第21話 新たな世界へ
一部始終は、誰も見ていなかった。
ただ、悲鳴があった。
その悲鳴は、何処までも遠くへ伸びていくような不思議な響かせ方をする女の悲鳴だった。
バカだなア、バカだなア、バカだなア。
ひく‥‥‥ひく‥‥‥と、男の口が動いている。
苦労をした男は、最後はゴミのようになってうち捨てられていた。
それが彼の運命だった。だからしょうがないんだよ、と誰かが言う。
冗談じゃないよ、全くもって不公平。
男は、魂にならなかった。男の意思はもうなかった。
その男には親友がいた。親友は警官だったが、男の死後、酒に窶れてろくに仕事もしないので、評価はみるみるくだり坂。
毎晩毎晩‥‥‥「田村ア、田村ア」と泣いていた。
さみしい男が、酒に酔って街を歩いていると、不思議な異形がいる。腕が四本ある白い怪物は、男の酔いをさめさせた。
男はその白い怪物を追い、盛岡の奥へ奥へと歩んだ。
歩んだ先にあったのは、三ツ石の神社だった。
どうやらずいぶんと尋常ならざる経路を通って、そこにやってきたらしい。
男はその白い怪物を探した。
しかし、もうそこには人っコひとりいなかった。
そのことはすぐにISPOの耳にも入り、ISPO戦闘班第一隊拳銃一号・狼久保アキラは盛岡に急ぐことになった。
「やーやーやー! どーもどーも! いやあなんかすごいの見たっていうじゃないですか! でも俺もね、今朝すごいものを見たんです。なんとでっかいうんち! でっかいうんちですよ! でっかいうんちなんか、もうここ二年見てなかったから感動物だぜって思っちゃってぇ、でもそうですよね。うんちなんての、いつでも出せるって話だからあんまり本気になってもいけないよなって思うんですけど、でも俺ストレスフリーでうんちできるっていうのがとてつもなく感動なんだよな。なんでかわかる? チックタック! チックタック! 時間切れ! ぶっぶー! 制限時間内に回答できなかったため、持ちポイントマイナス五点! こーれはキビシィ! ちなみに正解はと言うと、つい最近まで尾てい骨を骨折してたから。なんで骨折したかって? えーっ、そこ聞いちゃいます? 聞いちゃいます? 語ると長くなるんですけど、なんと強敵だった〜っ! 俺は命の危機を感じ、ずさーっと後ろに飛んだんです。しかし、足を滑らせてしまったんだな。そこにはなんと、血溜まりがあったんです。俺は尻もちをついてその瞬間に尾てい骨が砕けたというわけです。あれは厳しい戦いだった。でもまぁそれもいい思い出ですよね。ちなみに全部嘘っす。それで本題にはいるんですけど、何処で何を見たって?」
「‥‥‥‥‥‥」
「いや、仕事なんでそんな顔されても困りますわ」
男──早池峰ジョーは不審そうな顔を浮かべながらも、先日に見たものをアキラに話した。
「白くて、腕が四本! ほほー、なるほどなるほど」
「禍権ですよ、狼久保さん」
「そのようだね。しかしこうも、簡単にお尻尾出してくれるとなにかそういう作戦があるんじゃないかっていう疑いの目を持ってしまう悲しき現代人系男子が俺なのよね」
「待ってくれ、その少女はなんだ」
「気にしなくてオッケー」
「気にするよ。どういう関係だ」
「‥‥‥‥‥‥うるせぇな。‥‥‥気にしなくてオッケーオッケー! 略してオケオケ! 刑事さんはさ、自分のお仕事しちゃおうよ、だったそうだろぉ、酒に酔って見た幻かもしれないってところから俺は調べなくちゃならないんだからさ、刑事さんいたら仕事が進まないよ」
「俺は刑事だ」
「ならば私は国際特別警察機構職員だ。ほら、いねいね! アズちゃんおねがいちまーつ!」
「私に頼り切りなのになんでそんな刑事さんに当たり強いんですか」
早池峰ジョーはあんまりいい捜査をする人ではなかったから、というのはいちいち取り沙汰にするほとのことでもないだろうと思って「おとめのひみつ」と言葉を濁した。
そもそも早池峰ジョーってなんだよ、と思いつつアズサを見る。
「多分いましたね、ここに。ここだけ霊力の反応が異様に強いんです。ここは‥‥‥鬼の手形のある場所だ。そこに、禍権が来たとなると、何かを企んでいるというのは、確定的だけど‥‥‥」
「奴はなにを企んでいるでしょーか! 制限時間は二分!」
「観光とか?」
「まっさかー! 禍権にそこまでの情緒はないでしょ。信者からもらったお金で水道料金払ってるような情けない奴に『観光しちゃお!』みたいなこと考えつくと思う?」
