第二話 悪魔少女と悠の新生活
「馬鹿だろ、お前」
「あうぅ……」
あまりにも嬉しかったのか、ずっと回り続けて気持ち悪く
なってしまったらしい、短い銀のツインテールにルビー色の
瞳の少女リリンは小声で呻いた。
それを横目で見ながら、短い黒髪に銀縁の眼鏡をかけた少
年、大森悠はため息をつく。
「――お前どっか隠れててくれないか?」
「え? なんでですか?」
「これから僕授業なんだよ。お前を教室に連れて行く訳にも
いかないし……」
「分かりました、リリン隠れてます!」
びしっと敬礼のような姿勢を取るリリンを、ジト目で見返
す悠だった。
それには気付いていないのか、リリンは浮き浮きとした様
子である。
「絶対に見つかるなよ。……ヤバイ、予鈴だ!」
「あ、えっと悠……」
「後にしろ!!」
リリンは迷うように目を泳がせていたが、悠がのろのろと
走り出してしまったので諦めた。
日向先輩が誰なのか知りたかったのだけれど、今は聞け
ないと判断したようだ。
しかし、めあての人はすぐに見つかった。
「――日向急げ!」
「わ、わかりました、梨々(りり)先輩!!」
本を胸に抱いた少女が、腰まで届くくらいの長さの黒髪
の梨々先輩と呼んだ少女に促されるように走っていたのだ。
セミロングの黒髪と黒曜石を思わせる瞳がとても綺麗だ。
(悠が好きなのは、あの人なんですね……)
悠の好きな相手を確認したリリンは、その後は誰にも見つ
からないように気を付けながら隠れていた――。
「――おい、おいってば!」
「ううん、お姉様もう夜なの?」
「起きろよこの馬鹿! 何寝ぼけてんだ!!」
「痛いっ……って悠じゃないですか。どうしました?」
どうやらリリンは隠れている内に眠っていたようだ。
悠に小突かれ、頭をさすりながらリリンは起き上がった。
悠はきょろきょろと誰もいないのを確認してからリリンを
連れて裏門から学校を出た。
普段は正門から帰るのだけれど、リリンが見つかったら困
ると思ったのだろう。
と――。
「――大森っ!」
少し低めのクールな声が響き渡り、悠は思わずびくっと身
を竦めると後ろを振り返った。
そこには腰までの長い黒髪と切れ長の黒い瞳をしたちょっ
と怖そうな少女――氷雨梨々(ひさめりり)が立っていた。
図書館でいつもカウンターにいる先輩なので、よく本を借
りに行く悠は度々顔を合わせていた。
「お前、こんな所にいたのか! ――全く、本を忘れていたぞ。
貸出し手続きが終わった本を置いて行くなんてお前は」
「あ、すみません、氷雨先輩。わざわざ持ってきていただい
てありがとうございます」
氷雨先輩が差し出した本を悠は受け取った。
そんなに怒らなくても、と思うが、本好きの彼女としては腹
が立つ所業だったのだろう。
「ん? その子は……?」
「あ、え、えっと……」
氷雨先輩に見つめられたリリンが目を泳がせた。
やばい、と思った悠はリリンを押しのけるようにして氷雨先
輩の前に出る。
「こ、こいつ親戚の子なんですよ! 今ちょっと遊びに来てて、
勝手にきちゃったみたいで……」
「そ、そうなんですよ! 悠に会いたくなっちゃって……」
隠しきれるのかと不安な悠だったが、氷雨先輩はにこりと笑
っただけだった。
嘘をつくな!と怒鳴られなかったので悠は安心する。
「そうか、大森に会いに来たのか。一人で来れて偉かったね」
頭を撫でられたリリンが気持ちよさそうに目を閉じた。
氷雨先輩が子供好きだとは知らなかったので、悠は優しそうな
雰囲気に少しびっくりする。
「これをあげよう。今の私はようやく見つけられて機嫌がいい
からね」
「あ、す、すみません探させちゃって。ほら、お礼言えよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「大森、今度は本を忘れていくんじゃないぞ? また明日な」
ひらひらと手を振る氷雨先輩に悠は手を振り返した。
リリンも戸惑いつつも飴玉が落ちないように手を振る――。
