その8
大聖堂に入ると、ワイアード王の臣下たちと貴族たちが集まっているのが目に入った。奥の祭壇の前には司祭とワイアード王が立っているのも見える。私は迷うことなく進み、祭壇の前でありワイアード王の隣に並んだ。
「では、これから儀式を行わせていただきます。ワイアード・ノア・ローガンティア王、エミリー・クラウジア嬢、お二方とももう少し前へ」
「はい」
司祭の言葉に、私とワイアード王は同時に跪く。
「では、これから婚前の儀式を始めます。この儀を経てより、お二人は仮の婚姻を結んだことになります。良いですか?」
「はい」
私とワイアード王が同時に肯定すると、司祭が朗々とした声で言葉を紡いだ。
「ではワイアード・ノア・ローガンティア王、エミリー・クラウジア嬢に、意志のご確認を」
「承知しました」
司祭に促され、ワイアード王が立ち上がった。それから彼は私の手を取り、私を立ち上がらせる。
「エミリー・クラウジア、私はそなたを心から想っている。我が想いに応え、我が妃となってもらえるだろうか?」
問いかけてくるワイアード王を前に、私は歯を食い縛った。
「は……くっ!」
「エミリー?」
ともすれば、イエス、と言ってしまいそうになる。だが、私は思ってもない答えを言いたくはない。目の前には、なぜ承諾しないのか、と言った顔でワイアード王が見つめてきている。
(私は、絶対に負けない!)
拳を痛いほど握り締め、歯を食い縛る。
「くっ……」
ノーと思えば思うほど、イエスと口が開こうとする。なぜ言いたい言葉が出てこないのか。
悔しい、悔しい!
「エミリー様、お返事を」
司祭が返事を即してくる。私はなんとか、いいえ、と言おうと口を開く。
「い……、い……」
「え?」
司祭が怪訝そうな顔をする。
「はっ……!」
一瞬、はい、と言いそうになり、唇を噛み締めた時だった。目の前へ、てんとう虫が、ふわりと飛んで肩へとまった。
(シチュワート様!)
そうだ。負けない。私は私に負けない。私は自分の意志を総動員して、首を左右に振った。
「い、いえ……! いいえ! ワイアード王、私はあなたの妃にはなりません!」
次の瞬間、私の耳元でシュルっと何かが抜ける音がして、口が滑らかになった。
「儀式の無効を要求します!」
「な! エミリー!」
ワイアード王の叫びとともに私とワイアード王の身体へ大量の水が降ってきた。
(シチュワート様!)
私は天に手を翳し、高らかに叫んだ。
「光の神よ! 我はこの者との赤い糸を切る!」
刹那、どこからかバチンと音がして、ワイアード王が倒れ込む。そんなワイアード王を、親族席にいたはずこアリシア王女が走ってきて受けとめた。
その途端、てんとう虫が眩い光を放った。
「シチュワート様!」
私が叫ぶと、光は大きくなりその中からシチュワート王子が現れた。
「シチュワート王子!」
感極まって私がシチュワート王子の元へ駆け寄ると、シチュワート王子が私の唇に人差し指を当て渋い顔をした。
「さ・ま!」
訂正し、爽やかに微笑むシチュワート王子を、 私は見つめる。
「は、はい! シチュワート様……」
シチュワート王子に引き寄せられるように、彼の胸に身を寄せようとした時だ。私とシチュワート王子の手から黒い煙が出てきた。
「これって……」
「ああ。封印が解けたんですね、多分」
煙が引いたと同時に、解毒薬の小瓶が掌に現れる。私はそれを握り締め、ワイアード王の侍従に言い放つ。
「誰か、例のワインを!」
「は、はい!」
先日使いで来た侍従が白ワインを持って近づいてきて、私は侍従からワインを受け取った。それから急いでアリシア王女の元へ持っていき、ワインをグラスに注いでアリシア王女へ解毒薬とともに手渡した。
「飲ませてあげてから、ご自分もお飲みください」
「わかりました」
アリシア王女が頷いて、すぐさま膝元のワイアード王へ呼びかける。
「お兄様……」
「うっ……。わ、私は……」
薄目を開け起き上がろうとするワイアード王の口許へ、アリシア王女が解毒薬の入った小瓶を当てる。
「飲んでください。ゆっくり」
アリシア王女に促され、ワイアード王が解毒薬を口に含む。アリシア王女はすぐにワインの入ったグラスをワイアード王の口へ傾けた。ワイアード王は渋面を作りつつ、おとなしく口腔内のそれらを飲み込む。私はグラスを持ったままのアリシア王女を見遣った。
「さあ、アリシア王女。あなたもこのワインを」
「わかりました」
アリシア王女がグラスの中の白ワインを飲み干すと、ざわついていた観衆が沈黙する。
誰もが固唾を呑んで見守る中、ワイアード王がおもむろに目を開けた。
「アリシア……。私はお前を愛している……」
「はい。……はい、わたくしもです。お兄様、いいえ、ワイアード様」
そのまま抱きしめ合う二人を見て、周囲から自然と拍手が沸き起こる。
(今だ!)
私は天に手を翳し叫んだ。
「光の神よ! この愛し合う二人の縁を結び給え!」
ピンッと何かが張る音がして、私は微笑む。無事、赤い糸が結ばれたのだ。安堵した途端、膝に力が入らなくなった。
「あ……」
崩れ落ちそうになる私を背後から温かく頼もしい何かが包み込んだ。
「お疲れ様でした、エミリー」
「シチュワート様……」
シチュワート王子の言葉に、私は口角を上げてみせる。
「少し休んでください。ここでこうして支えていますから」
「ありがとう、ございます」
重い手をなんとか挙げて礼を言うと、シチュワート王子がふわりと口許を綻ばせた。
「後で、私の話を聞いてください」
「はい。必ず……」
私はシチュワート王子の言葉にどうにか頷くと、そのまま目を閉じた。
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