玄武再生論
玄武再生論
世界の中心に朽ちて
もう僕は目を開くこともないだろう
僕は長いこと生きた
長いこと生きた
その時
誰かが僕のほほを叩いた。
もう一度目を開いて、たったもう一度だけ開いてあげて、
僕は星を遮るその人物を見た
彼は、老人だった。
これこれおぬし、こんなところで寝ては風邪をひくぞ。
それに頭の向きが北で、縁起が悪いぞ。
ほら、起きなさい。
ところでおぬし、なぜこんなところへ寝ているのだ?
ほうか、病気であったか、
それは辛いこったろう、
もう死んでしまう気でいるのか?
僕は返答に窮した。
何せ、もう生きられないと思っていたし、生きるつもりもなかったからだ。
あと一回、朝日を浴びられれば良いかと思っていた。
なに、そりゃいかん。
おぬしは生きるつもりがないのか。
そりゃそりゃだめだ。生きなければならん。
おぬしがどれだけ嫌がっても、生きねばならん。
それは、いやだとつぶやいて、
僕は死にたがっていることに気が付いた。
「もうそんな綺麗ごと飽き飽きだ」
僕の中で、誰かが言った。
むむむ、でも駄目だ。もうおぬしはわしに目をつけられた。
それがどういうことかわかるか。
もう、おぬしは生きないとダメ、何が何でも生きないとダメなんじゃ。
まあ、もしかするとおぬしは病気のせいで弱ってしまって、考えが後ろ向きなのかもしれんな。
そうじゃ、わしがおぬしを生き返らせてみせよう。
よく聞け、今からおぬしをよみがえらせる。
世界を見渡せ、北の山の上より、
日は登らん、この山は永遠に闇の中。
だが嘆くことはない、見渡してみよ、
左には青龍、朝日引き連れ春に飛ぶ。
前には朱雀、娘とともに夏に踊る。
右には白虎、酒を飲み飲み秋に吼える。
世界は美しいな、足元ばかり見ることはない、
足元は暗くとも、周りは美しい。
それらを見ていると、いつのまにか、
自分も美しくなれようぞ。
僕はその旋律に、しばらくゆっくりと身を預けてみたが、一向に快くなる気はしなかった。
それに思いついてしまったのだ、
だって老人の呪文なんかで、僕の病気が、
僕の病気が、この不治の病が、
治るはずもないのだ。
ああこの臓腑を裂くような痛み苦しみ。
体の内部から種が芽を出さんとするような力に引っ張られる。
悲しい、辛い、苦しい、
世界が美しい、美しい世界が憎い、
僕はこの美しく永遠な世界をあいしていた。
けれど同時に憎んでもいた。
けどそれは、今まで数多の人に言われていたように、
今僕がみにくく、永遠でないことからの逆恨みで、
こんなにも苦しいのに、悲しいのに、
悪いのは僕ばかり。
世界は何も悪くない、僕以外の誰も悪くない、
悪いのはたった一人僕だけで。
それがあまりにも孤独だ、
四神の話を、聞いては憎んでいた。
美しい世界の象徴のような彼らを、
それを生き生きと語る語り手たちを、
憎んでいた。
だから、その恨みを消すため、
僕はできるだけ美しく、永遠になるように、
僕の手で書き留めておいたのだ。
僕にも美しさ、永遠が作り出せるんだと、
思って安心したかった。
思い通りに安心できた。これはいつまでも残って、運が良ければ誰かに読まれる日も来るだろう。
そして、
おぬし!なにをうじうじ考えとるんじゃ!
何か感想を言わんかい、あまりにもだまりこんどるもんじゃから、死んでしまったかと思ったぞ。
ほら、どうじゃ、
おぬしの病気は治ったろう?
・・・なに?治っとらん?全然変わらんと?
そうか、それは、もしや病気ではないのかもしれんぞ。
病気じゃないだって?
僕は耳を疑った。
そんなわけがない。
だって体も重いし、眩暈もするし、何より痛くて痛くてたまらない。
これが病気でなくて何なんだ。
それは病気ではないんじゃ。
わしの再生論を聞いて、治らん病気などない。
それは病気ではなく・・・まあある意味病気だが・・・
それは「平凡」じゃな。
何を、言っているのだろう、この老人は。
僕のこれが病気ではないのか?
平凡は病気ではないだろう?
