第四話 悪魔少女の大奮闘
大森悠はなんとか窮地を脱する事が出来た。
その影には想い人である城崎日向先輩の発言と、
悠自身の評価が教師に高いのが幸いしたのだが。
いきなり着替え中に飛び込んで下着姿を見て
しまった悠に、日向先輩は「大森君はそんな事を
する人じゃないわ。開ける場所を間違えてしまった
のよ」とクラスメイトと親友に言ってくれたのだ。
悠にはこの時日向先輩が天使か女神様に見えた。
ほのぼのとした口調でそういう日向先輩に毒気を
抜かれたのか、他のクラスメイト達は悠を許した
ようだった。
清水実里先輩はしばらくむくれていたが、
早く出てけよと言うだけにとどめた。
「悠、どうでしたか? リリンの作戦!!」
「どうもなにもあるか! お前のせいで覗き魔
扱いされかかって大変だったんだぞ!!」
更衣室を出てしばらく歩いた後、リリンが満面の
笑みを浮かべて肩を叩いて来たので悠はカッと
なって怒鳴った。
途端にリリンは自分の失敗に気づき、しゅんと
なって頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……」
何故か彼女の頭とお尻の辺りに、幻の犬耳と
尻尾が生えているような気がして悠はためいきを
ついた。
これでは、まるで自分がいじめているよう
ではないか。
こいつも頑張ってはいるんだよな、と悠は思った。
契約相手が欲しいからとはいえ、見ず知らずの自分に
協力してくれている。
そんな彼女に多少の好感を抱きそうになりながも、
素直じゃない悠はそれをリリンに告げる気はないの
だった――。
リリンはそれからも大張り切りで、悠と日向先輩を
結ばせるための計画を練っていた。
どうして人のためにそんなに一生懸命なのだろうか、
と思いつつも悠が黙って見ていると、翌日の朝リリンが
第二弾を思いつきましたと叫んだ。
期待をせずに聞いてみると、彼女は花が綻ぶかの
ように微笑みながら本当に嬉しそうにそれを話す。
「ラブレターですよ! ストレートに、悠の気持ちを
手紙にするんです」
「て、手紙なんて書けるか……」
悠は少しだけ顔を赤らめた。
生まれてこの方、手紙なんて書いた事が全くない。
リリンはん~と考えるようにしばらく首をかしげ、
そして顔を上げた。
「じゃあリリンが書きますよ! 日向先輩の下駄箱に
入れておきますね!!」
「あ、おい、リリン!」
リリンは悠が止めるのも聞かずそのまま飛び出して
しまった。まだ学校開いてないんだけどな、と言おうと
したのだが。
そもそもあいつ魔法使えたかと思い直し悠は食事の
支度を始めた――。
悠が再び清水先輩に糾弾される事となったのは、一度
帰ってきたリリンと、バターをたっぷり塗った黒糖パンと
牛乳の朝食を取り、ホームルーム前の教室で悠が
一時間目の授業の準備をしていた時だった。
「大森! てめえ出てこいよ!!」
「ちょっと実里、落ち着いて!」
悠がぎょっとなって教室の外に出ると、おどろおどろ
しい便箋を持った清水先輩が目を吊り上げて怒っていた。
一体何があったんだろうと思い、そして悠はようやく
リリンが日向先輩にラブレターを送った事を思い出した。
「これはどういう事なんだよ!? この間から日向を
馬鹿にしてんのか!?」
清水先輩が悠に便箋を見せつけ、手紙をバシバシと叩き
ながら叫んだ。内容を見た悠が目を見張り、次いで青くなる。
それはラブレターなんかではない。不幸の手紙だった。
『これを受け取った人は三日以内に十人に出さないと不幸に
なります』という内容が大森悠という署名で書かれている。
リリンをちらっ、と振り返るとどこで覚えたのかぐっ、と
親指を立てて来た。清水先輩達に気付かれないように首を
振って見せると、また何か間違えたと思ったのか急に
おろおろしだした。
それには構わずに悠は怒れる清水先輩に顔を向ける。
「あ、あの清水先輩、これには訳が……」
「どんな訳だよ!?」
「実里! 大森君は私に嫌がらせをするような人じゃ
ないわ。きっと、間違えて送ってしまったのよね?
