第八話 悪魔少女を探して
悠は目を覚ますと、痛む体に鞭打って
立ち上がった。
キマイラも起き上がったらしく、乗れと
ばかりに悠の前に座り込んだ。
「リリンは……?」
「ガウ……」
首を振るキマイラ。
悠はそうか、と呟きながらキマイラの背中に
飛び乗った。
リリンが何か危ない事をしようとしている
のが悠には分かっていた。
彼女は、人のために頑張りすぎてしまう
子だから。早く彼女を見つけて止めたかった。
彼女が傷つきすぎてしまう前に、止めて
やりたいと悠は心から思った。
キマイラがどんどんスピードを上げていく。
彼もリリンの事が心配なのだろう。
毛皮に包まれていたとはいえ、体が痛むのも
我慢して突っ走る獣に悠は親しみを感じ
始めていた。
最初に出会った頃のような恐怖ももう感じ
そうにはない。リリンが心配なのは彼も自分も
同じなのだから――。
その頃、リリンは。
双頭の黒犬オルトロスと共にいた。
ぶつぶつと何事か唱え続けている。
儀式はまだ終わってはいないようだ。
オルトロスの方は唱え終わったらしく、鋭い
目つきでリリンを睨むように見ていた。
あまりにも怖そうに見える外見のために分かり
にくいが、内心リリンを心配しているのかも
しれない。
リリンは悠の事を考えながら一心不乱に呪文を
唱えていた。全ては悠のために、そのためならば
自分はどうなったって構わない。
悠が幸せになるならそんなのどうでもいい。
やがて、円陣が淡い光を発し始めた。
リリンの詠唱が終わったのだ。
「儀式は、成功したんですか!?」
「「分からん。様子を見てみない事には何にも
ならんな」」
リリンは光り輝く円陣の中でぺたりと座り込んで
しまった。
魔力が吸い込まれていっているからなのか、頭が
くらくらする。とても立ってはいられないほどの
眩暈がしていた。
と、唐突に「「いかん!」」とオルトロスが叫ぶ。
円陣が瞬くのをやめたかと思うや、光が少しずつ
失われて行っていた。
「何で……さっきまで……」
「「儀式は、失敗した。やっぱりお前の力では無理
だったのだ」」
「そん、な……」
リリンの体がびくっと跳ねた。
引きずられるような痛みを感じ、倒れ込みそうになる。
魔力がどんどん円陣に奪われていっているのだ。
「なんで、なんで成功しないんですか……成功しないと、
悠が……」
「「もう、諦めろ主の娘よ。このままでは命さえも
危うい……」」
「諦め、られる訳、ないじゃ、ないですか……」
リリンはふらつく手足を叱咤するように立ち上がった。
オルトロスはもはや座っている事すらきついはずのリリンが、
立ち上がった事に目を見開いていた。
「もう、あなたには頼りません。自分、一人でやり
ます……」
「「止めよ、無茶だ!!」」
「うるさい、です……!」
オルトロスとリリンが会話を続けている間にも、彼女の
様子に変化が生じていた。
その存在すら危ういかのように、リリンの姿が見え
隠れする。消滅しそうになっているのだ。
リリンはもはや気力の力だけで行動していた。
必死になったリリンに薙ぎ飛ばされてしまったオルトロスが
ぎゃん!と悲鳴を上げて後方に吹っ飛ばされる。
「私は、消えたって構いません。私が、この世のどこにも
存在、しなくなったって、悠が幸せになってくれれば
それで……」
「リリン――ッ!」
転びそうになりながら前へ進むリリンの耳に、
愛しい人の声が響き渡った――。
悠に抱き留められたリリンは目を見開いた。
抗おうとするが、体に力が入らず出来ない。
「……悠、何のつもりなんですか……」
「もう、やめるんだリリン! これ以上無茶
するなよ!」
「無茶、なんて……」
「してるだろ! なんで、なんで僕のためにここ
までやるんだよ……」
「離して、ください」
リリンが悠を押しのけようとする。
その力があまりにも弱弱しくて、つい悠は手を
離してしまった。
リリンはそのままよろめきながら前へと
進もうとする。
しかし、そのまま膝をつくと血の塊を
吐き出した。
「うぅ……まだ、終わってないのに……」
「リリン! しっかりしろ!!」
もう一度悠はリリンへと手を伸ばそうとした。
だが、掴もうとした指先が少しずつ消えて行って
いたために、その手は空を切ってしまう。
「リリ……!」
キマイラが心配そうな鳴き声を発した。
それでも、リリンはルビー色の瞳でキッと前を
見据えて歩き出す。
なおも呼び止めようとした悠を拒絶するかの
ように、彼女は人混みに紛れて姿を
隠してしまった――。
「リリン!」
悠はどうしたらいいのか分からなかった。
消滅しかかっているというのに、リリンはどこまでも
他人の事しか考えていない。
さすがに人混みの中でキマイラに乗る事は出来ない
