それ以上は言わせない
お家の中は、
ずぶずぶと、木綿豆腐に行儀悪く箸をぶっ刺した感じに似ている。
開錠の様子を見てルーフは無意識に、なぜかそう連想していた。
鍵は容赦なく滞りなく壁の中に押し込まれ、壁のほうもまた本来あるべきはずの堅牢さをすっかり失い、為すがままに魔法使いによってもたらされる異物を受け入れている。
いや………? とルーフには思い当たることがあった。
そもそもいま鍵が、つまりは怪物を殺したりするときにも使える魔法のスケルトンキーをぶち込まれているその壁は、本当に元々ある壁だったのか。
少年が疑いによる記憶のサルベージを開始、するより先に。
「きゃああ?」
壁のほうが早く変化を催し始め、メイが驚きによる控えめな悲鳴を上げる。
彼女の反応ももっともであろう。なにせそこにあったはずの壁が、硬い素材で作られているようにしか見えない物体が、いきなりの柔軟さを発揮して湯煎したチョコレートのようにその姿を崩壊し始めたからだ。
どうせこれも魔法か!
兄妹は確認と確証と確信を確立するよりも先に、身の安全をかえりみてすばやく身を引いた。
勢いのあまり後方で待機していたトゥーイとミッタにぶつかりかけるが、兄弟はそのことを考える余裕がない。
互いを気遣いながら、しかし彼と彼女はまったく別のことを考えている。
「何だそれ」
ルーフは低い声音で、
「それは魔法なのね」
メイのほうはいくらか快活さの溢れる音程で、同様の内容をキンシにぶつけた。
「へ? ああまあ、そうですね」
二人の人間に同時に話しかけられたキンシは正直なところその内容をそれぞれはっきり判別することが出来ず、それでも大体の内容を予想して曖昧な返答だけをしておくことにした。
そうしている隙に、あっという間に壁は完全に融解を果たして水蒸気のように実体を霧散させていた。
あとに残されたのはキンシの握るスケルトンキーのささやかなおうとつと、壁の奥に秘められていた物だけ。
「………?」
妹から体を離しルーフはそろりそろりと恐る恐る、壁の中に隠されていたそれを目にする。
「扉だ」
まさしく、そこにあったのは扉であった。
ただし普通の、いわゆる現時点においての一般的な住居に使用されるであろう、普通の扉では決してない。
その扉には生活に根付いた温度がない。
使い辛そうと言うわけでもなく、ちゃんとした機能性の感じられる設計が施されていて、自分および他人がそれを使用する姿を容易に想像できるほどに、よく洗練されているデザイン。
つまりしっかりとした扉ではある。
のだが、しかし。
どうにも家の扉として扱うには、違和感のありすぎるものでしかなく。
だがどうしようもなく見覚えが。
「どうしたんですか?」
硬直してしまったルーフを不思議そうに眺めながら、キンシはなんという事もなさそうに扉の取っ手をつかむ。
「どうぞ、入ってください」
掴まれた取っ手が横に引かれ扉が硬質な音を立てて開き、
「あ! これ………」
ルーフのすぐ後ろに来ていたメイがひらめいた。
「でんしゃの扉? かしら?」
妹の指摘に兄はようやく合点がいく。
そうだ、彼女の言うとおりだ。むしろなぜ言われるまで気付かなかったのだろうか、その扉はまさしく自分たちが今日という一日のうちに見たばかりの、使用したばかりの物体ではないか。
「いや、でも? 何で電車の、電車が───」
一つの納得、そしてすぐさま浮き上がってきた疑問をルーフが問い詰めようと、
するよりも先んじて魔法使いが行動を起こす。
「さあさあ、さあ、いらっしゃいませいらっしゃいませー」
「あ、ちょ! おい! 押すなよ!」
客人をいつまでも玄関先に待機させてはいけない、そう思い込んでいたキンシの腕に圧迫されてルーフは強引に扉の中まで押し込まれていった。
バターを炒めた香りで満たしたかったのです。




