カメリアちゃんは裏切るのでしょう
お母様の言うとおり
せめてもう少し会話上手だったらよかったのにな。
少年と魔法使いは自らの人生において何度目かすらも分からない願望と自問自答を、脳内でクリームシチューのようにぐるぐるとかき回していた。
しかしこうも考えられる、一体全体彼らにどのような会話が出来たのだろうか? 魔法使いと少年と、幼女と青年でどのような話題を繰り広げたら、人との間にあって然るべき和やかさを演出できたというのか。
そんなものははなからあり得ない、四人のうちの十代ではない方の二人は早々と諦めと見切りをつける。
「先生」
トゥーイがキンシに向けて提案を言葉にする。
「空腹はいつだって今が最高潮だと思いませんか?」
「え? ああうん、そうですね」
わかりやすく疑問を表現するためにわざとらしく小首をかしげるトゥーイに、キンシはややぎこちなく同意を送ってみる。
「でも晩御飯ならシグレさんから貰ったパンがありますし」
どうやら晩の食事について相談しているらしい。トゥーイはキンシの意見を聞き入れるより先に、さっさと行動を開始してしまう。
「置き去りにしてはいけませんそれではバランスが至福の果てに崩壊を」
左目を穏やかそうに閉じながら彼はそそくさと上着を脱ぎ始める。
厚手のフードつきの暗い色の上着、雨天の際には雨がっぱがわりにもなる、見た感じのみではどういった素材で作られているのか判別づらい服を脱ぐ。
上着の下に着こんでいるもっと暗めの色彩、ほぼ黒色に近い下着が照明のもと特に感慨もなく露わになる。保温性を重視するため体に密着している布、それはぴっちりと縫合がされており爪の先から首元まで皮膚を覆い隠している。
上着を脱ぐと、それまでうまい具合に隠蔽されていた魔術道具がよく見えるようになってしまっている。ルーフはそれまで、少なくとも外でそれを見たときはもっとシンプルな形状をしているものだと思い込んでいたのだが、その時にそれは勘違いであったと気付かされた。
道具は何故か青年の首をぐるりと、まるで犬の首輪のように囲んでいたのだ。無機質な銀色と自己主張があまりないこまこまとした装飾。デザイン等々の知識など全くないルーフは、そう思う資格などないと自分で自覚していながらもその道具がどうにも悪趣味だと思わざるをえなかった。
「若さはあっという間で若さに鎌をかけて私は食事を隠すことなく何かをして彷徨い整えましょう」
上着を脱いでそれを腕の中に適当にまとめ、しかし顔面のマスクと眼帯は未だに着けたままのトゥーイが残されようとしている三人を横目に見ながらどこかへ、おそらくはこの部屋における台所の役割を担っている場所へと移動する。
成人を迎えていない体を持った人間たちは再び気まずい沈黙に身を浸そうとして、
「あ、あの!」
そうなることはメイには耐えられなかった。
彼女もまた逃避行としての行動を決意する。
「私は、私もおてつだいします」
さらりと自分の隣から離れて行こうとする妹に、兄は静かなる驚愕をもよおした。
「あ、おい、メイ?」
呼び止めようとする少年にメイは努めて明るい表情で自分なりの事情をうったえる。
「お兄さまおなか空いたでしょう? トゥーイさんだけにまかせるのも悪いので、私もなにかおてつだいしようと思うのです」
「そういうことなら、俺も───」
「え! それはいけません!」
腰を浮かせかけていたルーフは予想だにしていなかった妹の語気の強さにたじろぐ。
メイはキッと兄の、仮面の奥に潜んでいる瞳を見据えた。
「お兄さま、おてつだいしたいお気持ちはじゅうぶんに理解できますが、今はどうかがまんなさってくださいませんか?」
「な、なんでだよ………?」
「なんでもどうしても」
メイは溜め息交じりで腰に手を当てる。
「おみそ汁をからけむりを練成できちゃう人に、お料理をまかせられる勇気が私にはないからですよ」
彼女はそれだけを言い残すと、さらりと少年をその場に置いて行ってしまった。
「……………」
結局会話の壇上に残されたのは少年と魔法使い、若者二人だけになった。
キンシが聞いても碌なことにはならぬと予測していながらも、好奇心に逆らえずルーフに早速質問してみてしまう。
「ねえねえねえ、仮面君。味噌汁から煙って………?」
「黙れ、それについては一切聞くな、黙ってくれ」
ルーフは妹の背中を目で追ったままキンシに命令する。
あとに残されたのは再びの沈黙。
だがこれ以上黙っていたってどうしようもなく、どうにもならず、そのことは若者たちが一番理解している。
だがそんな状況でも少年はどうしても自分から声を発することが出来ず、
「さて、さてさてと、まずは基本的にやるべきことだけをしてみましょうかね」
やはり彼は沈黙だけで、行動の先制を他人に任せる形になってしまう。
「まず最初に」
魔法使いが姿勢を正して懸命に舌を動かす。
記念すべき日になりました。




