それはまだ教えられない
秘するが
キンシは腹の底に染み渡るような低い笑い声をこぼす。
「いひひ、確かに、あなたがそう言いたくなるお気持ちも十分に理解できますよ、僕は」
ルーフはあえて疑いをたっぷり含ませた視線を正面に向き合っているキンシの体に這わせる。
相手の台詞に白々しさを感じたのは嘘ではない。
だって、である。
あんなにも壮絶な戦い方を、怪物と繰り広げるような人間が。赤の他人の体を犠牲に、要するに自分の事であるが、他人の体を軽々とためらいなく犠牲にしてまで、怪物を殺すという目的に身も心もささげられる人間が、「普通の一般市民」などと言う社会的に許容される存在だとは、ルーフには到底思えなかったのだ。
そもそも戦い方を知っているような人間が普通? いや、そこを追及するならば、「魔法使い」の事を果たして普通の人間と呼んで良いものなのか。
魔法使いの町に暮らしていない、暮らしたことのない田舎者の主張が疑問を投げつけてくる。
「まあまあまあ、色々と納得できないことは多々あるって感じですけれども」
キンシはルーフの反応に一人、もっともらしい頷きを繰り返す。
「この世には不思議なことがたっくさん有りますからね」
「たっく………TAC」
「いや、そういう意味では………」
全く関係ない所から魚のイメージが、そしてそこから思い出したくないものが思い出される。
「改めて、と言うことならワンモアチャンスってことでいいんだよな?」
「ええそうです、そうですとも。その通りでございます」
ようやく話に喰いついてきた相手に対し、キンシはあからさまに表情を明るくした。
「なんでも聞いてみてください、出来る限り───」
「あの怪物は一体何なんだ?」
隠す必要性も感じられない、ルーフはここで思い切って心の底から思っていることを口にしてみた。
「あー……アー……。なるほど、その辺やっぱり気になっちゃいますか」
明るさから一転、善良なる一般市民を自称する魔法使いの瞳におよそ快活さの欠片もなさそうな陰りが射し込む。
「気になりますよね、やっぱりあんなのが町中を闊歩していたら」
「いや、まあ……それもあるが……」
論点は少し外れているが、しかし大体そのような意味で間違いはない。ルーフはそのまま相手の言葉を促してみる方向を選択してみる。
「あーうん、たしかにその辺も気になるな。あんなモンステラが……怪物がこの町では頻繁に出現すんのか?」
キンシは首を少し捻って答えを思考する。
「うーむ、頻繁と言う言葉の度合いにもよりますが、僕の感覚としてはそんなに毎日毎日彼方の出現警報が出ている訳でもない、と思いますけれどね」
キンシが住人的意見を述べる。
警報、大雨とか台風とか花粉症とかそんな感じの、あまり喜ばしくない自然現象のうちの一つとしてあの怪物は扱われているのか。
自立した意識を持つ自然現象、猛獣のように鉄砲が聞く相手ならまだ対処のしようがあるが、あの巨大生物に鉛玉が効くイメージがつかない。
「警報ってことは、自然現象みたいなものなのか?」
ルーフは頭でまとめたことを意見として述べてみた。
キンシは彼の言葉を頭の中でこねくり回す。
「自然現象、そう呼ぶ人も確かにいますね。実際じょお……じゃなくて、空の傷を中心にそこから派生する傷口から出現する現象の一つ、って受け取り方をすればその呼び方も正しいと言えるのでしょう」
「なんか、随分とアバウトな答えだな」
ダラダラとして明確さの足りない言葉にルーフは素直な感想を言う。
キンシは困ったように指を組み合わせてぎこちない笑みを浮かべる。
「すみません、それに関してはこちらの企業秘密的要素も含んでいますので、僕から勝手にいえる範囲がなかなか判別できないんですよ」
そこで一旦声を区切り、息を吸い込みながら組んだ指ををゆっくり開放していく。
「ただ、彼方への対処は古くから続く魔法使いの業務の一つでしてね、僕なんかに聞くよりも例えば」
「例えば?」
「インターネットの百科事典あたりに詳しく書いてあると、思います」
「結局他人任せか………、そんなんで仕事になるのか?」
ルーフの他人行儀な心配にキンシは肩をすくめる。
「先ほど災害と例えましたが、実際はもっと小規模なものとして扱われていまして。特にこと灰笛に置いては案件が日常化しすぎていて、むしろ自然現象と言うよりは交通事故的なものとして………」
「それはそれで大ごとだと思うが?」
「まあ、そうなんですけれども」
それきり魔法使いはうつむいて、ルーフと視線を合わせようとしなくなる。
失敗だったかな、そうルーフは直感した。何にしても魔法使いの事情をそんな簡単に聞き出せると思ってはいなかったにしても、しかしもう少し踏み入った情報を期待していたのだが。
だが、それを知った所で自分はどうしたいというのか? 会話の終了地点で今更な疑問が生じてくる。 傷と傷口がある場所ならではの問題を、それに関連する職業の事情を、魔法使いの秘密なんか知った所で、これからの予定には何の役にも立ちそうにない。
自分はただ、ある場所である人物に会うだけでいいのだから。
それ以外の興味を抱く必要など、許されているはずもないのに。
ルーフは自分の好奇心を改めて後悔し始める。
「おーい!」
最終的に何一つとして互いの関係に明るさの灯らなかった若者へ、メイが場違いに和やかな声をかける。
「悪いんだけど、あなたたちもてつだってくれなーい?」
「あ、はーい!」
食事の用意を手伝ってほしい、ゲストからの要求にホストである魔法使いがここぞとばかりに少年の元から去っていく。
一人残された少年も妹のもとにすぐさま行きたいと思い、しかしなぜかその時は体が酷く重く感じていた。
花になれず枯れました。




