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第20話 君と私のロックンロール ~最後のゴーストノート~

 そして私たちの最後の時間はやってくる。

 私たち軽音楽部は、暗幕の下りたステージに立った。

 今はまだライブ前。私たちは準備を終えて体育館のステージに立っている。目の前の暗幕が上がれば、観客が大勢いることだろう。


『それでは次のプログラムに移りたいと思います』


 司会の女の子の声が聞こえる。

 不思議と緊張はなかった。悲しい気持ちはさすがにあるけど、今はもう楽しさが勝っている。


「みんな! 準備はいいわね?」


 尋ねると、二人とも清々しい顔をしていた。


「当たり前だろ、綾ちゃん。バカ貴志を最高に楽しませて、心置きなく天国に送ってやろうぜ。なぁ静香?」

「うん。大輔くんの言うとおり。私、全力で演奏する!」


 二人は力強くうなずいた。よかった。この前は悲しい顔をしていたけど、どうやら吹っ切れたみたいだ。二人がこの調子なら、最高の演奏ができそうな気がする。


『さて、次は軽音楽部によるミニライブです! 存分にお楽しみください!』


 司会の合図と同時に、暗幕が上がり始める。

 瞬間、観客の歓声と拍手が体育館を震わせた。すごい。肌がビリビリする。


 暗幕が完全に上がると、視界が一気に広がった。用意されているパイプ椅子は満席。体育館の奥の方に視線を向けると、立ち見の人が大勢いる。


 私は手に持ったピックを握り直し、貴志くんから譲り受けたベースに視線を落とした。

 たった半分でもいい。君のように、少しでも素敵な音が出したかった。誰かを夢中にできる、魂のこもった煌めく音が。

 隣ではベースを持たない貴志くんがエアベースの構えを取る。本人曰く、幽霊は物を持てないから、エアベースでライブに参加するのだとか。なんか変なの。最後の舞台でも、君は本当にブレないわね。


 ――っと、いけない。あんまりお客さんを待たせちゃ悪いわ。


 いくよ、みんな。

 楽しい時間の始まりだ。


『こんにちはー! 軽音楽部でーす!』


 挨拶すると、悲鳴にも似た歓声が上がる。まだ歌っていないのに心が震える。これだけの人の前で歌えるなんて……最高の気分だわ。

 ふと前列に見知った顔を見つける。美由だ。その隣には裕子、千秋、里中さん、勘九郎くん、それに心愛さんもいる。


「おねぇちゃーん! ぶちかませぇー!」


 美由の大きな声援が聞こえる。はいはい。わかっているわ。言われなくても、こっちは歌いたくてうずうずしているんだから。


『さて、まずはメンバー紹介から。私はベース&ボーカルの小日向綾です。よろしく』


 自己紹介ついでに弦を弾く。音と音の間に、リズムを生み出す幽霊の音を挟む。押弦せずにピッキングする、ゴーストノートだ。

 簡単に演奏しただけで、体育館が壊れそうなくらい拍手が爆ぜる。


『お次はパワフルな演奏と、派手なスティックさばきが最高にロックな宇田川大輔くん。ドラムとムードメーカー担当です』


 背後で楽器を乱れ打つ音が聞こえる。音が休む間もなく生まれ続け、時折混じるシンバルの砕けた音が耳に心地よい。

 演奏が終わると、大きな拍手が鳴り響いた。


『最後に可愛い見た目とは裏腹に、クールな音を出してくれる湊静香ちゃん。ギターと美少女担当です』


 かき鳴らされた弦の音は耳慣れた曲を紡いでいく。某有名RPGの戦闘シーンのBGMだ。

 みんなが知っている曲だからだろうか。観客の表情に笑顔が咲いた。さすが静香ちゃん。相手の気持ちを察する優しい子だからこそ、人の楽しませ方も知っている。

 静香ちゃんの演奏後、この日一番の拍手を頂戴した。


 振り向き、二人の顔を見る。小声で「俺はいつでもいいぜ」「私もOKだよ」と言ってくれた。

 隣を見る。貴志くんは「早くやろうぜ」と、興奮した面持ちで言った。ふふっ。エアのくせに、何やる気満々になっているのよ。どうせ音出せないんだから、適当に合わせなさいよ。

 私は笑いをこらえ、前を向いた。


 ねぇ貴志くん。

 私、この自己紹介の時間でさえ惜しいの。


『さて、早速ですが――一曲ぶちかましたいと思います』


 この熱気と君が消えてしまわないうちに、早く、奏でたいから。


『一曲目は「ブラック・ラビッツ」というバンドの曲です。わりと有名なバンドですから、ご存知の方も多いかと思います』


 息を深く吸い、ピックを持った手を天井に向かって高らかに上げた。


『それでは聴いてください――「ばいばい、ヒーロー」』


 チッ、チッ、チッ、チッ。

 演奏開始の合図が終わる。


 一気に腕を振り下ろし、ピックを弦に叩きつける。会心の一撃だった。剛速球をキャッチャーミットで完璧に受け止めたような、抜群の手応え。体内で突沸する興奮に身を委ね、震える手で激しく弦をかき鳴らした。

