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秘密はまだ教えない

人間が嫌いで

 ルーフは主張する。


「ちょ………、あの、痛いんだけど」


 トゥーイは彼の言葉を無視する。


 ルーフは要求する。


「離せよ。なあ、離してくれないか」


 トゥーイは引き続き彼の言葉を無視した。


 ルーフはついに自らの肉体が発する危険信号に耐えられず、青年へ否応なしに懇願した。


「あの、あの! 離してください! 痛い、痛いから!」


 少年の意見は至極全うなもので、なに思ってのことかトゥーイはまさしく彼の腕を破壊せんが勢いで握り締めていたのだった。


「トゥーさん! 何をしているんですか、止めなさい」


 見かねたキンシが強めの語気で青年に命令をする。


「…………」


 あまりの無反応にルーフは青年の聴覚が異常をきたしたものかと、痛みのなかでそう疑いたくなったが、どうやらそれは勘違いだったらしい。


 あんなにも頑なで堅牢だった青年の指は、魔法使いからの命令によっていとも簡単にあっさりとルーフの腕を開放した。


「っ痛ー………」


 本能に近しい防衛反応としてルーフは激しく足踏みし、謎の狂気性がある青年から十歩ほど距離をとった。


 そして彼が、この場合においては真っ当なる怒りをトゥーイにぶつけようとした、

 その所で。


「説明をします」


 トゥーイは何かを話そうとする。


「コンビニエンスストアのように信頼してください彼らは───」


「やかましいわっ」


 しかしルーフは彼の言葉を受け入れようとしなかった。

 なにせ妹が連れ去られたうえに、体の一部を損傷しかけたのである。


 彼としては相手の弁論を利く気などおきるはずもなかった。


「わ、あー! すみませんすみませんっ。落ち着いて!」


 今度は言い間違いを犯すことなく、滑らか勝つ迅速な動作でキンシがルーフとトゥーイとの間に割り込む。


「いやほんと! 彼はいったい何がしたかったんでしょうね! あはは?」


 灰色のゴーグル、それを突き抜けそうなほどの気迫でキンシはいったんトゥーイを睨む。


 そしてまるで子供の不祥事を謝罪する親御のように、被害者であるルーフに言い訳じみた説明を投げつけた。


「えっとですね、えーっとですね。そそ、そ、その、彼はシグレさんは[冥人]なんですよっ」


「あ? みょうにん……?」


 唾液が飛沫してきそうな激しさ。

 そんな口の動きのなかで不意に登場してきた新たなる謎の単語に、ルーフの中で膨れかけていた憤りが一旦空気漏れをおこす。


「え、何その………。みょう……」


冥人(みょうにん)、です」


 キンシはゴクリ、と効果音をつけたくなるほど大げさな所作で自らの唾液を飲み下す。


「あーっとえっと………。そのそのそのですね」


 まるで神様的な存在に「あと三十秒の間に、あなたの秘密を打ち明けなさい」とでも脅迫されたかのように、魔法使いは頬から血の気を削ぎ落としている。

 

 いったい何を、そんなにも主張しようというのか。


「おい、落ち着けよ」


 他人が動揺しきっているところを見ると、不思議と自分の方には冷静さが生まれ出でてしまうもので、ルーフは今しがたの激情をそのときだけは完全に支配下におき、目の前の魔法使いへ思いやりを見せる余裕さえもかましていた。


「あー一度、一回深呼吸しろ、な?」


「そ、そ、そうですね………」


 ルーフからの推奨にキンシは素直に従う。


 一度、二度。

 意図された呼吸を深々と繰り返す。


 興奮によって蒼白になっていた魔法使いの顔面に、人間らしい赤みが取り戻される。


 そしてすぐさま、休む間など自分に与えることなく少年と視線を交わし、


「落ち着いて聞いてくださいね、冥人っていうのは───」


 事実を話そうとして、


「オいオいオい、ナに子供たちだけで楽しそうなことをしているんだい?」


 シグレの低い声音に続きを阻害されてしまった。


「わ、」


 いつの間に部屋から出て、そしてこんな近くまで移動してきたのか。

 ルーフが疑問に驚くより先に、アクションを起こしたのはキンシの方だった。


「ほうわああ? シグレさんっ? どうしまいたか、もうおさわりましたか?」


 最早言葉すらも怪しくなっているキンシの反応に、シグレはいかにも大人っぽい反応だけを返す。


「ウん、ソうだよ。オもっていた以上に彼女自身の治癒力が高くてね、イつもより早く終わったよ」


 そして意味ありげにルーフへ米粒大の親指を立ててくる。


「マあ、イつもって言えるほど繁盛しているわけじゃないんだけどねっ」


 ペロリ、と菓子会社の軒先に突っ立っているポップな人形のように、真っ白な唇の間から桜餅色の舌を出され、ルーフは、


「へ、へえ………」


 どうすることも出来ず、どうしようもなく、それこそ空気漏れのような声しか出すことが出来なかった。

人間に嫌われていました。

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