しばらく歩いた後にリリンと悠は悠の家へとたどり着いた。
いつもメモが貼ってあるボードを見た悠は、『今日は遅くなり
ます』と母親のメモがあるのに気付いて肩を撫で下した。
これならまだ帰ってこないだろうから、リリンを部屋の中に
いれるのに問題はないだろう。
悠の母親はキャリアウーマンでいつも忙しく、家事もそんな
に得意ではないので掃除をしに来た母親とリリンが鉢合わせ
してしまうという心配もなかった。
「ここ、僕の部屋だから」
鞄をベッドに放り投げると、悠は椅子に腰下してリリンを招
き入れた。
いつも悠が過ごしている部屋なのだが、几帳面に片付いて
いるせいであんまり生活感という物が感じられない部屋だった。
「お前、腹減ってないか? もう少ししたら僕が作るから、飴
でも舐めてろよ」
「そうします!!」
リリンはお腹が空いていたのだろう、飴玉を口に放り込んだ。
……飴をくるんであるビニールの包みごと。
明日の時間割を確認している最中の悠は気づかなかったよう
だ。
「……あんまり、美味しくないです」
「おい、人にもらっといて文句言うなよっておい!! お前
まさか包み紙ごと口に入れたのか!?」
「はれ? これとりゅもんなんでしゅか(訳:あれ? これ取
るものなんですか?)」
「今すぐ出せ!! まずいに決まってんだろそのまま入れたら
!!」
リリンは悠があまりにも怒るのでいったん口からそれを出し
た。
貸してみろ、と言った悠は唾でべたべたなそれに舌打ちしつ
つ包み紙をはがし、飴玉をリリンの口へ入れてやった。
「こんな美味しい物、初めて食べました!!」
花が咲いたような笑顔に、よかったなと相槌を打ちながら悠は
べたべたした手をハンカチで拭う。
「……あの、悠? ご飯の事なんですが、リリンが作りましょう
か?」
「お前出来るのか?」
「はい、魔界ではよく作ってたんです!!」
悠はきらきらと目を輝かせてリリンが言うので、やってみろと
任せた。
もともと料理は好きじゃないし、作るのも面倒だったのだ。
あいついい所もあるんだなと悠はリリンへの評価を少し改めた。
少しなら家にいてもらってもいいかもしれないと思いつつ、悠
は朝からいろいろ疲れたので眠気を感じうとうとしていた――。
数分後。うっかり机の上で寝てしまっていた悠は、何かが焦げ
るような奇妙な匂いを感じて起き上がった。
あの馬鹿焦がしたのか!!と思い部屋を飛び出すと、嗅いだ事
もないような異臭が鼻を突いた。
いったいリリンは何を作ったのだろう。
背筋が寒くなりながらも悠はリリンがいる台所へと急いだ。
そこにはリリンが満面の笑みを浮かべながら待っている。
「あ、悠降りてきたんですね。今呼びに行こうと思ってました」
「お、お前何作ってるんだよ……」
「今日は泊めてもらうのでご馳走ですよ!! 黒蜥蜴と蝙蝠の羽
がたっぷり入ったスープです。お姉様達やお母様やお父様達いつ
も美味しい美味しいって食べて――」
悠は思わず鍋の中身を見てしまい吐きそうになった。
黒々と輝くイカ墨のような物で満たされた鍋は、食欲を減退させ
そうな匂いを放っており、見た目も気持ち悪い。
尻尾や羽のような物が浮いているのがさらに悠の不快感を煽っ
ていた。
悠はすぐさま窓を開けて新鮮な空気を吸い込むと、リリンから
鍋を奪い全部庭へと投げ捨てた。
リリンがなにするんですかぁ!!と泣きそうな声を上げる。
「せっかくのご馳走なのにひどいです悠!!」
「ひどいのはお前の頭だ!! ってか人間の僕に魔界の料理なん
て食べられるか!!」
前言撤回。
ダメだコイツ、やっぱりすぐにでも追い出そう。
悠はなるべく早く彼女を追い出す事に決めたのだった――。
魔界出身の悪魔である
リリンと、人間界で育った
悠との間にはかなりの隔たり
があったようです。
まだリリンにいい感情を持って
いない悠ですが、そのうちに彼女の
ことも認めて仲良くなる予定です。