 大輔くんのドラムが炸裂し、静香ちゃんのギターの音が観客の声を蹴散らすように響く。

 そこに加わるのは私と、貴志くんの歌声だ。


「「――――」」


 喉を震わせ、高音を響かせる。貴志くんは低音だ。

 君の歌声、私にしか聞こえなくてよかったわね。すごく下手くそ。ベースの音色は素敵なのに、歌は絶望的だ。


 サビが始まった。ストロークをより強くする。指先から想いが噴き出し、奏でた音が会場の熱気を撃ち抜いていく。

 君は荒々しくエアベースを弾いている。弦の音は出ないけど、でもたしかに、熱い想いはこの場所に息づいている。


「「――――」」


 歌声を強く響かせる。星空の向こうに君が行っても、この歌が届くように。空が分厚い雲に覆われても大丈夫。君が惚れた私の歌声は、遠くまでよく響くから。風に乗って、どこまでも強く。


 響くファルセットが、君との思い出を色鮮やかに蘇らせる。

 思えば、いい出会いではなかった。いきなり音楽室に入って来たと思ったら、ボーカルやれだなんて。本当、君ってば強引で自己中だよね。

 でも、そんな君がいてくれたからこそ、私は妹の美由と向き合えるようになって、歌えるようになった。


 そして……新聞部の事件を解決した後で、君はこの世を去った。私を本気にさせておいていなくなるなんて、本当に自己中だよ。

 今だってそうだ。私の手で仲間の君をこの世から消させようとしているのよ? なんてヤツ。幽霊じゃなかったら、ぶん殴ってやりたいよ。

 本当は今でも怖い。君と音楽をやる日が今日で最後だなんて嫌。もっと君と一緒にたくさんの音楽を奏でたい。


 だけど……もっと怖いのは、君の夢が叶わないこと。


 私は知っている。四人の音が重なると、人の心を突き動かす音楽になるって。初めて四人で合わしたときの高揚感は、絶対に忘れられない。

 君も同じだ。あの感覚を噛みしめたくて、このステージに立っている。

 それに今回は観客もいる。生きた反応が返ってくるんだ。最高に気持ちいいよ。君もそう思うでしょう?

 この感覚を味わえないまま、霊である君をこの世に縛りつけるだなんて……仲間にする仕打ちじゃないもの。私にはできないわ。


 だから私は演奏するの。

 夢を叶えた君が、心置きなく天国へ行けるように。


 曲が終わると、体育館は水を打ったように静まり返った。

 静寂を破ったのは歓声と拍手の爆音。観客の盛り上がりは私の想像を超えていた。眼前の光景が非現実的すぎて、ただ呆けるしかなかった。


 ふと隣を見る。

 下手くそな歌声も。悪ふざけをするときの、にやっとした変な笑顔も。ベースを弾いているときのかっこいい横顔も。推理をしているときのクールな顔も、そこにはない。


 貴志くんが、消えてしまった。


 ……成仏、したんだ。


 楽しんでくれたかな?

 ライブの熱気を肌で感じられて、幸せだったかな?

 最後に私たちと演奏できたこと、喜んでくれたかな?

 あはは。気が緩んだら、涙が出てきちゃった。


 ばいばい。

 最高にロックな音を奏でる、変わり者のベーシストさん。


 ばいばい。

 歌う勇気のない臆病者をバンドに誘ってくれた、私のヒーロー。


『貴志くん……最高の時間をありがとう』


 つぶやき、弦を優しく弾く。

 まだだ。これくらいじゃ止まれない。ステージ上に君のいた温もりが、残滓が、まだこの世に存在するうちに、次の曲にいかなくちゃ。

 私は目元を拭い、マイクに顔を近づけた。


『ありがとうございます! みなさん、最高にロックですね! でも……まだまだ燃え足りないですよね?』


 私の問いに答えるように「うぉぉぉぉ!」と地鳴りのような声が体育館に響く。


 貴志くん、聴こえる?

 お客さんたち、こんなに盛り上がっているわよ?


 よかったら、君も観客の一人として、あの世で聴いてね。


『まだまだライブはこれからです! 次の曲に行きましょう! タイトルは――』


 君とはもう、言葉を交わすことはできないけれど。

 遠く離れていても、この音と想いはきっと届く。


 だって、音楽はときに言葉を超えるのだから。


(完)

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