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その1

 薄目を開けると、シチュワート王子の顔が間近にあった。


「目が覚めましたか?」


 尋ねられ、私は状況を認識する。一国の王子の膝の上で爆睡してしまうなんて!

 私は慌てて飛び起きる。


「シチュワート様! え? 私、ずっとこんな感じで寝ていたんですか?」


 私が尋ねると、シチュワート王子は頷いた。


「そうです。別に起きてもこのままこうしていてよかったんですが……」

「そ、そんなことできません!」


 爽やかな笑みとともに告げられ、私は絶叫する。


「なぜです?」


 淋しげな顔をするシチュワート王子の問いに、私は言葉を詰まらせる。


「なぜ、って! お、おお、重いじゃないですか!」


 体重は並程度ではあるが、それでも気が引けるのは確かだ。だが、半ば混乱しつつ言い募る私へ対し、シチュワート王子は首を横に振る。


「そんなことはありませんよ。むしろあなたの重みが膝にあると思うとこれ以上の幸せはないくらいです」


 などと語りながら、シチュワート王子が自身の膝を叩く。乗れ、と言わんばかりのシチュワート王子から、私はおもむろに距離を置く。


「あ、ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 角が立たないよう断ると、シチュワート王子が髪を掻きあげた。


「残念ですねぇ。ああ、膝枕が駄目なのなら、膝に座ってください。ほら、お話したいこともありますし」


 言うが早いか手首を掴んでくる。


「え? え? え?!」


 次の瞬間、腰を抱えられ身体がふわりと宙に浮いた。


「捕まえた」


 シチュワート王子の膝の上に降ろされ、私は頬を熱くする。抗議しようと顔を上向けると、シチュワート王子の真剣な瞳とぶつかった。


「シチュワート様……」


 私はシチュワート王子の目を見つめ返し、決意する。


「シチュワート様、私あなたに言わなくてはならないことがあるんです」

「なんでしょう」


 私の言葉に尋ねつつも、真剣な瞳が逸らされることはない。シチュワート王子も待ってくれているのだろうか。私は大きく息を吸った後、口を開いた。


「ずっときちんとした形で言えたことがなかったんですが、私は、あなたのことがだ……」


 今度こそ肝心な言葉を紡ごうとした矢先、シチュワート王子の声が被さった。


「それは、改めて私から言わせてください。お願いします」

「え? で、でも……」


 シチュワート王子の申し出に、私は困惑する。シチュワート王子からはもう告白されているし、求婚だってされている。あとは返事をするだけなのに。私が困惑していると、シチュワート王子が眉を八の字にした。


「駄目ですか?」


 仔犬のような目で見つめられ、私はかぶりを振る。


「いいえ、駄目なんかじゃないですけど」


 戸惑いながらも私が返答すると、シチュワート王子が嬉しげに破顔した。


「では、始めましょう。ちょっと立っていただきますね」

「あ、はい」


 私は床に降ろされ、シチュワート王子とともに立ち上がる。向かい合った時、シチュワート王子が目の前に跪いてきた。


「エミリー・クラウジア様。私はあなたと幼き日に出会って以来、ずっとあなたのことを想ってきておりました」

「シチュワート様、あの……」


 右手をとられながらの告白に、私は恥ずかしくなってしまう。やめてくれるようお願いするつもりで口を挟むが、シチュワート王子の告白は続いた。


「今回の遊学は、あなたを捜すのが目的でした。エミリー・クラウジア様、心よりお慕いしております。どうか我が国においでくださり、我が妃となってください。これからは私にあなたの一生を私に守らせていただきたいのです」

「シチュワート様……」

「愛しています」


 真剣な瞳でじっと見つめられ、私は一瞬息をすることさえ忘れる。だが、今度こそ自分の気持ちを素直に告げなくては、と我に返り、私は口許を綻ばせた。


「はい。私もです。あなたのことを愛しています、シチュワート様」


 私が想いの丈を告げると、シチュワート王子が真剣な瞳のまま問いかけてきた。


「では、妃になってくださいますか?」

「はい」

「ありがとうございます」


 私の返答に、シチュワート王子が嬉しさを噛み締めるような声音で礼を言う。それからシチュワート王子は立ち上がり、ぐいっと身体を寄せられた。


「え? ちょ、ちょっと?」


 顔面が間近に迫ってきて、私はシチュワート王子の意図を悟る。

 

「嫌ですか?」


 悲しげな表情で尋ねられ、私は慌てて首を左右に振った。


「嫌ではないです! ただちょっと突然過ぎるといいますか、あの…んっ……」


 言い終わる前に唇が重なった。優しく舌を吸われ、私は頭が真っ白になる。やがて、ゆっくりと唇を離されると、シチュワート王子が吐息とともに告げた。


「愛の告白の後は愛を確認し合うものです。どなたもやっていることなんですよ?」

「そ、うなんですか?」


 微かに痺れの残る舌のままなんとか問いかけると、シチュワート王子の目が細められた。


「そうです」

「はぁ……」


 シチュワート王子の言葉へ、私は曖昧に頷く。すると、シチュワート王子は明るい口調で話を転じてきた。


「さて、では早速ご挨拶に伺わなくては」

「どこへです?」


 私の疑問に、シチュワート王子が答える。


「エミリー様のご両親のところへですよ。やはり改めてきちんとご挨拶しなくては。それに……」

「なんです?」


 私が目を瞬かせると、シチュワート王子が少しだけ表情を改める。


「ご両親も我が国へ来ていただければ、と私は考えているのですが……」


 シチュワート王子の提案に、私はかぶりを振った。


「それは……、無理だと思います。父も母も代々続けているスパイス屋をやめる気はないかと」

「そうですか……」

「はい」


 私は肩を落とすシチュワート王子に申し訳なく思いながらも、断言する。だって、お父さんもお母さんも、あの店のことが好きで、大切に思っているから。私がふと吐息していると、シチュワート王子が小さく唸った。


「では、あなたが淋しくないように他の手を考えなくてはいけませんね」


 シチュワート王子の言葉に、私は目を見開いた。また、私のためだったのか。私は破顔する。


「私は大丈夫です。その……、シチュワート様がいてくれれば、それだけで……」

「エミリー……」

「んっ……」


 シチュワート王子の顔が再び近づいてきて、私は瞳を閉ざした。そのまま、甘い口づけに酔いしれる。しばらくして、ようやく互いに唇を離すと、シチュワート王子が耳元で囁いてくる。


「必ず傍にいます。絶対に」

「はい。シチュワート様」


 私は首肯し、シチュワート王子の胸に顔を埋めた。



ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。


気に入ってくださいましたら、ブクマ、評価などしていただけますと、

大変嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

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