第七話 悪魔少女の儀式
リリンは誰もいない路地裏にやってくると
キマイラを召喚した。
すぐさま彼女に飛びついて甘えようとした
彼を突き飛ばし、鋭い視線で命じる。
今まで彼女に粗雑に扱われた経験のない
キマイラは目を見開き、怯えるように一歩
下った。
「――キマイラ、今は遊んでいる時間は
ないんです。魔導書を今すぐに取って来て
ください、母や姉達に見つからないように、
ですよ?」
いつも笑顔を浮かべているはずの、可愛
らしい顔立ちには感情は欠片もなく、綺麗な
ルビー色の瞳はどこか禍々しい光が感じ
られた。
銀色のツインテールの髪は乱れ、キマイラは
いつもは優しいはずの主人が何故かとても
怖い存在のように見えた。
「早くしなさい、キマイラ。リリンは、
あなたを罰したくはないんです」
裏を返せば、早く行動を起こさないと罰する
という脅しだ。
キマイラはきゅ~んと可愛らしい泣き声を上げ
つつも、リリンの態度が変わらないのを見て取るや
魔界へと戻って行き魔導書を取ってきた。
心配そうな鳴き声を上げるが、リリンは構わずに
持っていた白墨で魔法陣のような物を
描き始める。
「待っていてくださいね、悠。リリンは、頑張り
ますから」
キマイラはその後も何度かリリンを止めようと
するようにその場をうろうろしていたが、邪魔だと
ばかりにはねのけられてしまったので姿を
消した――。
その頃、悠は。
いなくなったリリンを見つけるために探し
回っていた。ちなみに、学校はまだ熱が高い
からと嘘をついてサボった。
リリンが心配だった。どこで何をしているのか、
無茶をしていないのか。
全然眠っていないので眠いはずなのだが、
心配のあまり眠気さえも吹き飛んでいた。
好きだったはずの日向の事など、一切思い
出さないまま悠はリリンの事だけを考えていた。
「リリン、どこにいるんだよ! くそっ……」
悪態をつきながらへたり込む悠。
と、目の前に巨大な影が出現した。
ぎょっとなり、悠は身を引く。そこにいたのは
リリンが以前召喚し、自分を食べようとした
キマイラだった。
「お前……な、何でここにいるんだよ!?」
「……」
キマイラは黙って悠を睨みつけると、ついて来い
とばかりに身をひるがえした。
悠はハッとなり、キマイラについていく事にする。
「あいつの居場所を知ってるんだな?」
「……がう!」
キマイラが一声吠えながら頷く。
悠は、その彼の視線が何故かリリンを止めてくれと
訴えているのを感じ取れた気がした――。
その後、業を煮やしたキマイラに背中に乗っけられ
ながら悠はリリンの元へと向かっていた。
足が遅くて悪かったなと毒づくが、キマイラは知らん
顔をしている。
それでも、以前のように悠を食おうとはしなかったし、
多少信頼はしていたからこそ連れて行ってくれるのだろう
から悠は大人しくしていた。
キマイラは悠が落ちる事を危惧しているのかそんなに
速度は出していなかった。
それでも、悠が走るのよりかなり早い速度ではある
けれど。
悠は知っている場所に向かっているのを感じていた。
何故かキメラが向かった先は、学校だったのである。
リリンは学校から飛び出したのだからと、悠は学校は
全く探していなかった。盲点だったようだ。
と、リリンの声が悠の耳に届いた。
彼女はいつもの能天気そうなほど無邪気な顔ではなく、
別人のような暗い表情になっていて声をかけそこなう。
早く行けとばかりにキメラが悠を睨んだ。
「古の盟約により、魔獣オルトロスよ、我が元へ
来たれ! 契約の主の娘が命ずる! 我が名は
リリン、疾く来たれ!!」
双頭の魔獣オルトロス。
それはリリンの父であるルシファーが契約をした獣
だった。
姉達は何度も彼を呼び出して願いを叶えていた
けれど、リリンはまだ一度も成功したためしが
なかった。
呼び出した事すらない。
だけど、リリンは諦めなかった。
「古の盟約により、魔獣オルトロスよ……きゃっ!?」
黒い煙が魔法陣から発生したと同時に、リリンは
何かに弾かれるように転んだ。痛そうに顔をしかめ
ながらもなおも陣に入る。
「拒否された……!? そんな……リリンだって、
リリンだって父様の娘なのに……。で、でもまだ
あきらめません!! 古の盟約――いやっ!」
今度はさっきより強い衝撃がリリンを襲った。
陣から吹き飛ばされたリリンは、そのまま悠の前に
滑るように転がってきた。
すりむいた肌に血が滲み、悠はたまらず叫ぶ。
「――リリン!」
「ゆ、う……? なんで、悠が、ここに……?
――キマイラ!」
抱き起されたリリンはしばし焦点があっていな
かったが、やがて悠に目を止めた。
何故ここに悠がいるのかと考え、ようやく
キマイラがここの場所を教えたと気づく。
リリンがいつもの可愛らしい声とは違う、
低めの声で怒鳴るとキマイラは怯えるように
悠の後ろに隠れた。
リリンのルビー色の瞳が怒りを秘めてぎら
ついており、銀色の瞳は乱れて逆立って
見えた。
それでも、悠は逃げずにリリンの前に出る。
「リリン、もうやめろ! もういい! もう
いいんだ!」
「何故邪魔をするんですか、悠! 私は悠の
ために儀式をやっているんですよ!? ……
いくら悠でも、邪魔はさせません」
突風がその場に吹き荒れた。
キマイラが悠を上に乗せながら後退しようと
するが、間に合わない。
リリンがやっているのだ。悠はルビー色の目が
冷たく睨みつけてくるのにぞっとなった。
「うわあああっ!」
気が付いた時、悠はキメラと共に家の近くで
倒れていた――。
キマイラと悠を遠ざけたリリンは、再び
儀式の続きに移っていた。
先ほどの呪文を唱え、魔獣を召喚する。
今度は失敗もしなかったし拒絶もされ
なかった。
「「我が主の娘御よ、我々に何用か?」」
リリンは一瞬身を震わせたが、やがて
決意した顔でオルトロスを見上げた。
黒い双頭の犬は鋭い視線でリリンを
見つめている。
蛇の尻尾がシャ――ッと威嚇するような
鳴き声を上げた。
「――恋を成就するための儀式を行います。
協力しなさい、オルトロス」
「「我々に命ずるとは豪胆な娘だ、他の姉君達
だって我々に命ずる事はあまりしなかった
ものだが、リリム殿以外は」」
「姉は関係ありません、命じているのは
リリンです」
「「よかろう。しかし、儀式には我々の魔力だけ
ではなくリリン殿自身の魔力もいる。あなたの
魔力では成功しない確率もあるぞ。失敗の場合
あなたが危険な目に遭ってしまう」」
「望むところです」
オルトロスはリリンが一歩も引く気配がないと
みるや、儀式を執り行うための円陣を新たに作り
上げ、命令に従った。
「待っていてくださいね、悠。今、日向先輩と
あなたを結ばせて見せますから」
自分はどうなってもいい。
悠を、日向先輩と結ばせるためなら。
悠が幸せになるならば。リリンはそう思いながら
円陣へと一歩踏み出した――。
しだいにアクマで~が終わりに近づいてきました。
終わった後にスピンオフも考えているので、
よかったらそれも見てください。
悠のためにと儀式を行おうとするリリン。
キマイラが彼女を止めると思いつつも悠共々
拒絶され――!?
次回はリリンが危険な目に遭います。




