その8
「さて、アリシア王女。事の真相をお教え願えますか? 今回の件、事と次第によっては外交問題に発展する可能性があったこと、お忘れなきようにお願いします」
シチュワート王子の凛とした声がアリシア王女の部屋一帯に響き渡った。
王子が眠らせたワイアード王は、今自室のベッドの上にいる。シチュワート王子は自身の侍従であるルーカスと、ワイアード王の侍従及び護衛に命じ、ワイアード王を王の自室へと運ばせた。それから諸々の片付けをアリシア王女のリルナ以外の侍女たちに言いつけ、アリシア王女とともに王女の自室へとやってきている。私はほぼほぼ当事者ということで、一緒に話を聞くことを許された。シチュワート王子的には、本当はあまり関わって欲しくなさそうだったけど。ここまで散々関わってきたのに、肝心なことは何も知らされないというのは納得がいかない。それに、ワイアード王との約束もある。彼が今回の出来事の、一番の被害者なんじゃないだろうか。小さく吐息していると、静かに手を握られた。シチュワート王子だ。私を心配してくれているのだろうけれど、ちょっと恥ずかしい。そんな私たちには気づかず、アリシア王女が重い口を開いた。
「申し訳ございません、シチュワート王子。こうなった以上、すべてお話いたします。ただ、きっかけは恥ずかしいくらい簡単なことでしたの。シチュワート王子、エミリー嬢、あなた方がとても仲が良くていらっしゃるので、ほんの少しだけ意地悪をしてみたくなってしまったんです」
アリシア王女の言葉に、私は目を瞬く。
「私たちに、ですか?」
今はそう見えなくもないかもしれないが、ちょっと前まではシチュワート王子はともかく、私はまだ自分の想いに気づいていなかったはずだ。だが、アリシア王女は私の問いに、ええ、と苦く微笑む。
「だって、あなた方はどこからどう見てもお互いを想い合う者同士に見えますもの。わたくしには望んだって叶わないことですわ。だから、もしこの王都の街外れの山にいるという魔女の惚れ薬をシチュワート王子が口にしたら、お二人の仲はどうなるのかしら、と思って……」
そんなことでわざわざ媚薬を手に入れようというのは、ある意味根性のある人だと言えなくもない気がする。そもそも、魔女自体、実在するかどうかもわからない噂だけの人なわけだから。そんなことを思っていると、隣でシチュワート王子が肩を竦めた。
「残念ながら私の気持ちはそんなものでは揺らぎませんが、ワイアード王が口にしてしまったのは問題ですね。どれほどの時間効力のあるものなのかもわかりませんし。もし一生このままということになってしまったら、と思うと、さすがの私も心穏やかではいられませんので」
言葉を紡ぎながら、こちらを見つめてくるシチュワート王子を前に、私は頬を熱くする。アリシア王女はそれに気づかず嘆息混じりに首肯した。
「わかっております。ですが、今回のこと、本当に惚れ薬の効力なのでしょうか? お兄様の本音が過剰に表へ出てしまっているだけでは?」
「それはありえません!」
アリシア王女の疑念に対し、私は勢いよく立ち上がる。
「エミリー嬢?」
アリシア王女は驚いたように目を見開き、私の名を呼んだ。私は椅子に座り直し、アリシア王女の両目をひたと見据える。
「ワイアード王にはちゃんと幼い頃から心に決めた方がいらっしゃるんです。昨日ワイアード王から直接聞いたので間違いありません」
本当はあなたのことだ、と言ってしまいたい。だが、聖水を飲ませることに成功していないだけでなく、肝心のワイアード王が惚れ薬に冒されている。そんな状態でアリシア王女へ想いを告げても、何もいい方向には向かわないだろう。
「そんな……。では、一体誰なの? 幼い頃からってそんな……」
アリシア王女が肩を落とし、両手で顔を覆う。私は俯くアリシア王女に対し、話を続けた。
「アリシア王女、それはワイアード王が薬から正気に戻った時、直接お聞きになった方がいいです。だから、その魔女の居場所を教えてください」
魔女に惚れ薬の効力を失くす方法を教えてもらう。それしかワイアード王を救う方法はないように感じた。だが、私の提案にアリシア王女は力なく頭を振る。
「わたくしは知らないのです。媚薬を持ってきたのは侍女のリルナですから」
アリシア王女の発言を聞き、私はリルナを見遣る。
「リルナ、あなたは魔女に会ったの?」
「はい。お会いして、薬を作っていただきました」
素直に答えるリルナに、私は願いでる。
「その人のいるところまで案内してくれないかしら?」
しかし、リルナは私の申し出に対し首を左右に振った。
「申し訳ございません。私はアリシア様のお側を離れることはできません。ですが、今回のことはすべて私の責任でもあります。ですから、この薬をお渡しいたします」
言いながら、私に青い液体の入った小瓶を手渡してくる。
「これは?」
私が尋ねると、リルナは答えた。
「はい。これからも縁がある者を導く薬だ、と申しておりました」
私は青い液体を見つめながら、重ねて問う。
「これを飲んだらいいの?」
「いいえ。道に撒くのだそうです。そうすると、魔女の家までこの水が導いてくれるのだとか」
リルナの発言に、私は微笑んだ。
「そう。ありがとう、リルナ」
「エミリー様、まさかあなた自らが行くのですか?」
シチュワート王子が口を挟んでくる。私は反対されるのを覚悟で頷いた。
「はい。もちろんです」
「では、私も一緒行きましょう」
「シチュワート王子?」
あっさりと言い切るシチュワート王子の言葉へ、私は目を瞠る。だが、そんな私に対し、シチュワート王子は微苦笑を浮かべてみせた。
「あなたの場合、とめても無駄なのは痛いほどわかっていますから。ついていきますよ。あなたを守れるのは、私だけですからね」
「ありがとうございます」
私は、私の意を汲んでくれたシチュワート王子に心から感謝しつつ、どうしたら魔女と言われている人物を説得できるかと、頭を巡らせていた。
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