせず使えそうな布の塊。
部屋の基礎となった車両が地下鉄専用機だったためか、ルーフにその辺の違いは解することは出来ないのだが。
とにかく今朝自分たちが使った電車とは異なりその座席は横一列に連結しているタイプの、それはそれでいかにも電車的なタイプの座席であった。
なるほどたしかに、本来のあるべき用途を無視してあそこに臀部だけでなく体すべてを、ベッドの要領で横たえたら寝る体勢をつくることは出来そうだった。
なるほどなるほど、なるほどなあ。
ルーフな納得できていた、できてはいるのだが。
どうにも………。
「わあーフカフカだ」
妹の静かな歓声でルーフは沈みかけていた思考から意識を引き揚げる。
見るとメイがすでに差し向けられてた寝所へと移動し、そのうえで白い体を上下に揺らしていた。
電車の種類もよるのか、相変わらずその辺の事はルーフに全く判らないにしても、この車両だった物の座椅子は中々に反発力が強い造りをしていたらしい。
「お兄さま、大丈夫ですよ」
メイがベッドで体を揺らしながら兄へと視線を、彼にとって見慣れた温かさのある視線を送る。
その瞳に誘われるがまま、ルーフは抱えそうになっていた嫌悪感にとりあえずの別れを告げてベッドへ、今度は紙の森を一つも崩すことなくスムーズに近付いてみる。
触れられるほどの距離まで来て、実際に触れてみる。電車の種類は以下省略、その座席に使われているのは彼が予測していた以上に柔らかく滑らかで、何と言うか十分に心地良さそうで。
これなら……まあ、
とあまり思いたくないのに、そう思いそうになる。
「はい」
「へ? うわっ」
キンシの声に反応して彼が振り返ると、そこにはまさしく布の塊が浮かんでいて、
「これ、掛け布団にどうぞ」
やはりよく見たり考えたりする必要もなく、それが体を保温するための毛布であることが判別できた。
キンシはやや強引に、目に優しい色合いの毛布をルーフに突きつける。
「枕もありますので、あとはごゆっくりどうぞー」
「お、おう………」
ルーフが言うがままに毛布を受け取ると、キンシはさっさと次の行動に移ろうとする。
「それじゃあ……、すみませんがミッタさんは僕たちと一緒に来てもらいますかね」
「ウウゥ (=-=)」
兄妹の行動に釣られてなのかミッタも全身から眠気を発していたのだが、それに構わずキンシはその手を優しく引こうとして、すぐに諦めて体ごと抱え込んで幼子を何処かへ運ぼうとする。
そこで、ミッタがルーフに向けて
「(⌒-⌒)」
キンシの腕の中でにこやかに手を振ってきた。
彼も静かに手を振りかえす。
魔法使いは最後に片手で鍵を小さく振りかざし部屋の電気を消していって、そのまま扉の向こうへと。
トゥーイも黙ってその後へと続く、暗闇で表情は見えなかった。
暗闇が唐突さをもって少年を包む。
メイ、あのな。
彼は妹の名前を呼ぼうとした、だが止めておいた。彼女がもうすでに睡眠準備へと突入している呼吸音が聞こえていたから、仕方ないので彼も眠ることにした。
起きていたって仕方がない、疲れるだけで、どうすることもできない朝日はいずれやってきてしまう。
だったら眠る方がいい、その方が気持ち良い。
おやすみなさい。
寝過ごし注意です。