平凡は・・・状態ではないか?
・・・平凡は病気じゃ。
ただ体質によって違って、平凡がよく作用する体もあるし、おぬしのようにひどく悪く作用する体もある。
なぜ?
なぜそれがわかる?
わしも、同じだからじゃな。
何、ちょいとわしの昔話をしようかのう。
むかしむかし。
老人がまだ少し、若かったころ。
老人には、三人の友人がいた。
いつまでも若々しく衰えることのない、春の若芽のような少年。
炎のように華やかで、踊りのうまい美人。
思慮深く、かつ荒々しさも備えた、中年の役人。
彼らはいつも一緒にいた。
老人は、この華やかですばらしい友が自慢だった。
それと同時に、憎くもあった。
この四人が並ぶと、どうしても老人は普通に見えた。
多少古臭い恰好をしている以外は、老人はあくまで普通の老人だったからだ。
特別男前でも、特別頭が良さそうでもない、ひげもじゃのただの老人。
老人は憎かった。
皆に注目され、褒めたたえられる他の三人が。
三人が暮らす、日の射す美しい土地が。
三人の持つ、特別な才能が。
何もない、再生を論じるほどにしか能がない、平凡な自分が。
やがて、老人の体は痛みだした。
臓腑を裂かれ、頭を焼かれ、体から何かが抜け出すような激痛が、夜ごとはしった。
老人はあらゆる医者にかかった。
数多の薬屋を呼び、薬を煎じてもらった。
だが治らない。一向に良くならない。
そうして何十年が過ぎ、いよいよ痛みで死ぬのではなかろうかというときに、気づいたのだ。
自分はいつも平凡であったと。
平凡が、この苦しみを生み出しているのではないか、と。
そう気づいて、老人は少しだけ体が軽くなった。
それから十数年かけて、「平凡でもいいのだ」と思うようにすることができた。
今では、なんてことない、普通の老人である。
まあ、玄武という大層な名がついてはいるものの。
・・・僕は目を閉じた。
そうだったか。これが僕の憎んだ四神。
うつくしさを逆恨みし、特別さに思い焦がれた四神。
平凡であったか。そうか、そうか・・・
僕はいつのまにか、体の痛みが少なくなっていることに気付いた。
ああ、それでもまだ憎しみは燻っている。
なぜ僕が平凡だったのか?
なぜ僕が平凡でなくちゃいけないのか?
僕は特別じゃなくちゃいけない、
そうだ、そうでなければ、
僕は、生きる意味がない。
・・・おぬしよ、わしについて少しだけ旅をしてみないか?
気が向かなければよい。ただ、そうすればまたいつかおぬしは平凡に苦しむことになるだろう。
どうじゃ?わしについてきたほうが、良いと思うがの。
ま、それはおぬしの自由じゃ。
僕は、どうすればいいのかな。
「もう苦しみたくないなあ」
僕の中で、誰かが言った。
僕は、ふっと息を吐いた。
もう、苦しいのは嫌だ。
かたくなになる必要もないかもしれない。
僕は老人のほうに向きなおって、ただ首を縦に振ってみせた。
・・・よし。ならば、明日すぐにでもたとう。
どこに行くかはわからんが、それでもよいかね?
ま、別に気になるようなことではないと思うがの。
ところで、おぬし・・・
やけにおぬしは特別にこだわるの。ずいぶんと変わった輩だな。
大抵のものは、平凡でもいいか、と思うものじゃが・・・
まあ、それは後々語ってもらうとしよう。
あ、そうそう、おぬしの名を聞いておらんかったな。
おぬし、名は何という?
僕はすこし力が入るようになった足を使って、立ち上がる。
そして、告げた。
長らく期待されるばかりだった、世界の中心を治める百十七代目領主の、僕の名を。
ふう。やっとできました。遅れてしまい大変申し訳ございません。
これで四神編は完結です。なんか最後、完全に短編小説みたいになってましたね。地の文がないから、まだぎりぎり詩・・・かな・・・?
最後は玄武です。青龍、朱雀、白虎はなんか派手ですが、玄武は地味なのでこうしました。
ちなみに、物語の語り手の「僕」は、最初から比べると、だんだん姿勢が低くなっているのに気づきましたか?最初は立っていて、次は座っていて、その次は倒れていて、最後は朽ちました。
でも、彼はこのあと元気になれる。はずです。