大森君?」
「は、はい。友達とふざけて不幸の手紙を送りあってて、
間違えてひ――城崎先輩の下駄箱に入れてしまって……」
「そうだったの。でも、不幸の手紙なんて送りあっちゃ
駄目よ?」
「は、はい!」
「日向に免じて今日は許してやる」
悠はとっさに真っ赤な嘘をついて日向先輩に説明した。
目は泳いでいるし、顔は真っ赤だし、どう考えても嘘を
ついているようにしか見えないが、日向先輩は全く疑う
事なく悠を信じたようだ。
清水先輩は邪魔したな、と悠に頭を下げ、日向先輩と
教室を出て行った――。
しばらくリリンは落ち込んだままだった。
オネエ教師(国語担当)にふられても全くまともな
回答が出来ず、次の休み時間もその次の休み時間も
机につっぷして過ごしていた。
仲良くなったクラスメイトやオネエ教師や
他の先生方も心配そうな顔になっている。
お昼休みになり、悠が何事か言おうとした時
だった。
「思いつきました!」
「うわっ! び、びっくりさせるな!!」
「第三弾ですよ悠! 聞いてください!!」
「はぁ……、で、何なんだよ作戦は?」
「惚れ薬作戦です。日向先輩のお弁当に惚れ薬を
入れて、悠を好きにならせるんです」
「お前にしてはまともな作戦だな」
「ひどいですぅ悠!!」
リリンはどこからか、毒々しいショッキング
ピンクの色をした液体が入った小瓶を取り出した。
これが惚れ薬なのだろう。
「とにかく、これを入れてきますね!!」
あ、と悠が言う間もなくリリンは姿を消した。
――否物凄い速度で突っ走って行った。
心配になった悠がこっそり覗きに行くと、リリンは
見事に任務を達成していた。
無事惚れ薬を日向先輩の弁当に振り掛けたのだ。
日向先輩はまさか惚れ薬が入っているとは知らず、
いつもながら美味しそうな弁当を開いてお昼に
していた。
今日はあまりいい天気ではないので教室で
食べるようだ。ふわふわに焼き上げられた出し
巻き卵、焦げ目がほどよくついた可愛らしい
タコさんウインナー、齧ればサクッと音が
しそうなほど美味しそうな鳥の唐揚げ、胡麻と
ひじきと煮豆の混ぜ込みご飯がいい匂いを
発している。
ごくりと悠とリリンが思わず唾を飲み込んだ
時の事だった。
「この出し巻き美味そうだな、一個もーらい♡」
「あ、もう実里ったら。せめて箸を使って食べてよ」
なんと、清水先輩が日向先輩のお弁当のおかずを
パクリといかにも美味しそうに食べてしまったの
である。あ、と同時に二人は声を上げた。
「うっ……!」
「どうしたの実里!? 少し味付けが濃すぎたかしら
……しっかりして実里!!」
急にしゃがみこんでしまった清水先輩に、日向先輩が
心配そうな顔をした。揺さぶられた彼女は、立ち上がった
時顔が真っ赤になりぼうっとしていた。
明らかにいつもとは違う様子に、日向先輩は怪訝そうな
顔で清水先輩を見つめている。
「大森……会いに行かなくちゃ」
「実里……?」
ふらついた清水先輩が日向先輩の机にぶつかった。
ぐらついた机から惚れ薬入りのお弁当が落ち、おかずと
ご飯を床にばらまく。
「ど、どうするんだよリリン! 清水先輩が食べ
ちゃったぞ!?」
「こ、今回はリリンのせいじゃありませんよぅ!!」
「大森、好きだ! 愛してるんだ、あたしと
付き合え――!」
「勘弁してください!」
悠の事が惚れ薬の効果で好きになってしまった、清水
先輩から悠とリリンはお昼休み中逃げ回る事になった。
幸いと言うべきか、リリンの作った惚れ薬では短時間しか
薬の効果が持続しないらしく、お昼休みが終わった頃には
清水先輩は正気に返っていたのだが――。
第四弾は放課後になった時、これなら大丈夫です!と
リリンが満面の笑みで断言して来た。
……嫌な予感しかしない悠である。
リリンは図書館の本でいろいろ勉強しましたと胸を
張っていた。
「明日の朝、パンをくわえて日向先輩にぶつかって
ください悠! そうしたらきっとラブラブに
なれます!」
「それ初対面じゃないと意味ないよな!? ってか
それやるのって大体男じゃなくて女じゃん」
「うう~、駄目ですかぁ……」
昔の漫画か、そういうネタを使ったノベライズを
見たのかリリンの考える事はかなり古すぎた。
第五弾もあるんですよ、とリリンが再び口を開く。
「今雨降ってますよね?」
「降ってるけどそれがなんだよ」
「雨の中捨て猫を拾う男性に女性はぐっ、ときちゃうって
本に書いてありました! 早速実行ですよ悠!!」
「って捨て猫なんて今のご時世いるのか……」
今は捨て猫にエサをあげたり可愛がったりする人も多い
ため、悠の住む街では捨て猫が減少していた。
リリンはん~と考え込んでいる。
「猫はいないので、代わりにキマイラではどう
でしょうか?」
「……キマイラ?」
「リリンのペットです、おいで~キマイラ」
リリンが召喚術を使って自分のペットを呼び出す。
思わず悠は悲鳴を上げそうになり、文字通り飛び
上がった。そこに出現したのは、巨大なライオンの
頭にヤギの胴体を持ち、毒蛇の尻尾を持つ怪物だった
のである。
以前悠が見たことのあるギリシャ神話に出て来た怪物
そのものだった。
しかも、悠をエサだと思っているらしくグルルと声を
もらして舌なめずりしていた。
「早くそいつをしまえ! それか元の世界に帰せ! 僕を
食べようとしてるぞそいつ!」
「え~大丈夫ですよ、悠。ね、キマイラ? 悠を食べたり
しないよね?」
「グルゥ……」
「明らかに残念そうな顔してるだろ! そんな怪物を僕に
近づけるな!! ってかそんなの可愛がった所で日向先輩が
ぐっとくる訳ないだろ! 寧ろ怯えるわ!!」
仕方なくリリンはキマイラを魔界へと返した。
お気に入りのペットなのか、ひどく悲しげである。
こうしてリリンの思いついた作戦はことごとく失敗
したのだった――。
日向先輩と悠を結び付けようと頑張る
リリン。しだいに悠はそんな一生懸命な
彼女に内心好感を抱くようになります。
しかし、リリンの作戦はことごとく失敗
してしまいました。次回は悠とリリンが
お出かけするお話になります。