「思うでしょ」
「思うんじゃないですか?」
「えェェェェェェェェェェェェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!? 奇遇ゥゥ〜〜〜〜〜〜ッ!! 俺も思うかもって思ってたァァァァァァァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
「大嘘吐き」
「大嘘って声量的な意味での?」
ジョーはこのアキラという男が不安でならなかった。
おもに「こいつもしかして薬物やってんじゃないのか」というような不安だったが、それ以外にもいろいろ不信感はある。
そもそも国際特別警察機構という組織を聞いたことがなかった。
ひどく秘匿的な組織であるらしいことはわかっている。
上司にもらった「国際特別警察機構とはなにか」という資料のほとんどは空白で、「特殊事案に対する警察組織」と言うことしかわからなかった。
警察組織に戦闘部隊は必要か? ‥‥‥必要ではあるか。
「そもそも禍権ってなんなんだっていうところからなんだよね、実は。俺達誰も禍権について詳しく知らねーのなんのってな。菊ちゃんは確か禍権をみたことあるんだよね。お話とかしたことない? 眼鏡の度数とか、禍権って生姜の味噌漬けすき? ミョウガとか」
「いえ‥‥‥姿を見た程度で、でもあまり若くはない感じなので、生姜の味噌漬けみたいなの食えるかなぁ‥‥‥」
「うーーーーーーーん‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はやくも手詰まりって感じがプンプンプンプンしてきましたので、ここで一句。『とってもおいしいリンゴを作る農家はカレーを作るのたぶん苦手』決まったね」
「俳句知らない人だ」
「季語は農家」
「リンゴであれよ」
「っていうかマジでどうする? 俺達偉そうなこと言ってなんもできない系オーガニゼーションの典型になっちゃってんぜ? もういっそのこと全国区での活動に限界を感じて岩手に引っ越してみる?」
「帰れ」
どうしよっかな〜と頭をひねる。
ヒロが思いつく。
「僕が狙われているフシがあるので‥‥‥僕をおとりにしたらどうでしょうか」
「おとり捜査って日本でしていいの?」
「我々はフランスの組織ですよ」
「そうなの!? 基地内歩いても六割アジア系だから‥‥‥フランスの組織感ねぇけど‥‥‥!?」
「怪異のほとんどがアジア圏で起こるから‥‥‥」
「どうです?」
「却下。自分の嫌なこと率先しようとする癖があるな。それ悪い癖って、はっきり言わんとね。君は自分を大事にしても良いんだって」
そして、ついでにアズサも思いつく。
「私いいこと思いつきました」
「ホントに良いことなんだべじゃな」
「うるせぇなぶっ飛ばしますよ」
「こわいよ~」
「まじめな話、全国区で放送される映像に映り込んじゃえば良いんですよ。テレビ局に協力をあおいで、『私たちはここにいます』って見せびらかすんです」
「するとどうなる?」
「見つかって、追っ手が来る。菊池ちゃんは若干嫌かもしれないけど、二人で恋人役になって、なんらかの街頭インタビュー受けちゃってください」
「えっ、俺? 俺は良いけど菊ちゃん行ける?」
ヒロは神妙な面持ちをしてみせた。
「嫌そう‥‥‥」
「そりゃあそうでしょ」
「なにが言いたいんだよぉ、君はさっきからぁ」
ヒロは慌てて訂正をした。
「狼久保さんの社会的な地位について危惧してて」
「正気で言うところの王将です」
「せいぜい香車」
「僕、未成年だしおまけに発育もぶっちゃけあれだし‥‥‥見た目だけで言えば幼いじゃないですか」
「でもこの人中身だけで言ったら幼いどころの話じゃないですよ」
「おねショタすぎるな」
「真面目な話、全国区で見せていい関係に見えますか? 僕たち」
アズサはアキラをヒロの隣に置いて、五歩下がってみる。
しばらく間を空けて言う。
「でも菊池ちゃんは同年代と顔を合わせたことってあまりなさそうだからあれだけど、その歳の女の子にしては背丈もある方だよ。私のほうが大きいけど」
「右膝小僧の話?」
「マジで本当に黙ってくれ。ぶっちゃけ二歳くらいの歳の差は大人になるとザラにいるのでね」
