その7
「シチュワート王子とワイアード王のお茶に媚薬を入れたのは私でございます」
リルナが告げると、アリシア王女が髪の毛を振り乱した。
「なぜお兄様のお茶にまで! わたくしはシチュワート王子にだけ、と言ったはずよ!」
厳しい口調でリルナを問い詰めるアリシア王女を前に、リルナはゆっくり語りだした。
「それは十分承知しております。けれど、媚薬入のお茶を飲んでいただくのは、本来はワイアード王にこそふさわしいと思っておりましたので。アリシア様の命に背きましたこと、深くお詫び申し上げます」
「リルナ……」
アリシア王女が呟く。だが、私にはそんな余裕はなく、顔を寄せようとしてくるワイアード王に、必死で抵抗していた。
「お詫びで済むような話じゃありませんよ! どうにかしてください! ワイアード王! 正気に戻って!」
これではワイアード王が一番不幸になってしまう。だが、ワイアード王は熱に浮かされたかのように、私へにじり寄ってきた。
「エミリー殿! どうか我が妃に!」
「イヤです!」
私はワイアード王の言葉を切って捨て、アリシア王女を見遣る。
「どうにかしてください、アリシア王女!」
私が叫ぶと、アリシア王女がうろたえた。
「そ、そんな。わたくしにはわかりません。それに、よく考えたら媚薬は効いていないのかもしれませんし」
視線を逸らそうとしてくるアリシア王女を、シチュワート王子が諌める。
「何を言っているんですか! あんな風になっているワイアード王のどこに媚薬が効いていないと言うのですか、アリシア王女!」
「だって、あなたは少しも効いていないじゃないですか。ですから、きっとお兄様も。そもそもお兄様の好きな方はエミリー嬢なのですし……」
とんでもない勘違いをしているアリシア王女の言葉を、シチュワート王子が即座に否定した。
「それは違います! それから私の場合効かないのは当然なのです」
「それは、どういう意味なのです?」
「私とエミリー様は赤い糸でつながっておりますから」
自信たっぷりに言い切るシチュワート王子を前に、アリシア王女が言葉を詰まらせる。
「ま……あ……」
そのまま黙り込むアリシア王女を尻目に、私はシチュワート王子を叱りつけた。
「こんな時に何を言ってるんです! シチュワート王子!」
だが、シチュワート王子は悪びれた様子もなく微笑む。
「事実だから言ったまでです」
「もう!」
今はそんなことを言っている場合ではないのに。私がむくれていると、ワイアード王がさらに身を寄せてきた。
「エミリー殿。怒った顔も美しい……」
どうにかしないと。私はふとおもいつき、思い切り叫んだ。
「こうなったら! ルナ!」
「はい!」
「聖水を!」
「かしこまりました!」
首肯するやいなや、ルナが小瓶を投げてくる。
私はそれを受け取ると、
「えいっ!」
気合いとともにワイアード王の頭へかけた。
「な、な、なんという……!」
髪から滴ってくる聖水を両手で吹きながら、ワイアード王が呆然とする。
「ワイアード王?」
正気に戻ってくれたことを期待して問うと、ワイアード王が見たこともないような満面の笑みを浮かべてきた。
「少し乱暴なところもまた好ましい……。エミリー殿!」
また押さえつけてこようとするワイアード王に、私はボヤく。
「ダメだったかー」
呻いて、誰にともなく叫んだ。
「もう! どうしたらいいのよ!」
顔を寄せてこようとするワイアード王を押し戻しながら途方に暮れていると、シチュワート王子が深く吐息した。
「これ以上は私も限界ですね。ワイアード王、少しの間だけご容赦願います」
言うが早いか右手を高く掲げた。
「水よ! 波の音を運びこの者を眠りへ誘え」
シチュワート王子が高らかに告げると、ワイアード王の動きがとまった。
「お……」
呟いたワイアード王は、すぐに横へ倒れ込んだ。おそるおそる確認すると、目を閉ざし寝息をたてている。
「とりあえず眠っていただきました。その間に対策を考えましょう」
ふわりと笑むシチュワート王子に、私は口許を綻ばせる。
「ありがとうございます、シチュワート王子」
「お安い御用ですよ、エミリー様」
心からほっとして礼を言うと、シチュワート王子がいたずらっぽい笑みで答えてきた。
「シチュワート王子……」
どこか得意げなその様子に、私はくすりと肩を揺らした。
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