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お着がえしましょうか

君のいない、

 こうされるのは、されているのを見るのは今日で何度目だろうか。

 

「えー、ごほんおほん」


 もはやリアクションをとることもしなくなったキンシは、静かに自分の頭頂部からトゥーイの手を振り払うと、気を取り直すつもりで咳払いを一つ二つとした。


「失礼しました、今のは聞き流してください」


 それはどうにも無理な要求ではあったが、ルーフは状況を読んで了承としての沈黙だけを返しておく。


 深呼吸、そしてキンシはもう一度、さっきの怪文法などまるで存在していなかったかのように平然と兄弟たちに話しかける。


「えー、あーっと。お茶をお持ちしますので………」


 その次は、魔法使いが思い悩みかけたところでトゥーイがあるものを差し出してくる。


 見ると彼の腕には数枚の白っぽい布が折り重ねられていた。


 キンシはそれを見てパッとひらめく。


「そうです、そうですそうでした! お着替えを用意してもいますから、まずはそれに着替えていただいて………。そのあとにお茶を? 今からのほうがいいのか? だけど………」


 ひらめいて、そのまま独り言をぶつぶつとこぼしながらまったく地面を見ることなく、本の山を通り抜けて扉の外へと移動していってしまった。


「…………」


 電車のなかに沈黙が出現する。

 聞こえるのは窓の外の潮騒のみ、そんな静けさの中でトゥーイがわずかに下を気にしている様子で、布を携えたまま兄妹たちに近づく。


 そしてルーフのほうではなくメイのほうに体を向け、彼女の前で跪いて布を差し出した。


「何もありませんが頭の中で布を何かないとかないません日が沈むなら衣服を明かすことのない皮膚」


「あ、お着がえね。どうもありがとう」


 メイは青年からから布を、この部屋のどこかしらに収納されていたらしい衣服を快く受け取った。

 

「思い出したら服を思い込むそれはいいことですので赤色のチェリーになる前に」


「ええそうね、おわったらまとめてお願いさせてもらうわ」


 それで彼の要件は終わった、というわけもなく最後に青年はわずかに眉根を寄せてなぜかルーフのほうを一瞥してくる。


「大丈夫ですか?彼とは居る無意味」


 何かを心配していることだけはルーフにも察せられる、だがやはりどうしてもその子細な内容まではいまだに解することができない。


 メイは一瞬きょとんとしてすぐに小さく噴き出した。


「大丈夫よ、そんなことはありえません。おもしろいじょうだんを言うのね」


「…………」


 彼女のおどけた声とは相反して、青年の表情は暗く暗雲たるものだった。


 結局彼はそれ以上何を言うでもなくそのまま、ところどころ本の山に躓きそうになりつつ静かに部屋の外へと移動していった。


 キンシとトゥーイの部屋に、電車の形をしている居住スペースに取り残された兄妹は、とりあえずたがいに視線を交わした。


 窓の外からもたらされる塩っぽい清涼な空気の中、先に口を開いたのは妹のほうだった。


「お兄さま、これを………」


 体が小さいがゆえに文庫本の密林をものともしないメイが、青年から手渡された服を持ってルーフほうへ歩み寄る。 


 それが着がえであることはさっきの会話で自分にも理解できたとして、しかしどうにもルーフは心の中に実体のない疑いを抱えてしまっていた。


「体はシグレさんのもとできれいにできましたが、服のほうはまだ真っ赤に汚れてますしね」


「ああ、うん、それは解ってるよ」


 差し向けられた服をルーフはとりあえずつかんでみる。

 それは白いシンプルな普通のワイシャツであった、洗濯済みで目立った汚れは見て取れない。

 だがだいぶ着古されているし、アイロンもかけられていないのかいささかくたびれ感が強く、部屋の明かりが布の上に走るしわを照らして何とも言えない模様を描いている。


 正直なことを言ってしまえば、どう見てもキンシの私物感が強烈過ぎてルーフは着用するのに躊躇いを抱かずにはいられなかった。


 しかしこんなところで、せっかくこんな自分を家に招き入れてもらっておきながら今更着がえごときで文句を言うのも彼にとっては気が引けることでもある。


 諦めて彼はため息交じりに服を脱ぎ始めた。

 

 怪物の体液にまみれ、それが茶色く乾燥した自分の服はまるで全体的に瘡蓋のようになっており、改めてよくもまあこんな服で平気だったものだと、少年は自分自身に呆れそうになる。


 兄が上着の下のTシャツに苦戦している間、メイはさっさとすべての衣服を取り除いて全裸状態になっていた。


 ワンピースにしておいてよかった、おかげで巨大オタマジャクシに飲み込まれても着替えが楽に済む。

 彼女はいかにも灰笛的安息を心の中でこっそり呟くと手早く髪の毛も解く。

 織り込まれた彼女の白妙に似た色の髪の毛が持ち主の爪によって解きほぐされ、柔らかく細い集合体がタンポポの綿毛のように舞い踊る。


 彼女は一つ、ひと段落の開放感の中で欠伸を噛み殺した。

足りませんて、とっても足りませんよ。

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