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パンをあげましょう

ゴンドラに

 シグレはいたずら好きの子供にするように優しげな声音で、しかししっかりとした強迫性をもって、キンシに注意をする。


「j-4zteちゃんよ、あまり勝手に他人の個人情報を教えるもんじゃ、ナいと思わないかい?」


 シグレの、ゴマ粒のように小さい黒目がしんねりとした雰囲気を漂わせて、消しゴムのかすのように細められる。


「タしかに私の身の上に信頼が置けないことは、ジュうぶん自覚しているけれども」


 いいえ、そんなことは特に問題点ではないです。そんな複雑なものでもなくて、むしろ単純にあなたの姿かたちが強烈が過ぎるほどに、怪しすぎるってだけで。

 別にあなたがどういった野郎なのかなんて、クソどうでもいいのです。


 ………。

 なんてこと、ルーフには絶対に言えやしなかった。


 少年のもどかしさなど気にかけることなく、シグレとキンシは勝手にこなれたやり取りを繰り広げる。


「えーっとシグレさん、もうマッサージは終わったんですよね、そうですよね、部屋から出てきたって事は」


 疑問形の漂うキンシの納得に、シグレはごく自然な動作で今しがた自分が作業をしていた部屋の、扉の方を指差す。


「ゴらんのとおり、コちらが今のところ出来うる限りの処方をさせてもらったよ。イやー、ヒさしぶりに面白い仕事をさせてもらった」


 男性[仮]治癒魔法使いの感慨もよそに、ルーフは跳ねるように彼が出てきた扉のほうへと視線を向ける。


 木製の扉、金属の施錠が半開きになっている。

 その真ん前に妹は棒立ちになっていた。


「メイ!」


 ルーフは彼女に近づきながら名を呼ぶ。

 兄に肩を触れられも、なぜかメイはしばらく反応を示すことなく、


「……はあ………」


 なぜかその視線は虚空を漂い、いまいち焦点が合っていなかった。


「おい、大丈夫か? なんか変なことされたんか?」


 妹の無反応に、ルーフは自分でも予想を超えたレベルで動揺してしまう。


「メイ、なあメイ?」


「4.xeu3、ソんなに揺らしたら治るもんも治らんでしょうに」


 シグレがひたひたと近づいてきて、穏やかな手つきでルーフの体をメイから一度払いのける。


「ハい、オじょうさん6gw!」


 そして気つけとしての拍手をひとつ、いつの間にかヘッドフォンを肩までおろされていたメイの、耳花へと直接語りかけるかのように打ち鳴らした。


「は、はいっ?」


 そこでようやく、彼女は外部からの音を感知したかのように体をびくりと振動させる。


「あら、お兄さま」

 

 そしてすぐさま兄の姿を視界に捉える。


「どうしたのですか、そんなあわてた………、ふわーあ……」


 兄の様子を窺うよりも彼女の口からはリラックスに満ち溢れた欠伸が漏れ出でた。

 この二日三日の間で一度として聞いたことのない、実に安らいだ雰囲気が彼女の体から漂っていることに、ルーフはそのときようやく気付く。


「いやはや、なんと言うか………」


 疲労回復によって余裕が出来たメイは、少しおどけたように兄へと笑いかける。


「とても気持ちよかったですよ。お兄さまもあの部屋の中へ入ったらどうでしょうか?」


「絶対に……、あー、遠慮しとくわ……」


 妹からの推奨に兄は速攻拒否を返す。


 それはサンショウウオがなんと言えぬ含みをこめた視線を送っていることとか、妹の服やら体やら髪の毛やらが所々何か巨大な濡れタオルに拭い取られたかのようにシットリとしていることとか。


 そんなことは、まあ、どうとでもないこともないのだが。

 しかしそれらの要素以上に彼が気になることといえば扉の奥に、つまりはメイとシグレが何かしらの作業をした小部屋、その扉の隙間から少しだけ見えたものが。


 春先の並木道のように明朗な桃色が、イソギンチャクの捕食気管のように扉からはみ出ていることが、そしてそのことを自分以外の誰も気にしていないことが、彼にとってはこれ異常行動したくないほどに恐ろしかった。


 

「ハいこれ、キのうの売れ残りだけれど、コんばんのごはんかオヤツにでもどうぞ」


 テカテカの桃色部屋で体を清め、

 ることはせずに、いたって普通の風呂場で簡単に体を清めた一行は、去り際にシグレからビニール袋を一つ手渡された。


「おお、ありがとうございますいただきます」


 キンシが表情を明るくしてその袋を恭しく受け取る。


 髪の毛が乾ききらず頭のサイズが一回り小さくなっているルーフは、少し興味を持って袋の中身を覗き込む。


 そのなかには、


「あ、美味そう……」


 ほんの少しだけしなびた、しかしまだまだ新鮮さと風味をを保っていそうな、たくさんの種類のパンがぎっしり詰め込まれていた。


「ウちは一応、ッって言うかほとんどfyしか売ってないけれど、ホんとうは2gを専門としていて─」


 シグレが何か、その白い頭部に何かしらの不満をこぼそうとしたが、


「はいはい、その辺についてはまだ求めてないので、また今度」


 キンシは袋と例だけを伝え、さっさと店の外へと出て行ってしまった。


「あ、ちょっと待てよ」


 魔法使いの動きに便乗し、少年もそのあとを追う。


「マた今度~」


 シグレは客商売らしく、気前の良い別れの言葉を送る。


 ゴマ粒の瞳がもう一度、なんとも言葉にしがたい感情を灯し、呼吸とともににぴったりと閉じられた。


「………」


 外の、冷たさと雑身のある空気を吸い込むルーフ。


 ………結局店を出るまでにシグレの、彼の言葉を理解することは出来なかった。


 だけど最後、最後の愚痴の部分、あの辺りの何処かで「パン」といったことだけは、なんとなくそれとなく自分で翻訳することが出来た。 

あなたの数字をください。

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