そんなに疑わないでくれ
ドンガラシャン
不揃いで整っていない光を一瞥し、そこから生み出されている幽かで粗雑なイルミネーションの美しさに仄かな感激を灯す。
と同時にこんな場所でいつまでもランプの輝きに見蕩れ、感想と時代背景を述べ合っている場合ではないと自分自身に強く発破をかける。
「で? こうしてお前の家に招かれたわけだが」
出来ることなら普通の音程でスムーズに話したかったのだが、例のごとく舌がこごってリズムが狂い気味の問い掛けだけが管の暗闇に反響して解けていく。
メイとキンシ、そしてトゥーイ。
いまだにアヒルに夢中なミッタを除いた彼女たちの視線を浴びながら、はやる心臓を抑えつつルーフはこの状況で最も然るべき疑問を魔法使いに投げかける。
「これから俺たちは、何処に行けばいいんだ?」
自分本位なる思考に脳細胞を浸しかけていたキンシはハッと気を取り直し、ランプを持ったままの腕で拍手のように一つ手を鳴らす。
皮と肉がぶつかり合う音とランプシェードの無機質な金属音が瞬間のハーモニーを奏でる。
「おっとっと、いけませんね。早く貴方がたをどこかお休み頂ける場所までご案内しなくては」
まさかとは思っていたものの、この様子だと割とマジでこのまま灰笛照明歴史談義が始まるところだったらしい。
ルーフはため息が出そうになるのを堪え、それでも呆れによって細められた瞼の隙間から魔法使いの若者を眺めてしまう。
「そうですそうです、そうですとも。いつまでもお客様をこんな薄ら寒い廊下なんかで待機させてはいけません。ささっこちらへ………」
「あ、ちょっと待って! ランプランプ!」
そそくさとそのまま移動を開始しようとしたキンシをメイがあわてて呼び止める。
彼女の指摘に気付いた魔法使いが照れ笑いをしながらランプを元の場所に戻し、一行は排水管の奥への行軍を開始する。
まったく終わりの見えない、所々に申し訳程度に点々と繋げられている魔法宝石の明かり以外は何物も確認できない暗闇。
その中をまったくの迷いなく、道は一直線なので迷いようもないのだが、こんなにも異様な空間を躊躇なく歩く魔法使いの背中をルーフは複雑な思いを胸に滞らせながらしばし眺める。
てくてく、とことこ。
若者二人と幼女と幼児、そして青年はお互い示し合わせることなく自分好みの距離感を保って道を歩き続ける。
六分ほどたった頃だろうか。
「………はあ……」
ルーフは何度目かのため息を、ついには堪えることすら出来ていなかった呼吸を繰り返していた。
一体全体いつまで? どこまでこの排水管の形をしている地下道じみた廊下は続くのだろうか。
時間的にはたいして経過してはいない。もしも彼が腕なり懐になり時計を所持していたならば、そのような文句をいちいち抱くこともなかったかもしれない。
しかし残念ながらルーフはその時は時計など一個も所持していなかった。
時計機能を搭載されている都合の良い機械等も、何も持っていない。
だからどうしても彼の肉体は実際よりも長く多いときを錯覚せざるを得なかった。
その錯覚は必然的に彼の脳に苛立ちに似た不安を植えつけていく。
「ふーん、ほーい」
後方をついてくるルーフの心理状態など無論知る由もなく、先頭を歩くキンシは当然ながらこなれた足取りで不安定な音程の鼻歌を口ずさんでいる。
その不協和音がいよいよルーフの心を締め上げようと、そうなる前に彼が魔法使いの歌を制止しようかと、決めかねていたところで。
キンシが歌うのを自分から止めた。
それと同時に歩くのも止めたのでルーフが不思議がっていると、くるりと体を回転させて後ろの兄弟たちのほうを見てくる。
そしてにんまりと、本人にしてみれば快活さをアピールしたいのかもしれないが、到底高位な領域など満たしていないどうしようもなく低俗な、だが決して嫌味があるわけでもない笑みを浮かべる。
「着きましたよ」
「? 何が」
向けられた言葉の意味を理解できず、ルーフは瞳に疑問だけを浮かべる。
キンシはそんな彼の視線を浴びつつ排水管の壁の一部に手を触れる。
「ここが僕と、トゥーさんの家の扉です」
魔法使いの確信に満ち溢れた声にルーフはますます意味がわからなくなる。
「扉、扉ならさっき通り抜けただろ」
彼自身の感覚としてはそれはもうずいぶん昔の出来事のような気がしていたのだが、そんなことをわざわざ言葉にする気も起きない。
キンシが言葉のたらなさに気付き、気まずそうに視線をぐるんと一回り泳がせる。
「あれはまあ、その………なんて言うべきだったんですかね? メインホール的役割でしかなくて……」
三十秒ほど言葉に迷い、ついには上手い言葉を見つけられなかった魔法使い。
「先生」
それを見かねてトゥーイが魔法使いに迅速さを提案した。
「この世は狂い始め早く一室にご案内をなくほど笑っていつまでも待っている幸せ」
魔術道具の調子が悪いのか、青年の声は地上にいたときよりもノイズが増えてより聞きにくさと聞き取り辛さを増している。
「ああ、うん。そうですね、トゥーさんの言うとおりですね」
しかしキンシは青年の声にたいした疑問を抱くことなく、その指示内容を素直に受け入れてもう一度、今度は最初よりも滑らかな手つきで鍵を壁の、壁にしか見えない管の内壁へとぶち込む。
壁の中で、それはそれは普通の、特に取り留めのない開錠の音が鳴り響いて暗闇へ放り込まれた。
それ行けゾンビ製作所。