「フロム・ザラ」
「マジでうるさいですね」
「ちなみに俺の両親は十五歳差です」
「マジでうるさ‥‥‥えっ!?」
それはそうとして、東京のテレビ局に協力を申し込むと、「いいよ♡」と返事が返ってきたので「やったあ♡」と撮影に挑むことになる。
しかし、どういう名目で番組を作ればいいのだろう。
この時期に。東北で。
「適当に盛岡街ブラ企画でいいじゃん。俺芸能人にサイン貰いたい」
「アキラくんって好きな芸能人いるんだ。オタクだから芸能人嫌ってると思ってた」
「ジェ●ー藤尾とか‥‥‥」
「紅白だけ観てろ」
「昭和三十八年以降多分出てねぇよ!」
適当に盛岡街ブラ企画というのが採用になって、いくつかのロケが決行されたなかで、恋人役で二人はテレビ出演を果たした。
ISPO上層部は「アキラまた変なことやってる」とほんわかの視線をおくって、この作戦を許可していた。
撮影から放送までは約一週間の間があるらしく、二人の姿が流れたのは、九月二十八日の午後二時頃のことだった。
それから数日後。
平成二十三年/二〇一一年・十月二日・日曜日。
盛岡市に禍権あらわれる。
盛岡城跡公園にそれがいた。
白い強化皮膚に白い生体装甲。白く濁った複眼。全身に血管の様な模様が黒くはしる。腕は四本、脚は二本。頭は一つ、目は二つ。
「挑発に乗ってやるよ、狼久保アキラ。貴様のことは大昔から殺したかったんだ。本当に憎たらしいと思ったなぁ。いつか鬼になってしまうむえに、生まれてこないように事故で殺そうとしたら、逆に鬼になるの早まってしまって頭抱えたし‥‥‥両親をそろって殺そうと思っても島澤伴内と横井信彦がまもっていて無駄に強い霊力障壁が邪魔だし。ほんっっとうに嫌だった‥‥‥。貴様が何をしたかわかるか」
「わからんなぁ。生まれてきたことくらいしか罪がない」
「そうだよそれだよ、貴様ァ。貴様は生まれてこなければよかったんだ、なぜ生まれてきた。ふざけるんじゃないよ、貴様ァ。貴様がこの世界を作り変えたせいで裏世界はこちらに来られなくなった! 私の不幸がわかるか!」
「わからんなぁ。ウダウダ吐かしてねぇでや。やろうや、おじいちゃん」
「生意気小僧。変身しろ」
「してもいいのかな。一般的に、あー‥‥‥ハハァ‥‥‥弱いものいじめってなァやりたくないもんだがな」
「いじめてから言えよ」
「ハァー‥‥‥わかったよ。じゃあ、いじめるよ」
通常、鬼の変身には一秒はかかる。
外骨格の形成、神経の生成、強化筋肉・強化皮膚・生体装甲の組み立てにおよそ一秒かかるからである。
しかし、その変身はあまりにもはやかった。
「じゃあ、やろうか」
「死ねい!」
禍権が走り出すと地面から刀が突き出し、禍権の両足を破壊した。黒い鬼人がそれにゆっくりと近づいていき倒れ込んだところの胸を蹴り飛ばした。
『自分がラスボスだと思ってるようなこいつには他者に負けることなど想像もしていない。でも悲しいかな‥‥‥こいつは俺からしたら大して強くない‥‥‥たかだか数千年生きただけの凡人が二十年生きた天才に勝てるわけがない‥‥‥』
アキラはため息をこぼし、変身を解いた。
「悲しいけど、これ現実なんだな‥‥‥」
禍権は拳を突きだした。アキラはそれを掴み取り、握り潰し、腕を引きちぎり、顔面を殴った。スパン、と気味の良い音が鳴る。
禍権は腕を再生させ、殴りつけながら感情操血を発動させた。アキラの血液がパツンと溢れ出た。怯むとでも思ったのだろう。
アキラは禍権の頭を掴むと折った膝のてっぺんにめり込ませた。
アキラは背中から大きく出血していたが、ため息をつくと、地面で海老のようにまるまる禍権の頭をつかみ上げる。
「俺がお前に何かをしたっていうのは、あんまり考えにくい。けどお前は俺を殺そうとする。ちょっと理不尽だな。でもね、お前は俺にひどいことをしたよな。俺は、一度お手紙を出したな。『悪事はもうやめてください』って書いたんだったか。けどお前は、やめなかった。
‥‥‥じゃあ、もう決裂だ。だから、こうなる」
「なんなんだよ、貴様ぁ!!」
「俺か。俺はセカイダーだ。昔の映画なんだがね。この世界で唯一のセカイダー。それが俺なんだ」
「出血はひどいはずだ」と禍権は考えた。
鬼の血だって流れてるはずだ、弱くなっているはずだ、と。
「し‥‥‥し、ね!」
「いやだよ」
襲いかかった禍権の首に蹴りがめり込んだ。