ため、悠はここからは自力で歩いていく事にした。
本心を言えばここにいる人間全てをなぎ倒してでも
走りたいが、それはためらわれる。
急いでいた悠は、前からやってきた帽子をかぶった
少年とぶつかってしまった。
「あ、すみませ――って悠!?」
「栞太!?」
ぶつかった相手は菅野栞太だった。
悠が一応友達と思ってやらなくもないと思っている
人物で、多少信頼している相手でもある。
「どうしたんだよ、そんなに慌てて。お前怪我
してるじゃないか!」
「どいてくれ、栞太。僕、急いでいるんだ」
どいてくれと悠に言われた栞太は、目を白黒させ
ながら彼に場所を譲った。息を切らして、倒れそうに
なった悠を慌てて支える。
「お、おい悠本当に大丈夫なのか!?」
「平気、だ……」
「なら、いいけど……」
栞太は心配そうに眉をひそめつつも悠を離した。
悠は額の汗をぬぐいながら前へ進む。
しかし、体力の限界だったらしくまた倒れ込み
そうになった。
「悠、しっかりしろよ!」
「大丈夫だって、言ってるだろ? ――行ってやら
なきゃいけない奴がいるんだ」
「なら俺の自転車貸してやるよ。少し休んでろ、
すぐに取って来るから!」
悠は運動が苦手な自分が恥ずかしくなった。
リリンはあんなにボロボロになっても頑張って
いるのに、自分が情けなくてしょうがない。
しばらく待っていると、栞太が自転車を飛ばし
ながら戻ってきた。
「これ、使えよ。返すのいつでもいいから、
な?」
「――栞太」
「なんだよ?」
「僕、どうしたらいいのか分からないんだ。
別の人が好きだったはずなのに、今はあいつの
事が気になってる。僕はどうしたらいいん
だろう……」
「恋って言うのは、他人が決める事じゃない
だろ? 恋は自分で掴むものだ」
栞太はそう言い切ると、頑張れよ!と悠の
背中を叩きながら去って行った。
いつもは能天気に見える自分の友人が、悠には
その時かなり大人びて見えた。
「待ってろよ、リリン!」
悠は自転車にまたがると、決意を込めてそう
呟いた――。
とはいえ、悠はリリンがどこに行ったのか
皆目見当もつかなかった。と――。
〈リリンは、お前の家にいる。まだ儀式を
続行しようとしている、早く行ってやれ
――大森悠!〉
どうしようと悠が思った時、突然頭の中に
直接声が届いた。女性の声だった。
どこかで聞いた事がある声のような気がした
けれど、悠はそんな事には構わず自転車を
飛ばす事にした。
幸い、そこは家の近くだったのでそんなに
時間は掛からず家にたどり着く事が出来た。
息を切らせながら自転車から飛び降りる。
体中が痛むのも構わずに悠はそのまま家へと
向かった。
「リリン!」
家に踏み込むと、リリンが玄関の前で
倒れていた。
チョークで描いたものらしい円陣の
ちょうど真ん中の位置だった。
さっきは右手だけだったのが、左手も
指先から消え始めている。
右手はもう手首が消えてしまっている
有様だった。いや手だけではない。
足も少しずつ消えかかっている。
リリンのルビー色の瞳はもはや何も映しては
いなかった。
可愛らしい口からは真っ赤な鮮血があふれ、
黒い服を汚している。ガラス玉みたいに何の
感情も見受けられない彼女の瞳に、悠は悲鳴の
ような声を上げた。
「リリン! リリン、目を開けろよ!」
悠は服が汚れるのも構わず彼女を抱き上げた。
消えかかっているせいなのか、まるで羽のような
軽さだった。
彼が叫ぶ間も消滅はふせげないようで、右腕は
完全に消えてしまい、左腕はもう手がなくなって
しまっている。
「消えるな! 消えないでくれよ、リリン! 僕は、
お前にまだ言いたい事があるんだ! 使い魔にでも
なんでもなってやる! 僕はお前の事が好きなんだ!
だから、だから消えないでくれ!」
必死に叫びながら悠は動かないリリンを揺さぶった。
目から涙があふれ、服にしたたっていく。
彼の涙がリリンへと降りかかった、その時だった。
眩い光がその場にあふれだし、リリンの体を包み込む。
そして、光が晴れた時リリンはさっき消滅しかかって
いたのが嘘のように、一つも欠けていない姿でそこに
倒れていた。
「……ゆ、う……? 何故、泣いているん
ですか……?」
リリンのルビー色の瞳が悠の姿を映し出していた。
悠は訳が分かってはいなかったけれど、そのまま泣き
ながらリリンを抱きしめ、彼女の頬を目の色そっくりの
色へと変えさせた――。
悠のために無理してしまい、消滅
しかかってしまうリリン。悠はそんな
彼女を救うために頑張り――!?
ようやく八話を書けました。栞太が
久々に活躍します。
後二話で終わってしまう予定ですが、
スピンオフの氷雨梨々視点の物語も書く
のでどうかそれもお願いします。




