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水分補給は大事

錆びるように

 開け放たれた扉の向こう、部屋の外にはこの部屋の住人である魔法使いが立っていた。


「すみませーん、お茶をお持ちしたんですけれども。僕としたことが確認を忘れてましたが、お二方は麦茶はお好き───」


 なるほどたしかに魔法使いは、キンシは片手に複数の湯飲みが搭載された木製の盆を携えている。


 一二の三、合計四つの湯飲みがその内部にこげ茶色の飲料を湛え、怪しげなバランスでいながら不思議となかなか内部を漏洩することなく、盆の上で適切な距離感を保っている。


「あー、っと………」


 それらすべての支柱となっているキンシの片腕は、怪物との戦闘時かあるいはそれ以上の頼もしさを発揮して手荷物を、客人への茶を支え続けている。


 じっと、継続的に。お茶を持ったまま、扉の前でキンシはほんの少し前の少年と引けを取らぬほどの完成度で一時停止をしていた。


 そして少年も、ルーフもまた引き続き体の動きを硬直。

 ありとあらゆる動作神経を一瞬のうちに固めて、


「うぎああ?」


 先に動き出したのは、声を発したのはルーフの方であった。

 少しも可憐さを感じさせない、だがどうしようもなく文明社会に生息する人間としては順当で当然なる反応を腹の底から叫んだ。


「おま、おま、おまおまおまっ。お前っ、ノックぐらいしろよ!」


 色々とするべき隠蔽をするより先に、ルーフはとりあえず魔法使いに文句を言った。まるでこの部屋の持ち主じみた台詞を吐いてしまったが、それでもこの場合にはこれ以上相応しいと思える言葉が果たしてあるのだろうか。


「あーいやーその」


 今まで過ごしてきた日常において、およそ言われる機会など皆無に近い台詞を吐かれたキンシは、なぜか口角を上げて平然と部屋に侵入、もとい持ち主らしく入室を行おうとして。


「止めろ止めろ、こっちくんな!」


 客人であるルーフに今日と言う日において、最大限とも呼べる拒絶感による怒りをぶつけられてしまう。


「馬鹿じゃねえの? なあ、馬鹿じゃねえの? なに平然と普通に入ろうとしてんだよ!」


「えー………だって、お茶を」


 キンシは片手の盆をかざしつつ、もう片方の手で唇に触れて少し思考する。


「ああ、なるほど。その辺に関しては大丈夫ですよ仮面君」


 そして盆を持ってない方の腕を腰に添えて、どういうわけか自信満々に胸を反らす。


「同性同士なんですから、何かしらのいやらしい妖しい気分になるといることはないと思うので、その辺は安心してください」


「そういうこっちゃねえんだよ」


 ルーフは謎の理屈にがくりと肩を落とし、それにめげず必死に怒りと保つことに努める。


「メイさん、麦茶は好きですか?」


 ルーフのまさしく刺さんが勢いの眼光を浴びながら、キンシは目を丸くしているメイの方へと近づこうとして。


「おらあ!」


 とっさに紙の山から一冊、少年によって抜き取られら文庫本をちょうど顔の側面辺りにピンポイントで投げつけられた。


「いてっ」



 一通りの作業が終わり、するべきことが片付いたところで行われたのは、


「すみませんでした」


「ごめんなさいね」


 トゥーイとメイによる謝罪大会であった。


 先にトゥーイが口を開く。


「拡大される愛があったとしても許されることではなくこっちに来て注意喚起をするべきでした」


 青年の平坦なリズムの言葉に、メイはいささか大げさな素振りを作って否定を表現する。


「いえいえ、こちらこそたかがはだかを見られたくらいで、主人に本をなげつけて申しわけありませんでした」


 メイはキンシの私物であるワイシャツを、サイズが合わず袖も裾もまるでロングワンピースのように布の余裕がありすぎる格好で、しずしずと座ったままの姿勢で頭を下げる。


「あのその、そんな謝らないでください」


 割と急所をやられたのかまだほんのりと側頭部が痛むキンシは、慌ててメイの謝罪を制止しようとする。


「僕の方も気が動転していたみたいです、あんな失礼な行動をしてしまって………」


 今更ながらキンシは兄妹達を見やって頬に紅を差しはじめている。

 ルーフは頭痛と共に大きなため息を吹き付けたくなったが、魔法使いの側頭部のこと考えてそれをすることは止めた。


 火照った脳を少しでも落ち着かせるために、ルーフは差し出された湯飲みを掴む。


 陶器製だと思われる器、鉄国の文化によって形成された取っ手のない円筒に近い湯飲みの中には、深い茶色をしている普通の冷たい麦茶が満たされている。


 におい、特に何の変哲もなさそうだ。こんな所で今更何かをする必要もないか、そう判断したルーフは思い切って毒でも呷るような心持ちで一気に器の中身を喉に流し込む。


 香ばしく、特に感慨も抱けそうにない麦のかおり、そして誤魔化しきれない水道水の薬品臭。


 それをごくりと一口分だけ飲み下す。


 途端、食道内部を発端とした細胞群が本能に則した喜びを高らかに謳いだすのをルーフは静かに感じ取っていた。


 口内から喉の奥にまで蔓延っていたいがらっぽさが安らかになりを潜め、心地よい冷たさが胃の中で溶けて消えていく。


 ルーフは溜め息を吐いた、頭痛は少しだけ治まったがまだ脳細胞にズキズキと残っている。

眠かったんです。

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