禍権は吹き飛び、木の幹に背中を強打する。
「うう、うう、うう、うう‥‥‥」
「‥‥‥お前のような蛆虫に、皆が不幸にされた。皆がだ。それを思うと‥‥‥哀しくなってくる。お前は自分のことを誰かを不幸にできると思ってらっしゃるが、それはおかしいよなぁ。おかしいんだよ。あっちゃならないんだよ。それが、お前の生き方なのは否定しないさ。だったら生まれてくるなって話なんだよ‥‥‥お前のようなのは、生まれてこなければ殺されることもなかったろうに」
「悔しい、悔しい、悔しい‥‥‥‥‥‥うう、悔しいいいい」
「やかましい」
頭を踏みつぶした。
‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「けっきょく、やつは一体何だったんだろう?」
盛岡城跡公園からほど近い空き民家。
アキラ、ヒロ、アズサの三人はそこにいた。
「ただのバカですよ。あなたとおんなじ。まったく、ほんとうに、あなたはおバカ! なんで『ちょっと出かけてくる』で大量出血してるの。輸血が完了したらあなたも岩手公園に行って、清掃活動に参加してよね」
「ほとんど俺の血やんな。がちで面白いね」
「面白くないよ。ばか」
アズサは顎を引いて、笑っている彼を見た。
最初に知り合った頃は、ただの「なんかやかましいガキ」だったのに、気がつけば立派な青年になってしまっている。
「でも鬼になれば腕四本あるから掃除とか楽だと思います」
「菊ちゃんいいこと言う! マジそれ! アズちゃん輸血はやく!」
「もー」
感情操血。エネルギー源は秘密。
エネルギー源の性質上、特有の誰かの血を操るのみに限られたその霊術でアキラの血を身体に送り込んでいく。
よく失血性のショック死になりかけるアキラの為にISPOは血のストックをつくっていた。
今までの経験上、これで鬼化能力がなくなることはなかった。
パックの中身はまんまアキラ本人のものだからだ。
「じゃあ改めまして‥‥‥へーんしーーん!!」
しかし、アキラの姿は変わらない。
「アレッ?」
「どうしたんですか?」
「いやなんか変身できなくってさぁ〜。なんでかなーって俺自身不思議に思ってんだよね。だっておかしいじゃん、いままで変身できなくなるなんてことなかったのに」
その時だった。
民家の壁にシミが浮かび上がる。
そしてそれはどうやら文字のようだった。
やたらと古い書かれ方をしているのでアホのアキラと無教養のヒロには読めなかったが、幸いにもアズサがいた。
アズサはそれを現代的に訳して読み上げる。
「この世界に裏世界人はもういない。なので、鬼化能力を消してしまった。いままでどうもご苦労‥‥‥だって」
「えっ、裏世界人ってなんですか」
「禍権とかのことでしょ」
「確か信彦さんから聞いたことありますねぇ、なんか、鬼って裏世界人らしい。羅刹鬼とかも裏世界人で、悪さしすぎてブチギレられたとかって。岩手の由来、岩手の」
「この世界から裏世界人が消えたって?」
「でも羅刹鬼の息子っていう鉄神さんは今も普通に清掃活動してますよ」
「あの人、名誉的にこっちの住人だから。というか、羅刹鬼の家系はみんな三ツ石様に認めてもらったんじゃなかったかな」
「なんかよくわかんないけどつまりどういうことなんですか」
ヒロが言う。
「この物語は終わるってこと」
「なんかそういう言われ方をすると切なくなる」
「最終回で無条件に泣くタイプだ。うおw」
「なんで冷笑するんですか」
◆
平成二十四年
・菊池氷郎、通信制高校へ
・狼久保旭、ISPO退職および除怪師引退
平成二十五年
・島澤桜太郎、全国ピアノコンクール銅賞!
・島澤伴内、長崎で迷子になる
平成二十七年
・菊池氷郎、高校卒業
・狼久保旭、山の権利関係で焼石家と揉める
・同月、狼久保旭に焼石治という友人が出来る
・島澤伴内、新宿駅で迷子になる
平成二十八年
・狼久保旭、〈蕎麦処 おいのくぼ〉の後を継ぐ
・菊池氷郎、ギターを習い始める
・島澤伴内、山で迷子になり二日遭難する
平成二十九年
・菊池氷郎、〈蕎麦処 おいのくぼ〉へ。
・同年十二月、菊池氷郎の猛烈アプローチに負け、狼久保旭と菊池氷郎のデートが決行される
平成三十一年
・狼久保旭、菊池氷郎、結婚
令和二年
・狼久保豪、誕生
令和三年
・狼久保新、誕生
〈目送〉




